仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第152話

 1902年(明治三十七年)十二月十九日

 シカゴ市庁舎

 「ニューヨーク市長は次の大統領候補で、シカゴの市長は風見鶏」

 「シカゴの真の支配者は、ギャングの頭であるコウ=チンと全米でも有名さ」

 「同じ中国系でもこうも違うかね」

 「共通点をあげるとすればどちらもファミリーを大事にしていることかな」

 「二人は、酒の支配権をめぐって対立するライバルかな」

 「それは、去年までの話だ。メイドインニューヨークの酒が出回るようになってからは、最大限それを仕入れているよ」

 「やはり金か?」

 「シカゴギャングにしてみれば、メイドインニューヨークの証明である女神像の部分さえあれば、高く売れると言い張るんだがこれが見事に偽造できない」

 「剥がせないからか」

 「剥がせないね。和紙というものはよほど糊と相性がいい。剥がそうと頑張っても瓶から剥がした地点で、うまくいったと思っても。剥がれたのは、瓶に貼ってあった紙が女神像と一緒に取れただけで、瓶―ラベル―糊―女神像のうち、ラベルと女神像の三層が取れただけのことさ」

 「つまり、それを再利用しようとすると新しい瓶―ラベル―旧ラベル―糊―女神像と分厚く、触っただけで偽物と分かってしまう」

 「では、偽造は出来ないのか」

 「日本のカラー印刷だから六色印刷。亜米利加に六色印刷をしてくれる所なんかない」

 「では、日本で偽造を依頼したらどうだ」

 「まっとうな版元は受けてくれないね。女神像の隅に赤字で判子が描かれているだろう。どこの版元が受けているのか一目でわかるわけで、業界の秩序を保つためならば、絶対手を出さないし、判子の複製は秘伝ともいえるものだ、一番偽造効果が高い部分だ」

 「ふーん、だったら、シカゴギャングが仕入れている酒は、酒税を払っているのか」

 「払っているね。シカゴという立地はカナダ産を仕入れるのに適しているが、ニューヨークを通して輸入するのは、同市内を出ない限り違法ではない」

 「つまり、シカゴ経由で全米に密輸される酒もニューヨークで一度酒税と関税を払っていると」

 「ニューヨーク港からセントローレンス運河を通ってシカゴまで船便であれば一本道。ギャングにしてみればメイドインニューヨーク製の酒と一緒にカナダ産を混ぜて送ればいいだけの話だ」

 「だとしたら、全米の悪役、酒類取締官の給料って、ニューヨーク市が負担しているんじゃないか」

 「そうかも。税は関連する業界から取れた金額はなるべきその業界に近い筋に使われる」

 「つまり、酒類取締官の給料は、一番関連の深い酒税の国税分が充当される」

 「今現在、酒税が入ってくるのはニューヨーク市だけ。酒類取締官千人の給料は、ニューヨーク持ちってことさ」

 「ウインーウインの関係だな」

 「そうだな。酒類取締官が頑張れば頑張るほど、禁酒法の適用が厳しくなるわけで」

 「亜米利加中の男たちは、ニュー―ヨークで週末に酒を買ってゆくようになる」

 「となると、お荷物のはずだった酒類取締官って、ニューヨークで酒税が膨れるほど人員が補充されないか」

 「合法っていい言葉だよな。守れない禁酒法より守れる禁酒法か。酒類取締官も禁酒法の回避地がある方がやりやすいかな」

 「亜米利加人はそれに慣れているしな」

 「禁酒法以前、自分たちの土地では飲酒は二十一歳から。けれど、一キロ先にある隣接の州酒場では、十八歳から。だからそっちまで越境して飲みに行くのが成立していたわけで」

 「シカゴも禁酒回避地にならないかな」

 「お題目がいるだろ。国際大会が開かれるとか」

 「大災害にあって、被災地復興のためやむなくとか」

 「どちらも敷居が高い。いっそのこと、ニューヨークと同じ時期にオリンピックに立候補していれば何とかなったか」

 「駄目だな。ニューヨーク市長は根っからの禁酒法反対論者だ」

 「つまり、禁酒法が成立する以前から同法に反対の立場を鮮明にしておかなければならなかったわけで」

 「時計の針を五年ほど巻き戻す力がいるね」

 「良将は得難し」

 「ほう、中国のことわざできたか」

 「隣のシバは青いって、どっかの侍は言ってたよ」

 「元は、カントリーライフに憧れた英吉利人の言葉だけどね」

 

 

 1903年(明治三十八年)三月五日

 ニューヨーク市七番街日本料理店加賀

 「つ、ついに杜氏の日本人技師からアレキサンダーが一人前の称号をもらった」

 「今日はそのお祝いだ」

 「で、アレキサンダーは彼女持ちで来ると」

 「なんでも、日本料理店ってなものは、女にもてるからだそうだ」

 「酒がフルーティで飲みやすいから?」

 「天麩羅って、その場で揚げてくれるだろ。順を追ってできたてで出てくるじゃない。その間がいいのかね」

 「天麩羅の高級感がいいのか」

 「時代の最先端というところか」

 「家庭でだせない味のせい?」

 「単純にうまいからか」

 「それは言えるな。それよりも見た目が美しいからじゃないか」

 「そうだな。味と芸術性が両立しているのは、仏蘭西料理に匹敵するか」

 「俺は店で出る素材を裏で厳選しているのを見たぞ」

 「ということは、仕入先で選別された食材を店に出る前にもう一度選別しているのか」

 「亜米利加料理にはない発想だな。何でもかんでもハンバーグにしてごちゃ混ぜにするのとはうんでんの差だな」

 「素材の良さを引き出すためにそこまでするとは」

 「一期一会が徹底しているな。未知との遭遇を期待しているとか」

 「さあ、そのキャサリン嬢がアレキサンダーともにやってきたぞ。女にもてる理由はなんだ」

 「おい、入口のところではしゃいでいるぞ」

 「暖簾に触って楽しんでいるな」

 「彼女は暖簾に触るためにここにきたのか」

 「どうやら、御簾越しを体験したかったようだ」

 「あ、あれか。酒造会社の軒先にもある暖簾に用があったのか」

 「ああ、キャサリンは、源氏物語にはまったオタクだったようだ」

 「だったら、俺も彼女を工場に連れてくるぞ」

 「だめだ、日本人技師がいる間は駄目だ」

 「そうだ、酒蔵は女性禁制だ」

 「しかし、今日は大いに参考になった」

 「キャサリン、ナイス」

 

 

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