仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第149話
1901年(明治三十六年)八月七日
ニューヨークタイムズ紙一面他
反禁酒派、勢いづく
現ニューヨーク市長、シバ=リー氏、共和党予備選で満票を獲得。十一月の市長選に向け、順調なスタートを切る。同氏の再選に向け、各業界はすでに見切り発車に入っている。同市議会は、市長の当選翌日に禁酒法の適用除外をオリンピックのニューヨーク開催に合わせるために即審議入りすると明言している。市議会は来年元旦からの飲酒を再開する法を通すつもりである。ホテルは、来年から市内でパーティ需要並びに懇談会が盛り上がるとみて、早くも予約を取り始めている。無許可のバーも看板業者に新たな看板を発注している。何より、市内の各ビルディングには全米中から酒造メーカーが押し掛け、早くも発酵過程を来年元旦に市場に並べるように調整中である。あるメーカーによれば、後一カ月技術者に声をかけるのが遅ければ、カナダに逃げられてしまうところだったと胸をなでおろした責任者も多数いたという。
ちなみに、ニューヨーク市庁舎に勤務する公務員に役所から出てきた反禁酒法をかかげた市長を支持するか否かと質問をぶつけたところ、五十人中五十人が市長を支持すると声明を出した。理由を問いだしたところ、彼らは公務員らしい視点で述べてくれた。まずは住民登録を担当する人物からは、市長が普通に飲酒をできる市にすると宣言して以降、全米各地から元酒造メーカーの市内開業登録が相次ぎ、うれしい悲鳴をあげているよ。空き家も減って大家さんもホクホク顔、かなりの店子が家賃の値上げに同意したという話を聞くよ。これで固定資産税も大きく伸びるね。
彼の隣で税務課に勤務する担当者からは、酒税が復活するのを心待ちにしているというコメントをいただいた。禁酒法が制定されて以降、市税は酒税を中心に大きく落ち込んでしまい、市が助成を切らざるを得ない事態が後二カ月で成立するはずだったと。このまま、酒税が復活しようがしまいが市税は禁酒法が施行される以前の水準を上回るのは確実であり、市が提供するサービスが円滑に提供することができると誇らしげに話してくれた。
市警に務める警察官は、禁酒法がもたらした害について述べた。禁酒法は、悪そのモノだね。悪法でも法は法。けれど、これが守れるかといえばみんな守れない。禁酒できない程度の法律違反をしているという意識は大半の大人が共有している。となると、道徳が地に落ちるんだよ。道に対する立ちション、飼い犬のふん害、公共の場でのマナー、それらが全ての軽犯罪を誘発する。お巡りさん、僕禁酒法を守れませんでした。だから万引きしてもかまわないでしょ。さらには、禁酒法施行以前は、未成年が酒を入手する手段は相当限定されていたんだが、今は未成年に対する酒の依存症が多数みられる。なぜかって?大人も飲酒できないのだから子供が飲酒している場を発見しても両者は共犯者になるだけさ。ちょっと目こぼししてくれ。お前の立場も目こぼししてやるからさ。また工業用のエチルアルコールと水を混ぜた人造アルコールが幅を利かせている。いつ、工業用メタノールが混合して、失明する者が出やしないかとひやひやしているよ。
編集者は、今度の市長選を反禁酒派と敬虔な宗教票が対決するニューヨーク戦争と位置付けている。宗教派が味方にできたのは、飲酒できないために利益をむさぼる炭酸飲料メーカーと密造酒メーカー並びに不眠患者を抱えた医療票とみている。決戦は、十一月末の火曜日に投票がおこなわれる。全米中の注目を集める選挙となるのは確実である。
十二月一日
ニューヨーク市キリスト教定期連絡会
「ニューヨークタイムズが言い出したニューヨーク戦争は、宗教票が圧敗ですか」
「ダブルスコアの差がつきました」
「女にいい所をみせたいと、禁酒法はもてたい男たちの気持ちをくんで成立したのですが、世俗の男たちは辛抱が足りませんね」
「禁酒法が施行されてから二年で我慢出来ぬか。これだから、大都市は嫌だ」
「しかし、ニューヨークにユタ州と同等となれというのは、酷ですよ。人種のるつぼはだてではありません」
「で、これからどうしますか」
「まずは、他の地域とのかねあいですな。それが他州の教会関係の会合をニューヨーク市で行いとする要望が五倍増しとなっております」
「禁酒法はいきすぎなのでしょうか」
「自問自答しても仕方ありませんが、神は人に節制を求めたという解釈する人もいます」
「その考えなら、禁酒でなく節酒ですか」
「これなら、門徒を減らすこともなかったでしょう」
「私は、もう一度禁酒法を通す努力をしたい」
「策があるのならお聞きいたしましょう」
「禁酒法は女性が支持してくれます。ですから、女性参政権を次の目標に掲げたい」
「神の前に男女は平等というやつですか」
「禁酒法の敗北をそらすためにも婦人参政権を訴えますか」
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