仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第151話
1902年(明治三十七年)九月十日
英吉利情報局
「亜米利加での禁酒法ですが、文字通り亜米利加国内で停滞と摩擦を引き起こしております」
「ちなみに、英国が関与できる土地で原油は出てきたのかね」
「申し訳ありません。英国領並びに実効支配している土地では、原油が採掘できる土地がほとんどありません」
「そうか、とりあえず亜米利加には石油精製技術での先走りをできるだけ妨害せよ」
「了解しました。禁酒法騒ぎで、亜米利加で投資に回せる金は半減しておりますので、石油精製技術の進化は停滞しております」
「それと駒のニューヨーク市長は、有能か」
「少し有能すぎますね。二年後、第三回オリンピックがニューヨークで開催されます。これを大成功に導けば、禁酒法の適用免除を全米唯一成し遂げている名声とともに、次回05年、もしくは09年の大統領候補として祭り上げられるかもしれません。なんせ、現代の大統領は前職の大統領の暗殺に伴う、繰り上げ選挙で勝ったのですから、棚ぼたの大統領です。二期目は現職が立候補するのが慣例ですから、共和党党員の現ニューヨーク市長は、05年には立候補しないでしょうが、09年候補者として今から有力者扱いされています」
「我々の立場からすれば、英吉利の駒となる人物が09年に大統領候として確保しているといいかえれるか」
「ただし、現市長の政策は、禁酒法の矛盾を鋭くついたため、亜米利加人は禁酒法が悪法であるとの認識が高まりつつあり、宗教関係者の押さえつけを跳ね返しつつあります」
「では、全米が禁酒法を維持できる期間が短くなるのか」
「一概には言えません。人間、ニューヨーク市という息抜きができる土地を確保したわけですから、普段生活している土地での禁欲的な生活を平日我慢し、週末にニューヨーク市で自堕落な生活をできるようになりますと、案外、禁酒法の利点もわかるでしょうし」
「ヨーロッパでは考えられない法だよ、禁酒法。カトリックが強いと駄目。ヨーロッパでプロテスタントが主流の国となると」
「なおかつ、寒くない国となるかね。北欧や露西亜では、保温のために酒が出る国だからね」
「暖かい東欧の国なら可能性があるか。ただし、そこでは葡萄栽培が盛んだろうから、自国産業を犠牲にしてまで、始めようとする国は現れまい」
十月九日
ニューヨーク調味料工場
「モッタイナイ」
「でた。材料を無駄にするな」
「材料のライスに対する敬意がない」
「腕が未熟だから、アルコール発酵を十%未満で止めてしまったじゃないか」
「未使用部分が多い」
「亜米利加人技師が日本酒をつくると麹菌に対する認識がなかったものだから、きちんと発酵を続けさせて、麹菌がエタノールで滅するまでアルコール濃度を高める技術が脆弱なんだよね」
「派遣されている日本人技師がつくると、濃度15%の清酒ができる」
「だもんで、一定濃度のみりんをつくるために、亜米利加人技師は、日本人技師の場合より、必要とされる原料を二倍量近くまで増やしてしまう」
「エタノールと水は実に相性がいい。そして、蒸留過程となると、沸点の高い水を残したまま、気体のアルコール分を再液化することで蒸留酒となる。しかし、どうしても一定量のアルコールは、室温で蒸発する水とともに再液化したエタノールによる水混じりのエタノールとなるわけで」
「蒸留回数が増えることは、燃料を大量に使用してしまうわけで」
「燃料と材量のことを考えると、モッタイナイと言われる始末だ」
「今は未熟だが、モッタイナイと言われなくなるまで習熟せよとの励ましでもある」
「しかし、並行複発酵は職人芸の極みだね」
「日本酒に次いでアルコール濃度が高い葡萄酒は、麹菌を添加する必要はない神に愛された原料だからね」
「葡萄さえあれば、勝手に発酵過程が進んでいく優れた原料であるせいさ」
「日本酒は、米そのモノに発酵が始める材料がないわけで、糖化をした米に麹菌を添加することでやっと、アルコール発酵を開始する」
「よって、技術スキルが高くなければ、糖化が不十分なときに麹菌を投下したりすることになりやすい」
「日本酒造りが一子相伝とよばれる杜氏とよばれる技術者集団によってはじめて技量が確保されている」
「なのに、亜米利加では、清酒(15〜18%)よりもアルコール濃度が幾分低いみりん(14%)でもまごついているわけで」
「江戸時代初期までに清酒にたどり着いた時より、三百年前の技術でつまずいている亜米利加人を歯がゆい思いで江戸より派遣された日本人はみているのだろうな」
「日本人は、酒にも神が宿るという考えの持ち主が多いからな」
「神から遣わされた米という材料を十分使いきっていないと神に対しても申し訳ないという思いが、モッタイナイと言わしめるのであろうな」
「神に対する敬意が足りないとモッタイナイの連呼か」
「それは、一芸に秀でる杜氏というオタク集団とみなせば、まだまだ二流に対する叱責の言葉でもある」
「浮世絵しかり日本酒の技能しかり、一子相伝という言葉は一芸に特化した集団を称賛するためにあるようなものだ」
「これに対する技能集団といえば、独逸のマイスター制度かね」
「技能集団があれば、機械化への応用も楽な場合もあれば、かたくなまで集団での技能習得を優先するあまり、機械化への妨害となる場合もあり得る」
十月三十一日
ニューヨーク州クイーンズ島ハーワード地区
「お菓子をくれないといたずらしちゃうよ」
「オー、モッタイナイ。お菓子をもってゆけ。だけど来年も頑張るんだぞ」
「イエッサー」
「なー、今年はモッタイナイという家庭が多くないか」
「そうよ、私もそう言われた家が多かったわ」
「俺も」
「僕はそんなこと言われなかったよ」
「ボブには言われないけど、そんな言葉をかけられた私たちとボブとの違いって何?」
「ボブの場合、仮装が一流ってことだろ、お前たちは仮装としてまだまだだと言われたのさ」
「チャーリー。私たちが二流だと言いたいの?」
「そうなるかな。敬意をこめて来年こそ頑張れという励ましの言葉と受け取ればいいだろ。お菓子は貰えたのだから」
「それは私のプライドが許さないわ。みてなさい。来年こそ、一流の称号をいただくわ」
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