仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第146話

 1900年(明治三十五年)九月三十日

 パリ郊外 ヴェロドローム=ド=ヴァンセンヌ

 「それでは閉会式の最後に次期オリンピック開催国家の発表をさせていただきます」

 「国際オリンピック委員長として、次期開催国家を亜米利加国内で開催することを決定いたしました。皆さん、四年後に亜米利加で再開いたしましょう」

 「ああ、やっぱり次は亜米利加か」

 「うれしさ半分、もう半分は決定が覆す方に賛成したい」

 「でもよう、四年後にまた入場できるように頑張るか」

 「そうだな、自国開催となれば国内予選も激戦となるだろうしな」

 「さーて、別れ酒を飲みにパリに繰り出すとするか」

 「おー、つきあうぞ」

 「酒さえ飲めれば、亜米利加のチームワークは世界一だ」

 

 

 十月十二日

 ニューヨーク港船上

 「自由の女神像を眼前にとらえながら、亜米利加に帰国か」

 「なのに、飲酒の自由がない」

 「だからか、帰国の途につく服装は喪服のよう」

 「やっぱ、入場行進の時の格好とはうんでんの差だな」

 「さっさと帰国手続きをして解散としますか」

 「そうですね、全米各地から集まった連中とともにするのも今日が最後ですし」

 

 

 税関手続き最中

 「団長、お迎えの人間が多すぎやしませんか」

 「多すぎるだろ。なんか、でっかいことがあったか」

 「いや、もしかすると右と左の隠しポケットに入ったブランデーを摘発するために集まった酒税取締官たちではないでしょうか」

 「あ、あれか、有名人を取り締まれば一罰百戒と」

 「しかし、ゲートの後ろに集まった新聞記者の数も多すぎやしませんか」

 「落ち着け、例え酒税取締官につかまったところで、最低限の罰金刑ですむ。また、陪審員裁判なら、情状酌量のすえ無罪判決を勝ち取ることもできる」

 「パリオリンピックに選出された選手団団長に早速ですが、パリでのご活躍、おめでとうございます」

 「いえいえ、これも亜米利加国内で応援してくれたからこそ、頑張れたのです」

 「亜米利加国民も選手団が入場行進をする際の勇士をみたのは十日前ですが、あれは選手団全員が前もって考えていたことなのでしょうか」

 「いえいえ、開会式前日に皆が集まった場所で盛り上がりましてその場で決まりましたよ」

 「そうですか、では、次期開催国といて選出された亜米利加ですが、選手の皆さんは開催を希望される都市はありますか」

 「その前に、立候補している都市をお教えください。なにぶん、亜米利加に帰国したばかりで情報が全くありません」

 「ではあ、まず立候補している都市ですが、西からサクラメント、中央からセントルイス、東地区からニューヨークです」

 「では、我々を一目見ようとして集まったのは、ニューヨーク市が立候補したからですか」

 「それもありますが、ニューヨーク市長は来年の市長選に勝利するという前提条件がありますが、飲酒を合法化すると立候補の際、明言されました」

 「それは可能なのでしょうか」

 「建前として、国際大会たるオリンピックを迎えるにあたって、飲酒できないのでは選手団を迎える都市として不十分である。ゆえに、オリンピック開催都市となれば、飲酒できる場所の提供もしなければならないと立候補されました」

 「では、この場に集まった群衆は何のために?」

 「いいですか、亜米利加で次回オリンピックが開催されるのは、あなたがた亜米利加選手団がコスプレをして入場行進したからですよ」

 「つまり、我々の行為のため国内で飲酒できる都市ができるかもしれないと」

 「そうです。その感謝の気持ちを表すためにニューヨーク市民はここニューヨーク港に集まったのです」

 「では、我々からのコメントを一言。パリではワインが最高でした。次期開催都市でもこうありたいものです」

 「では、ニューヨーク市民が歓声をあげる中、帰国の途におつきください」

 「皆、聞いたな、笑顔で行進だ」

 「「「おおー」」」

 

 

 十二月二十日

 ウォルストリート街 T.P.O.証券

 「禁酒法の駆け込み需要の反動で落ち込んでいた1900年がオリンピックをきっかけに動き始めたな」

 「ニューヨーク市限定ですけど」

 「いいんだ。ウォルストリートの地場不動産屋はてんてこ舞いだぞ」

 「へ?バーとホテルが儲かるからですか」

 「それは微々たるものだ。まず、あてにできるのは全米で消えた酒税がここニューヨーク市に集まるという話だ」

 「ニューヨークは、港をもっていますから、飲酒ができるようになれば酒類の輸入が急増するでしょうね。酒税と関税を独り占めですか」

 「そうじゃあない。行き場を失っていた酒造会社がニューヨークに工場を建てるといいだしてな。ある新築ビルのテナントを募ったところ、全部酒造メーカーだったという話だ」

 「そりゃ、景気のいい話ですね」

 「一階、ニューヨークワインの会社、二階、サイダーの会社、三階から八階までバーボン会社てな具合に、全米中からうようよと酒を造りにビルの買い占めが流行っている」

 「連中、昨年の駆け込み需要で儲けてましたからね」

 「ああ、腕に覚えがある社員を集めておけば、金があるうちに麦酒の製造は再開できる」

 「絶妙のタイミングというやつですか」

 「それと穀物を生産する農家にとっても救世主だ」

 「ええ、酒造メーカーがなくなってから、穀物生産は横ばいでも大口需要家である麦酒会社が穀物を引き取らなくなってしまいましたから」

 「つまり、まだオリンピックの開催都市はニューヨークと決まっているわけではありませんが、市場はすでにそれを既成事実として織り込みつつあると」

 「ああ、気の早い人間はニューヨーク市長選の前倒しを訴えて、市長に自発的な辞職をお願いしているということだ」

 「市長は、その声に応えるのでしょうか」

 「そうはなるまい。そうだな、それが実現する前提条件は、オリンピックが四年後ではなく二年後なら、すぐさまスタジアムを建設に取り掛からねばならないだろうから、市長選の前倒しを検討するだろう」

 「市長は、酒を入手するつてをもっているでしょうから、市長選の前倒しはしないでしょうね」

 「そうはいうな。また、新規上場があればシャンパンで祝おうぜ」

 「そうですよ。やっぱり、お祝いにはシャンパンですよ」

 

 

 

 

 

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