仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第142話
1898年(明治三十三年)八月三日
江戸城外国奉行所
「これは、シバ=リーニューヨーク市長、江戸城にようこそ」
「お初にお目にかかります、外国奉行。此度の来日目的は前もってお知らせていた通り、当市に日本食料理人を招き、日本食を当地で広めていただきたくお願いに参りました」
「はい。当方といたしましてもその熱意にこたえる用意があります。となると、シベリア鉄道で食されたのでしょうか」
「ここにいる副市長であるマイケルは、すでに食しました。私はこれからですが」
「では、仏蘭西を通してヨーロッパからもかなりの問い合わせがあるのですが、江戸を訪問された理由があればお聞きしたいのですが」
「当市で求めている職人は、寿司職人と天麩羅職人を最優先で求めているからです」
「なるほど、握り寿司の発祥の地である江戸に寿司職人をお求めされるのは、理にかなっています。また、天麩羅料理は、江戸の屋台で始まった串に刺した物が庶民に広まったもの。どちらの料理人も江戸の多い」
「我々としては、外交官等の上流階級にも出せる料理人も求めています」
「それは、寿司職人であれば二十年の修業を必要といたしますでしょう。一流の技ともなれば」
「無理でしょうか」
「P.E.N.友好都市条約を結んだのですから、他の都市より優先して寿司職人並びに天麩羅職人を派遣いたしましょう」
「ありがとうございます。つきましては、双方の料理と関わりが深い穀物酢の現地生産体制を立ち上げたいのですが」
「ごもっとも。寿司といえば、酢飯。天麩羅といえば、天つゆ。となりますと、穀物酢、醤油、みりんといった調味料を生産する生産者が必要か」
「当市としては最大限の援助をおこなう用意があります。立地店舗は、クイーンズ島に、工場と料理店を開設する準備をこちらで受け持ちたくあります」
「となると、後は現地生産体制を整えるために必要な資材の確保か。後は、担当者との実務者会談を設定するゆえ、そちらにまわるがよい」
「有意義な会談でした」
「寿司の場合、米、酢、海苔の三原則にネタですね。新鮮な海産物があればやってくれるでしょう」
「当地は、沖合に北西大西洋漁場を抱える土地です。寒流と暖流がぶつかる潮目ですから、海産物に関しましては問題ないかと」
「米と海苔は当初日本から送るしかあるまい。米と海苔にあてはないか」
「日本人町があるカリフォルニアでしたら、両方が入手できるかもしれません」
「なるほど、米があれば酢とみりんも出来る。となると、残りは大豆だな」
「大豆はさすがにあてがありません」
「大豆はそれほど心配していない。なんせ、栽培できる範囲は極めて広い食物でかつやせ地にも病気にも強い。ポンと種さえ渡せば、現地で生産が成立するであろう」
「それは助かります」
「それより、江戸のど真ん中に匹敵するニューヨークに百メートル四方の土地を日本食のために使ってかまわないのかね」
「私どもは、その土地さえ手狭だと考えていますが。現在、その地は正確にはニューヨーク市ではございません。来年あたまにニューヨークに合併する予定です。ですからマンハッタンに隣接した当地の公園を押さえておくことができました。公園ですから使わない土地は残りを公園として残しておけば問題ありません」
「だったら、その残りの土地で大豆と米の試験栽培とするか。これも問題なしか」
「ニューヨーカーが初めて見る食材ですから、そのための試験栽培といたしても問題ありません」
「だったら、調味料工場に使う面積は、その半分を使っちまおう」
八月八日
バイカル湖畔
「もっと、日本に滞在させろとごねるかと思いましたがすなおにシベリア鉄道に乗車しましたね」
「なに、いい作品に出合ったらシベリア鉄道に乗ってこそ快読できるというものだ」
「参考までにお教えいただけませんか」
「ジューヌ=ヴェルヌ原作による悪魔の発明を浮世絵にしたものだ」
「確か、新型爆弾をめぐる小説でしたっけ」
「そうだ。新型爆弾をめぐって仏蘭西の発明家が誹謗中傷ゆえ、作者を名誉棄損で訴えた関係で、浮世絵化が遅れてしまった名作だ」
「訴えた発明家がピクリン酸という爆発性化合物を遅発性信管と組み合わせることで新型爆弾として売り出したところ、ぴたりと悪魔の爆弾と時期が重なってしまったはずです」
「裁判が二審まで進み、訴えられた作家が勝訴したことで裁判沙汰が終了したわけだが、作中で悪魔の爆弾を生み出した発明家の愛国心こそ、我が亜米利加に足りないものではないか」
「これをニューヨーク市の学生に配るとは言わないでくださいね」
「なぜ駄目だ」
「この作品は、最後に三色旗をみたところで、狂っていた発明家が愛国心に目覚め、悪魔の爆弾ごと自爆するというものです。ちっとも、亜米利加の愛国心教育に生かすことができません」
「せっかく、ジューヌ=ヴェルヌ最新の傑作小説なのに残念だ」
十一月二十四日
シバ=リー市長公邸
「ニューヨーク市長、本日はお招きに預かり感謝の念に堪えません」
「ようこそ。今一番忙しい麦酒会社社長の方々をお招きすることができまして、市長としてお礼を申し上げます。堅苦しい話は、感謝祭の日ですから、収穫したもので作った料理を食べてからにしましょう。皆さま方に初めて食べる食材があればよいのですが」
「では、まずは乾杯と参りましょう」
「「「乾杯」」」
「お、これは新鮮な。果実酒ではなく、穀物由来の酒、しかも甘味が最高」
「けれど、麦では出せませんな」
「トウモロコシでもない」
「私としては、中華街で飲んだ白酒(パイチュウ)で出てくるものが成分としてはいっているといいたい」
「さすがです。この中の原料は、そちらで料理された寿司で使われているライスが使われています。続きは、寿司と七面鳥の唐揚げとエビの天麩羅を食された後にいたしましょう」
「そうしましょうか。ジュウジュウと食欲を刺激いたしますな」
「市長。本日我々を招待したのは日本食のお披露目会のために招かれたのでしょうか」
「もちろん、皆さま方に気に入っていただくのが第一です。もちろん、それ以外の話もあります」
「では、我々に再来年以降、日本食を作れという話でしょうか」
「皆さま方の営業努力には頭が下がりますが、日本食そのものをつくっていただくつもりはございません」
「では、あの中に出てきたものでしょうか」
「アルコール製造をしている立場を一番活かせるとなりますと、やはり酢でしょうか」
「酢もいいでしょう。エタノールが酸化しますと酢酸になりますから」
「では、東洋のソースともいえるソイソースを製造いたすのでしょうか」
「いかなる料理にも合う醤油は、ウスターソース並みに様々な過程を必要としています。これには長い月日が必要でしょう」
「では、最初に穀物酢を製造し、後にソイソースに挑むという方針でしょうか」
「実は、聞きかじりで申し訳ありませんが、エタノールは、六十日ほど蒸留させたものがみりんになります。照り焼きや三杯酢等に活躍しています。またエタノールが酸化しますと穀物酢になります。大豆と小麦を発酵したものが醤油です。皆さまには、この中で製造なされる品目はございませんか。もちろん、専門家を江戸から招いていますので機械化にかかわる工程だけで済みそうですが」
「では、麦酒会社を代表して私がお答えしましょう。我々は、調味料会社へと衣替えをしましょう」
「それが最も摩擦がないでしょうね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + gmail.com
第141話 |
第142話 |
第143話 |