仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第144話

 1900年(明治三十五年)二月十四日

 シカゴ カフェ ミシガン

 「禁酒法が始まって、早一カ月。幸い、うちではアルコールを出していないから、影響はないが、世間はどうなってるんだ」

 「医者に言わせれば、酒は一長一短だ」

 「百薬の長と酒で身を滅ぼすと正反対の言葉があるが、医者曰く医療用の酒は処方箋さえあれば薬局で出してもらえるようにしておいてほっとしているようだ」

 「ほう、やっぱり酒は必要なものか」

 「亜米利加では、医者にかかるには、基本的に自己負担だから医療用の酒は上流階級向けだね」

 「それもあるんだが、医者同士で処方箋を書きあってるそうだ」

 「へー、闇に流すためか」

 「そうじゃない。医者の仕事はストレスがたまる。ストレスがたまったら、酒でも飲んでリラックスしなければやっていけない」

 「なるほど、ストレスを解消していた酒がなくなれば、どこかで発散させなければならない」

 「と、いうわけでいつでも酒の処方箋が書ける医者は人気職」

 「となると、看護婦は医者と職場結婚が増えるって」

 「看護婦もストレスがたまる仕事だからな。精神の安らぎこそ大事だよな」

 

 

 四月六日

 パナマ運河開通式場

 「開通式は、仏蘭西式か。よく、亜米利加はごねなかったな」

 「亜米利加は、ぜひとも仏蘭西式でやってくれと要望があがってね」

 「歴史的な式典だろ。それでも、自国式にしなかったのか」

 「お偉いさんはいいんだが、ほら亜米利加海軍に入る理由に亜米利加大陸沿岸を運行できるだろ」

 「パナマ運河のおかげで、初日、東海岸を出て二日目にパナマで停泊、四日目に西海岸といったような場合、パナマで降りて酒を買いだめするのが船員にとって半分仕事かな」

 「酒のない軍隊は弱体してくれというのと同意義という考えもある」

 「軍需物資の一番上に酒がくる」

 「ストレス発散に、作戦のおじけづいた兵士をその気にさせるには酒だ」

 「つまり、酒が出るように仏蘭西式で開通式をしてくれというのが亜米利加海軍の意向」

 「だとしたら、亜米利加陸軍は人気がなくなるのかね」

 「なくなるね。軍隊は、勝手に宿泊口を抜けだすわけにはいかない。夜間にいる場所も上に届けておかなければならないからね」

 「つまり、陸軍であれば勝手に国外に出るのはかなり難しいと」

 

 

 六月九日

 ニューヨーク市キリスト教定期連絡会

 「いいですか、このニューヨーク市では、禁酒法が徹底されていません。これはなぜでしょうか」

 「ニューヨークに割り当てられた酒類捜査官は、三十名。取締に対する絶対数が足りない」

 「捜査にニューヨーク市警察は、全く協力しません」

 「それもこれも同市長が反禁酒法のシンボルに祭り上げられているせいです」

 「市長の意向というのであれば、市警察の幹部も出世がしたければ、市長のご機嫌とりにまわります」

 「しかし、攻勢に出るのは我々禁酒順守者であるべきです」

 「すでに、来年のニューヨーク市長選に向け、対立候補を民主党からださせ、強力にプッシュすることにしました」

 「前回はとれた宗教票二割をそっくりそのまま、民主候補者に投票させればそれで勝負あり」

 「来年の市長選までですな。大きな顔ができるのは」

 「お情けで一期やらせてあげたのですから、もう十分でしょう」

 「西がユタ州ならば、東はニューヨーク」

 「当然ですな」

 

 

 七月十七日

 クイーンズ島株式会社ニューヨーク調味料工場建設地

 「こんな暑い日の警備は、帰ってからの一杯。これだけが楽しみだったのに」

 「おまえもか、去年買い占めた酒が切れたな」

 「春まではワインで我慢し、暑くなったら麦酒にしたが昨日でついに切れた」

 「禁酒法ってな、市民いじめの法だよな」

 「裕福層は、週末国境線を越えてカナダで飲酒パーティ」

 「中間層は、大きな酒蔵をつくって数年間バーボンを数年間寝かせている」

 「酒蔵を構える場所さえあれば、中部から葡萄の房を買って自家製ワインの製造にいそしむ」

 「それはあてにならんぞ。今まで葡萄酒用の葡萄はニューヨークでは駄目だ」

 「どうして、もう数年したら亜米利加産のワインは、仏蘭西産に並ぶはずだったろ」

 「葡萄酒に使われる葡萄はな、糖度が高いほうがいい葡萄だ」

 「そうだな、収穫期には雨よけをする方が糖度が上がるときいた」

 「つまり、農場で完熟した葡萄を使うから、うまい酒ができていたんだが」

 「禁酒法でそれが駄目になったのか」

 「なった」

 「農場でとれた葡萄をニューヨークのワイン蔵で仕込めばそこそこのワインができるだろ」

 「いいか、完熟葡萄用の葡萄ってな、皮が薄いのさ」

 「仕込むんだからその方がいいでしょ」

 「糖度の高い葡萄でしかも皮が薄いときたら、長距離輸送中に腐ってしまってゴミ箱行きだ」

 「へ、だったら、今葡萄園ではどうなってるんですか」

 「葡萄酒をつくるわけにはいかないから、葡萄のまま出荷しなければならない。そして、消費地は東海岸で、合衆国中部より遠いときた」

 「うまくいきませんね」

 「で、自家製葡萄酒用のとっておき以外、全部木を切り倒して皮の厚い、半熟で市場に出せるように植え替えの真っ最中」

 「うへ、まずい話を聞かされたら、仕事にやる気でなくなりました。明日は休もうかな」

 「明日も仕事場はここだぞ」

 「だったら、明日もしょうがないから仕事をしますか」

 「お前もわかっているな。だったら、俺が秘蔵の酒を教えてやろう」

 「へ、先輩宅はまだ酒があるんで?」

 「ないよ。うちは狭いからね」

 「僕を担ぐんですか。仕事に出てきて欲しいからって」

 「いいから、今日はおれと買い物に付き合え。飲ませてやるから。ただし、他言無用」

 「狐に化かされたつもりでつきあいますが」

 「よし、かわいい後輩をかわいがるのも先輩の役目だ」

 「先輩、仕事が終わってからどこに行くんで」

 「そこのスーパーだ」

 「レシピは?」

 「鳥の照り焼きにグレープフルーツかな」

 「だったら、チキンにみりん、しょうゆですね」

 「お、お前も気に入ったか。サムライバーガー」

 「酒が恋しくなるとあれをつくってしまうんで」

 

 

 とある一軒のアパート一室

 「では、グレープフルーツジュースで乾杯」

 「先輩、照り焼きつくるのはうまいっすね」

 「あ、それはおまけだ」

 「おまけでこんなにうまいもんができるんですか」

 「はは、本題に参ろう。ほら、ワイングラスを出せ」

 「はい、二つ用意しました」

 「ではいくぞ、ここに用意いたしますは、照り焼きに使ったみりん。ただそれをワイングラスに注ぐだけ。トッポン、トッポン。だまされたと思って飲んでみろ」

 「へ、赤ワインの最上級にも匹敵しますよ。これ、いけます」

 「そ、俺たちが飲んでいるのは調味料であって、酒ではない。だからスーパーで買える」

 「おれ、友達みんなに教えてやろう」

 「ば、馬鹿、そんなことをしてみろ。ニューヨーク中のスーパーからみりんが消える。他人に教えるのは一年早い」

 「すいません、そんな切実な理由があるなんて」

 「はは、酒好きなら今日の警備で気がつけよ。工場建設地でアルコール臭が漂ってきてただろ」

 「ええ、あの現場は落ち着きましたね。やっと理由がわかりました」

 

 

 九月一日

 ニューヨーク市マードック市立高等学校

 「それでは、皆さんにこれから副読本をお配りします。前からまわしてください」

 「えーと、浮世絵で読むメンデルの法則にダーウィン進化論」

 「はい。難しい生物学が少しでも分かりやすいように皆さん、新学期から頑張ってください。興味がある方は、書店で本を購入してください。とっときにくい生物学もこれで大丈夫ですね」

 「はーーい」

 

 

 

 

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