仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第147話
1901年(明治三十六年)一月六日
ニューオリンズのとある一家のリビング
「母さんや、うちもヨットを買わないか」
「ヨットなんて、贅沢品でしょ。買えなくもないけれど、それって必要なのかしら。それよりもまずは別荘でしょ。あなた」
「もちろんだよ。別荘も買うよ。でも優先順位は、ヨットの方が上で。ヨットを買ったら、その航路でいける海沿いの別荘を買うよ。約束するから」
「ヨットを買っても、お友達に話を切り出すきっかけがないわ。別荘なら、長期休暇のたびに、ちょっと別荘までお出かけしてきます。と、うらやましがられること間違いなしなのに。うちには、専用のプールもないでしょ。子供たちのことを思ったら、庭にプールをつくらなきゃ。だからヨットの優先順位は、別荘とプールの下です」
「うん、わかったよ。でもあきらめないよ。子供たちの優先順位をきいてみるよ」
子供部屋
「マット、ローラ、お前達は庭にプール、別荘、ヨットのうちどれか一つ買うとしたら、どれがいい」
「僕、ヨット」
「私もヨット」
「お前達、いい子だ。で、子供たちも父さんも第一希望がヨットということで一致した。それで、母さんも納得してくれるかな」
「ちなみにダッディが欲しいヨットって、どのくらいの大きさ?」
「そうだな。航海日数が二週間で往復すると一カ月走れるやつだから、全長二十ヤードより大きいのになるかな」
「ダッディ、それって、とっても大きくない?」
「そうだな。八人ほどが乗船できる大きさだな」
「僕達、一も二もなく賛成だけど、ママはどうして船が嫌いなんだろ」
「そうだな。ママとのデートで海岸べりを歩いたことさえない。丘の上か、街中しか行ったことないな」
「で、ダッディが船を買いたい理由は何?」
「そろそろ、うちにはまだまだワインが二年分あるんだが、父さん、麦酒が飲みたくなったんだ。麦酒を飲もうと思ったら、ミシシッピ川の河口にあるニューオリンズからだと、メキシコにいかなくちゃ駄目なんだ。となると、麦酒瓶を買って、船の中に隠しておくのが一番いいんだ」
「ママ、お酒は飲まないからね」
「パパと一緒にお酒を飲んでいるのをみたことないわ」
「お前たちにはわからないかもしれないけど、ニューオリンズの夏は蒸し暑い。で、そんな日は、仕事を終えた後、冷えたビールを飲むのが唯一の楽しみなんだよ」
「ママは、『そんなことはありません。ちゃんと神様にお祈りすれば、どんな貧しい食事だろうとおいしくいただけるんです』って、いうもんねえ」
「難攻不落だな、ママを落とすいい手はないか」
「なくはないけど」
「なんだ。三人でママを説得にいくのか?」
「行くのはローラ一人だよ」
「ローラ一人で大丈夫かな」
「大丈夫だよ。一人だからこそ、ママも耳を傾けてくれるよ」
「そうか」
「ローラ、行ってらっしゃい」
「マット、ダッディ、ちょっと待っててね」
リビング
「ママ、ダッディからきいたの。ヨットを買うつもりはないって」
「そんなことはありません。高原の丘にたたずむ別荘で静かな夏休みを過ごして御覧なさい。それがママの今かなえたい夢なのよ」
「ダッデイは、海派だけど、ママは山派になるのかな」
「そうね、海にいい思い出はないわ。ダッディと結婚して、ここ、ニューオリンズに住むようになったけど、それまで住んでいたのはユタ州の山の中。ここでは降らないけど、雪が降っていた所に住んでいたのよ。ママ、スキーが得意だったの。ロッキー山脈でハイジのような生活がまたしたいわ」
「まま、寝る前に本を一つ読んで欲しいの、いいかしら」
「いいわよ」
「じゃ、また夜に」
「うん、わかったわ」
子供部屋
「どうだった?」
「とりあえず、ママがしたい生活がわかったわ。だから、今晩、ママに読んでもらう本はこれ」
「これか」
「これなら、うまくいくかも」
「ローラ、もう一仕事だな」
「そうね」
「フローネの誕生日プレゼントは、フランツが海で取った牡蠣でした」
「フローネは、ナイフでこじ開けた牡蠣を一口に口の中に入れ、味わうことにしました」
「コリ」
「柔らかいはずの牡蠣を歯で噛んでみると、まるで小石を噛んでしまったような感触が残りました」
「フローネは、何を噛んだんだろうと口から手に出してみました。すると」
「すると?」
「フローネの手のひらにのっかっていたのは、大粒のブラックパールでした。フローネが手に入れた誕生日プレゼントは、数個の牡蠣ではなく、一粒のブラックパールでした」
「あら、いいわね。この浮世絵、なんてタイトルかしら」
「家族ロビンソン漂流記不思議島のフローネ」
「どうママ。気に入った?」
「そうね、海もいいかしら」
「だったら、船を買うの?」
「はいはい、あなた達三人には負けました」
「やったー。これで海賊ごっこよ」
「でも、その代りプールを作るのは当分先よ」
「な、なんで」
「だって、ヨットを買ったら次は、浜辺の別荘と決まっているでしょ」
「なんか、ママが一番得してるみたい」
「あら、だったら、ヨットはやめる?」
「いい、海で泳ぐだけだから。ママ、泳ぎを一緒に習おうね」
「そう来たか。ダッディがいい教師だったらね」
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