仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第148話
1901年(明治三十六年)六月十三日
シカゴ A=G=ビルディング6F
「シカゴを制すれば、中西部を制する」
「イエッサー、報告の通りです」
「確かに脱法の酒をカナダから仕入れて、ミシシッピ川周辺に流すだけでシカゴを牛耳るようになれた。これはお前たちの働きだ」
「ありがとうございます」
「市庁舎、市警察、法曹、市内の著名人はすべて、我々が主催するパーティに招待状を出すだけでお預けを食らった犬のように集まってくる。これはなぜか?」
「亜米利加でパーティの成功の良否を決めるのはは、全て酒です。珍しい酒をふんだんに用意する我々に媚を売っておくのが一番です」
「そうだ」
「成功させようとおもったら、いうまでもありませんが、禁酒法が施行されている現在、十八才以下の未成年を招待することは些細なことです。そこで酒を飲ませて酩酊させ、隣の部屋でいかなることが起こりようとも被害者が訴えることはありません」
「これもそれもシカゴでは、全てが我々の支配下にある所以だ」
「イエッサー」
「中部の状況は満足するものだ。しかし、我々シカゴギャングとニューヨークマフィアが競っているクリーブランド周辺で、どうしてマフィアの後塵を拝しているのか現状を分析せよ」
「はっ。クリーブランドはニューヨークとシカゴの中間点ともいう位置にあり両勢力が同市を勢力圏に組み込もうと血みどろの戦いがおきております。しかし、マフィアは品質で上回る酒を用意して我々の酒を駆逐しております」
「まて、ニューヨークが用意する酒は、仏蘭西から仕入れたワインか」
「いえ、ワインは二番手勢力です。今現在、我々を駆逐している酒はメイドインニューヨークと銘打って、株式会社ニューヨーク調味料が卸しているみりんでございます」
「はじめてきく名だが、うまいのか」
「ドン、我々はすでにマフィアの術中に組み込まれているといっても過言ではございません」
「なぜだ?やつらの手は、シカゴにまで伸びてはいないだろう」
「いえ、その先兵にドンは夢中です」
「はて、話が通じるように筋を通せ」
「ドンは、球団の共同オーナーの一人ですよね」
「ああ、今年からアメリカンリーグが開幕して、セントルイスにあったセントポール=セインツをそっくりそのまま買収してシカゴ=ホワイトストッキングとした」
「その球場名物はなんでしょうか」
「ニューヨーク生まれの照り焼きバーガーだ。俺の娘がニューヨークで気にいってな、土産だといって買ってきてくれたものだ。球場の売店でも売上一番だ。大いに俺の懐を潤してくれている」
「照り焼きに使われている調味料をご存じでしょうか?」
「なんでもサムライの使う調味料だと説明を受けた」
「では詳細を説明させていただきます。照り焼きに使われているのは、ソイソース、砂糖、日本酒がジャパンスタイルというものです」
「ちょっと待て、日本酒が入っているのか?」
「いえ、メイドインニューヨーク製の照り焼きに使われているのは、みりんという調味料でございます」
「ああ、だから株式会社が合法的に販売しているのか」
「どこが問題なのか」
「はい。敵は最初、照り焼きソースとして一瓶丸ごと使えるように提供してくれます」
「合理的だな。それこそ、アメリカンスタイルというものだ」
「しかし、照り焼きバーガーを球場の外でも販売を始めたところが多々あるときいております」
「よいではないか。うちの球場がシカゴの元祖を名乗っておけば」
「次に我が球場は大口顧客だとして、一回り大きな樽で輸送してくるようになります」
「そっちの方が安いのであろう。問題はあるまい」
「そこまでは問題ありません。個別の樽に、砂糖、醤油、ここまではいいのですが」
「最後の樽に入っているのはみりんだろ。どこに問題がある」
「そのみりんですが、最初のうちは糖分半分、アルコール分十数%というものをおくってまいります」
「ま、一応調味料じゃねえか」
「ですが、この地点でのん兵衛とよばれる連中は、みりんを家に持ち帰り晩酌を始めます」
「のん兵衛だけに、アルコールには良く鼻がきくな」
「こうして、みりん樽の注文が他の樽の二倍を超えるようになりますと、飲用みりんをおくってくるようになります」
「ほう、今までとどう違うんだ」
「本直しと呼ばれるみりんは、甘味の強い上記のみりんと蒸留酒を半々混ぜたものになります」
「ほう、そうなればいわば、半分ワイン、半分ブランディというやつか」
「はい。本直しといわれるアルコール分は、三割弱とほとんどバーボンに匹敵いたします」
「となると、本直しとよばれるみりんを使うようになると照り焼きバーガーも売り上げが増えるか」
「はい。売り上げは右肩上がりです」
「しかし、本直しの消費は醤油樽の三倍近くまであがったか」
「そうです。従業員がこっそり持ち帰ってしまい、調理に使用されるみりんと同量のみりんが消えます」
「はは、天使の分け前どころではないな。で、そのようなけしからん従業員を解雇した場合どうなるんだ」
「今までの例でいきますと、照り焼きバーガーを作れるようになりますに、二カ月の熟練を必要になります」
「つまり、そのような不埒な従業員を解雇した場合、二ヶ月間焦げた照り焼きを食わされるのか」
「それだけではございません。球場を解雇された調理人は、我先にと球場周辺で照り焼きバーガーを始めていまして、味ではベテランの屋台の方が上です」
「解雇しても敵になる。解雇しなければ、みりんを着服する。で、お前の策は?」
「球場の調理人には女性を採用することにしました。そうすればのん兵衛を雇う可能性はだいぶ防ぐことができます」
「なるほど、マフィアの先兵が俺の食べている照り焼き場バーガーか。さてこれには対策を取らねばなるまい」
「暗殺を仕掛けますか」
「トップが照り焼きバーガーを食べているのにヒットマンにそいつを製造している手先を殺せというのも納得しないだろうし、俺の影響力も落ちる。これはいかん」
「では、暗殺はなしと」
「恐るべし、マフィアの先兵だな」
「きくところによりますと、ニューヨークマフィアも市長からこの戦術を仕掛けられて軍門に下ったとか」
「ああ、あの反禁酒法で祭り上げられたニューヨーク市長か」
「はい、チャイナ系の市長です」
「業界の縛りがきかんやつはこれだから、やりにくい」
「既存の権益でもいうことがいきません」
「なら仕方ない。我々もニューヨークマフィアに習う」
「ということは、仕入先にニューヨーク調味料を加えると」
「敵と同等の酒を用意できれば、これ以上攻められることもあるまい」
「はい。敵の進撃はクリーブランドで止まるかと」
「メイドインニューヨークの独り勝ちか」
「胃袋を手にしたものは全てを手に入れる機会を与えられます」
「全米の恋人になるか、ニューヨーク。まあ敵の良い所は見習え。我々の富の源泉はあくまで中西部だ」
「イエッサー」
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