仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第154話
1904年(明治三十九年)三月二十五日
ニューヨーク市庁舎
「オリンピック競技場の進捗具合の最終確認をするが、今だに工事中の競技場はあるか」
「最後まで残っていた室内アイスホッケー会場も完成しており、冷凍装置も問題なく稼働中。厚さ一フィートの氷で選手を迎えられます」
「ホテルの確保状況はどうだ」
「参加国数二十二カ国の選手団、二千名を収容できる契約を同市内のホテルと交わしております」
「仮に参加申し込む国家が新たに三カ国でてきた場合も対処できるか」
「六カ国が参加表明しても問題ありません」
「世界各国並びに亜米利加国内向けに浮世絵で広報活動を任せたが、問題はあったか」
「国外からは、禁酒法の適用範囲について問い合わせが多数ありましたが、市外での飲酒自粛と市内での制限がないことをこちらから返答しました」
「参加競技国家の数が少ない競技がいくつかあります。水球、バスケットボール並びにアメリカンフットボール、野球に関しましては、参加国家が二桁に達していません。特に、野球、アメフト、バスケは参加国家数が四カ国しかございません」
「となると、総あたり戦を組んでも各競技六試合が成り立つだけか。国内向けには、各市から代表チームを参加させたいぐらいだが、それは駄目だろうな」
「はい、亜米利加四大競技は入場券の前評場案もよく、主催会場では試合数の増加を望んでいますが、対外的には亜米利加独自のスポーツとみられることが多く、カナダとメキシコを巻き込むのが精いっぱいという感じです」
「IOCは、仏蘭西の発言権が大きい。野球も含めて激しい体当たりがある競技は紳士にはなじまないのだろうな」
「古代オリンピックで開催されていたレスリングであれば問題なのですが、どうも新大陸発のスポーツとみられるものにつきましては、参加人数が芳しくありません」
「それは、古代にあったボクシングにも言えるだろう。第三回大会で初参加するスポーツだ。大方、亜米利加人が好みそうなスポーツとみられたかな」
「ボクシングは個人参加ですから、参加する国家並びに参加人数には二桁を数えています」
「となると、ハード面はおおむねクリアか。で、目玉に頼んでいた飛行機は開会式会場上空を飛べるか」
「ライト兄弟の返事は、否でした。一号機は、十二秒間ほどしか飛ばず、しかも向かい風を必要としているうえ、今だに周回飛行に成功していないため、大会が求めているような規定をこなすことは出来ないとのことです」
「偉大なる発明だが、発展途上のものか。亜米利加の歴史を開会式で表現できないのは惜しい」
「自転車屋の飛行機ですからね。亜米利加国内の権威、学者等、ライト兄弟の飛行を認めない連中も数多くいますから」
「はい、ライト兄弟は、我々が求めている周回飛行を達成するために二号機の開発に全力で取り組みたいとの返答をいただきました」
「後一年、オリンピックの開催が遅ければ二号機が会場上空を飛行できただろうか」
「できるかもしれませんが、兄弟からは俺たちがとばせても仕方がない。一般人が飛行できるような機体と価格を提示して初めて飛行機は世に出るとのことです」
「はてさて、何年後の話だろう」
九月二十七日
ニューヨーク市クィーンズスタジアム
「ただいまより、第三回オリンピックの開会を宣言いたします」
「開会式で飛行機が上空を飛ぶというのは、ガセネタだったか」
「情報部によると、ライト兄弟と市幹部とが接触したとの報告があがってきている」
「でも、飛行機は飛ばずか」
「飛行機は本来三次元のものだろ。初飛行で見せたものは、ほぼ一直線に坂を越えたというか、ふわりと浮かんだものだ」
「つまり、上から見ると一本道を直進したのとかわらん」
「つまり、その時は右にも左にも曲がる飛行ができなかったと」
「そうだな、ハンドルのない空にのぼる自動車といっても差し支えないか」
「おかげで会場のあちこちで同業者を見掛けたが、カメラ片手に手持ちぶたさだ」
「だが、自転車屋が自動車を追い越して飛行機を作ったというのは脅威の一言だ」
「使われた内燃機関も本人達の自作だという」
「水平水冷式四気筒エンジンで十二馬力。発動時に屋井式乾電池でプロペラを回すという無駄が一切ない。乾電池は起動したら飛び立つ前に外すという軽量化の極みだ」
「自作エンジンか。内燃機関はそこまで成熟したといってもいいのか」
「兄弟が使ったエンジンはガソリンエンジン。となると」
「空で使われるエンジンは軽量なガソリン機関。海で使われるのは、馬力のあるディーゼル機関となるだろう」
「せっかく、英国情報部が出っ張ってきたのに空振りか。局長がぼやくだろうな」
「何とかお土産なり、構想を練れ。無駄足してきたのではなく、工作をしてきましたと言えるほど」
「そうはいうな。どう考えても飛行機には自動車以上の魅力を感じる」
「それは認めるが、今後四年間で、どこまで飛行機は進化するんだ」
「俺だったら、内燃機関は専門家に任せる。そうだな、向こう二年ほど先には、外部から五十馬力のガソリン機関を導入すれば、時速百キロの壁も越えちゃうんじゃないか」
「だから、兄弟ですることは、飛行機の操縦性向上に全力を尽くすことだろう」
「今は、一人乗りだけど、そのうち二人乗りになり、空のタクシーとなって金もうけだ」
「その前に、操縦席の改善だろ。寝そべっているのはグライダだったら許せるが、二人乗りにするためには、椅子に座るようにしないと」
「となると、四年後までに最高速度百キロを越え、複数の座席を確保できるようになり、一般人が購入できるように価格もこねられてか」
「それはもういい。局長の雷を回避する方法を考えろ」
「英吉利に石油がないんだろ。だったら、どこかと組んで石油を手にするしかないだろ」
「だとすれば候補は、露西亜、ルーマニア、亜米利加の三択かな」
「その中で可能性が高いのは」
「ルーマニアは独逸に近すぎだ。候補から外せ」
「露西亜は、独逸が両者の中間に立ちはだかる。この障壁は、戦争時に越えることができない」
「だったら、英吉利に残された選択肢は、亜米利加か」
「双方の同盟関係はどうだ。英吉利は、英仏露で三国協商だな。亜米利加の孤立は、英吉利が自作した様なもんだ」
「双方が同盟関係に進む弊害はないが、亜米利加の承認を得る術はあるか」
「大統領が極めて親英なら問題あるまい」
「となれば、親英の時に英仏関係の調印といきたい」
「となると、09年の大統領選が狙い目だろう」
「カードをきるとしたらその時だな。亜米利加の顔にニューヨーク市長がなってもかまわないだろう」
「英米同盟に進むなら、三国協商を軽視してもかまわないんじゃないか」
「問題は、国内世論を納得させるだけの材料があれば一気に進みそうだ」
「よし、三国協商よりも英米同盟を締結させ、亜米利加の石油をがぶがぶと輸入してやる」
「我々はその下準備のために亜米利加まで出向きました。こう、局長に説明しておこう」
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