仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第143話
1899年(明治三十四年)四月十日
シカゴ市 シカゴ商品取引所 カフェ ミシガン
「全く、玉が足りなさすぎる」
「トウモロコシ、小麦、大麦とエタノール発酵に使う穀物は、酒造会社が農家から直接買い付けをしていったからな」
「おかげで、肉牛の肥育に回せるトウモロコシが全くない」
「上場商品ではないが、葡萄にリンゴも市場に出てこないだろう」
「工業生産部門では、煉瓦にガラス瓶はもはや年内完売」
「ただし、来年分のガラス瓶は半減だ」
「今年は商品がさばける年か。来年が怖いね」
「雰囲気的には、付加価値税が来年上がります。駆け込み需要を取り込みましょうと」
「で、問題が一点。新規上場商品が出た時、今まではシャンペンで祝っていただろう。来年からはどうする?」
「雰囲気が出るのは、コーラ。全員が納得するのは、ガス入りミネラルウォーター」
「そうだな。国内で生産しているコーラを使えば、わが社のコーラをお使いくださいと押し問答になるしな。やはり、仏蘭西製のものがよかろう」
六月六日
株式会社ニューヨーク調味料研究室
「果実酒と違い、糖類のないライスをアルコール発酵させるには、前置きとして糖化という過程を最初に持ってこなければならない。このとき使うのは、麹という菌を必要としいている」
「葡萄ならば、天然酵母が葡萄果実についているので、勝手にアルコール発酵を始めてくれるのだが」
「麹菌は、雑菌を嫌う。これは、全ての酒に共通のものだが。高濃度のアルコール分を得るために、日本酒には一工夫がある」
「我々が造っていた麦酒は、糖化と発酵過程が分離されている。この場合、アルコール度は十%未満だな」
「それが、発酵と糖化を同時におこなう並行複式発酵とはな、素晴らしいの一言だ」
「おかげで20%までアルコール度を高めることができる」
「そのかわり、機械化が難しい」
「そういうな。麦酒とて、純粋培養方式を手にしたのは、今世紀後半になってからだ。それを日本酒に適用するには少しばかり手間暇がかかるだろうが」
「しばらくは、杜氏による手作業ばかりで進めることになるだろうな」
「はじめから手出しできるのは、殺菌処理をして瓶づめをする過程だな」
「生産が追い付かないうちは、清酒を日本から調達することになるだろう」
「生産量増大。時間との戦いだ」
七月六日
ウォール街を展望するアパート
「俺は、照り焼きが気に入った」
「決して、いつも仕入れているハンバーガー用の牛肉が値上がりしたせいでは決してない」
「この照り焼きを具にしてチキンバーガーを売りたい」
「チキンという未知のバーガーか。客は、いつものハンバーガーをくれというにきまっているぞ」
「この照り焼きというものは、日本から来た調理法だという。これにあやかって何が悪いだろうか」
「悪くはないだろう」
「そうだ、決してチキンというスラングが俺と正反対の腰ぬけを指し示すから、それを忌み嫌ってのものではない」
「さあ、がんばって売るぞ、照り焼き」
「世界はお前を待っているんだ」
十月十六日
酒類取締局
「諸君、局長のローレンスだ。君たち千五百人には、今年いっぱい州警察に出向してもらう。来年より酒類捜査官として再び見まえる日を楽しみにしている」
「はっ」
「局長、N.Y.T.のコリンと言います。いくつか質問してよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「今回、全米で千五百人が酒類捜査官として採用されましたが、これは多いのでしょうがそれとも少ないのでしょうか」
「局長としては、この人員は初年度分と考えております。禁酒期間が続けばそれだけ増員されるでしょう」
「では、それに関して懸念される事項を質問させていただきます」
「何でしょうか」
「今年いっぱい、酒税収入が国庫に入りますが、来年以降消費される酒類販売金額の4%に加算されていた酒税が減少いたします。私の個人的な意見ですが、国庫収入が減少するのであれば、公務員の減少をすべきだと考えております。少なくともこれ以上の酒類捜査官の増員はないと」
「な、なにをおっしゃいますかな。禁酒法が成立しますと、酒に関する犯罪が根絶いたします。よって、我々の手により市民が巻き込まれる犯罪は減少し、州警察は暇を持て余すようになり、我々のところに出向という形で酒類捜査官は増員という道をとるようになる未来を予想しておりますが」
「私がそうならない理由をぶつけてもそう言われますかな」
(酒類捜査官の増員はないとすでに財務長官から言われているわ。少しくらい夢をみさせろ)
「ご意見を承ります」
「酒類捜査官の給与は、連邦捜査官、州警察官と比較して高額なのでしょうか」
「残念ながら、公務員初年度給与というものは比較として正しくはなのでしょうか」
「では、いい方を変えましょう。三者の初年度公務員給与のうち最低なのはどなたでしょう」
「今現在、最低なのは我々です」
「では、給与水準が低い酒類捜査官に州警察官が出向するような事態になるのでしょうか。残念ながら、州警察官になった彼らの誇りを満足させられるだけの出向というのはあり得ないのではないでしょうか」
「いえいえ、信者として清く正しい生活をおくっていく手助けをすることは、彼らの信仰心を満足させるものと」
「ちなみに禁酒法に触れると罰則はいかほどに」
「二千ドル以下の罰金並びに一カ月以上五年以下の禁固刑を科せられます」
「そうですか、終身刑を科すことはできないのですね。酒類取締局の未来に期待しています」
「お任せください」
十一月二十九日
ウォルストリート街 T.P.O.証券
「株式というものは、半年先の指標。というわけで、上場している酒造メーカー株は、年当初に比べ、三分の一という位置づけだな。モグモグ」
「地場で気をはいているメーカーがあるじゃないか。モグモグ」
「株式会社ニューヨーク調味料ね。なんでもニューヨーカーの胃袋をごっそりとつかんじまったってな。モグモグ」
「寿司と天麩羅は今のところ上流階級向けだが、大衆向けに屋台から大爆発した料理を掘りあてたんだよな、モグモグ」
「ウォルストリートに出入りする人々がこぞって買いに来た味、世の中には未知の味というものがあるもんだ、モグモグ」
「売り始めた売り子の格好も度肝を抜いたね、モグモグ」
「きれいさっぱりとちょんまげに紋付き袴、大小の刀、モグモグ」
「コスプレーヤーが売り始めた照り焼きチキンバーガー、瞬く間に同業業者に広まったな、モグモグ」
「ちょうど、禁酒法による駆け込み需要が積み重なり、牛肉の仕入れが難しくなったときに現れた救世主だからな、モグモグ」
「やめられない止まらない、それがサムライバーガーだ」
「鶏肉の照り焼きを使ってもバーガーか」
「それはお約束というもんだ」
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