仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第145話
1900年(明治三十五年)九月十六日
パリ郊外 ヴェロドローム=ド=ヴァンセンヌ
「本日、パリにおかれまして、第二回オリンピックの開会式を迎えております。入場してくる選手団が続々と正面の観客席前を通過しております。先頭のギリシアは競技場を一周した後、所定の位置についています」
「開催国仏蘭西は最後の登場となりますが、観客がざわついております。注目を集めているのは紋付き袴に大小の刀ということは、東洋から参加したジャポンでしょうか」
「実況を担当している実況中継者には悪いのですが、ジャポンはアルファベ順で中間になります。すでに整列している日本選手団がそこに見えますよ」
「では、どの国が侍の格好をしているのでしょうか。顔をみますと白人のように見えますが」
「注目されている集団の後にきたのは、メキシコ合衆国のようです」
「となりますと、その前を進む集団は、亜米利加でしょうか」
「白人ばかりの集団ということを考えますと、それが妥当でしょう」
「これはどういうことでしょうか。自国衣装でもなく、他国の民族衣装とは」
「私が思いますに、これは第一回ギリシアオリンピックの反動ではないかと」
「なるほど、第一回大会は厳格にやりすぎてしまいましたので、参加することを楽しむという精神を表現したかったのではないでしょうか」
「しかし、国際オリンピック委員会はそれを許容するのでしょうか」
「そうですね。参加国の一部からは抗議が届くかもしれませんし、それに答える義務も生じるでしょう」
「しかし、会場からは母国仏蘭西選手団が入場した際に得られた拍手につぐ、歓声があがりました。観客からの注目度は、亜米利加が独り占めでしょうか」
「コスプレ大国仏蘭西さえもできなかったことをしでかした亜米利加の勇気に称賛が集まっていることの現れでしょう」
緊急国際オリンピック委員会会合
「議題は、ジャポンのコスプレで入場した亜米利加への対応です」
「ギリシアとしては、神聖なる入場式にあのような行進をした亜米利加に制裁を加えねば納得できません」
「観客は喜んでいたようですか」
「そのようなことは、次回の会場ではありえないとギリシアは申し上げます」
「では、ギリシアには次回の会場が決まっていないことに対する妙案がありますか。財政的な問題が山積みなのですが」
「次回もギリシアで開催すれば問題はすべて解決です。前回大会で使用した設備を使用することとで財政面の問題も大半が片付きます」
「しかし、開催費用はいかがなされるので」
「後四年もあるのです。四年間で積み上げれば問題ありません」
「それは、ややこしいことを後回しにするだけではございませんか。予算なくして開催は出来かねるのがオリンピックですよ」
「では、他に良き策があるのですかな」
「実は、亜米利加選手団のコスプレを見学していた各国から自国開催をしたいとの申し出が五カ国からあがりました。全ての国で開催費用並びに競技場建設費用をもつとのことです」
「その中には、今回の亜米利加の他、日本、露西亜、阿蘭陀、西班牙からと財政的にも問題ございません」
「これは、大魚を釣ったというべきです。一カ国の選手団がコスプレをするだけでオリンピックは世界中で開催することができるようになったというべきです」
「では、今回の功績を考えますと亜米利加オリンピック委員会に次回の開催権を与えるべきでしょう」
「心情的にはそうですし、多数決による選考でも同じ結果になるでしょう」
「では、形式的ではありますが今回のオリンピックが終了するまでに次期開催国を決定する選考をおこないまして、最終日の閉会式で次回開催国家を読み上げることにしましょう」
「では、意見の集約ができましたので、委員長である私から一言、述べさせていただきます。オリンピックは優勝することに最上の意義があるのではありません。開会式の入場行進に参加することに意義があるのです」
「では、以上をもちまして緊急会合を終了いたします」
九月十七日
亜米利加選手団宿泊ホテル
フィガロ紙
亜米利加による入場式でのコスプレパフォーマンスに対し、国際オリンピック委員会は開会式に参加してくれたことに対する感謝の現れとして、奨励すべき行為とみなした。また、このパフォーマンスをみた各国オリンピック委員会から次期開催に名乗りを上げる国家が多数手をあげたことから、亜米利加選手団に対してオリンピックの救世主として持ち上げる声まで上がっている。さらに今回の亜米利加の功績に対して同委員会は、次期オリンピック開催国家を大会開催中に亜米利加に指名するのは確実との声が多数の委員から持ちあがっていることを隠しもしなかった。さらに、委員長自ら、今回の亜米利加選手団の行為に対し、オリンピックは参加することに意義があることを最もわかりやすい方法で示してくれたと称賛している
「と、新聞紙各紙で亜米利加選手団に対する称賛がうなぎ上りなのだが、これに対するコメントを出さねばなるまいが」
「頭がいてーーーー」
「二日酔いでがんがんする」
「昨日は飲みすぎのまま、入場行進したから何も覚えていない」
「なんか馬鹿のことをしでかした覚えがあったが、式が終わったらそのままバーに直行したし」
「禁酒の国から普通の国に入国して酒にみんな溺れていたな」
「誰かまともなことを言え」
「では、次の開催国家でも我々はコスプレして行進します」
「ああ、次回は酒が出ないことになりそうだ」
「「「え、ええええーー、何で?」」」
「亜米利加で開催されることになりそうだからだ」
「次回は他国に譲れよ。酒を飲みたいがために代表選手になったんだぞ」
「お、俺も」
「でもよう、オリンピックって史上最大のコスプレ発表会場になるのでないか」
「一つくらいいいことがあったかな」
「馬鹿野郎。普通なら競技に出るなと通達があってもおかしくないとこだが」
「いいじゃないすか。俺たちのおかげでオリンピックは、世界中で開催できるようになったらしいですし」
「オリンピックを世界中に拡げたのは、亜米利加。これ、教科書にも載るかな」
「載せちゃえ」
十一月一日
ニューヨーク市キリスト教定期連絡会
「昨日、ハロウィーンは大盛況だったな」
「伝統がごっそりと書き換えられていたが」
「悪者の代表にあげられたのが、酒類取締官だった」
「それを退治する役がサムライとはな」
「それよりも今日集まった議題は、我々の根幹となる既存権益にたいする揺らぎだ」
「どこかの市長がメンデルの法則と進化論を学生に配布したおかげで」
「日曜礼拝の場は、天地創造で『六日目、神に似せた人をつくった』のが正しのか否かということを討論する場になってしまった」
「聖書に出てくる言葉は正しいのです。その一言で信者が納得しない」
「では質問を替えましょう。天地創造が起こったのはいつのことでしょうか」
「旧約聖書学で幾度となく議論された議題だな」
「紀元前五千年と答えておけば今まで問題なかったんだが」
「進化論で猿と人類が別れた年はいつですかとの質問がセットで来るようなった」
「だから、紀元前五千年という答えはこれ以降使用してはなりません」
「では、はぐらかせるのですか」
「聖書は、信仰の源です。5W1Hの問題ではありません。聖書の中身を信じることが信徒として正しいのです。そう答えるように」
「聖書は、歴史書でなく宗教書になったのですね」
「あの、それでは信者は減らないのでしょうか」
「皆さん、ここのところの日曜礼拝者数の推移はいかがですか」
「熱心な信徒ほど落胆したのでしょうか、教会への足が途絶えがちです」
「私のところも」
「残念ながら我が教会でも」
「そのような敬虔な信徒であれば、こちらから出向いてでも相談並びに懺悔をお勧めするように」
「対処療法しかないのでしょうか」
「今は、来年の市長選までの勝負です」
「市長が勝つか。宗教票が勝つかという」
「市長は恐るべき策略家ですね」
「あの政策方針はどこから来るのでしょうか」
「我々は、十三人目の天使、サタンを相手にしているのでしょうか」
「我々は、禁酒法を法案として通したのです。今、サタンは、酒の力で人々と契約を結ぶことができません。勝つのは我々です」
「その通りです」
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