仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第156話
1905年(明治四十年)六月十三日
シカゴ 酒類捜査官用寄宿舎
「シカゴの悪をきる。これが今回のお題目だ」
「シカゴを支配しているのは、禁酒法で富を築いたコウ=チンであるのは、小学生でも知っているはなしです」
「これを落とさずして、シカゴの将来はありません」
「しかし、彼を堀の中にほうりこむには難題が多数存在いたします」
「まず、禁酒法が極めて微罪であること」
「罰金刑の上限が二千ドル。五年以内の禁固刑しか定義されていない」
「しかも亜米利加の陪審制のため、裁判で酒類取締官が勝利するのは陪審員をして酒にまつわる暴力をふるっていたものを裁判にかける場合以外、陪審員の同情を買うのが極めて難しい」
「裁判になったところで、結局罰金刑を科されるだけで交通違反キップを切られるのと大差ない」
「シカゴを支配する者がギャングという暗黒街の手に落ちたのに比べ、あまりに微罪すぎて転職を考えるものが同僚には多数いる」
「酒類取締官は、安月給のせいもあるでしょう。我々がわいろに屈したのを皮切りに、わいろの実弾攻勢は、シカゴの市役所、市警察まで陥落させてしまいました」
「我々が取締に踏み込んだ時、酒類パーティでどんちゃん騒ぎをしていたのは、市役所のお偉いさんと未成年によるみだらな行為をしていたという泣けてくる状況も多数ありました」
「あの場合、酒類取締官が即刻、警察を呼んで青少年健全育成法で裁くことにしようとしましたが、後で検察による記録を取り寄せてみますと証拠不十分で罪がいつの間にか消えていました」
「ギャングは、警察並びに検察に手をまわしてシカゴでのもみ消しに成功していました」
「つまり、公務員に関する部分で引っ張れるのは下っ端まででしかない」
「では、コウ=チンを攻める材料はどこにするか。まずは第一関門を突破しなければなりません」
「やっこさん、禁酒法の儲けをシカゴの映画産業に投資をしているから、映画を見た庶民にも人気がある。市民からの通報は期待できないとみてよい」
「つまり、陪審員制度にもコウ=チンの功績は評価されますのから、ますます難攻不落です」
「では、難攻不落のコウ=チンをどこから攻めるか。まずは信頼できる同僚を選別しなければならない」
「はい。コウ=チン側のわいろ攻勢に屈したものが多数いる状況で白とよべるものしかチームに加えてはなりません」
「白とよべる人員の選別は既に済んでいます。この者達に仕事を割り振るべきです」
「やはり禁酒法によるぼろもうけをした金の流れをつかむべきです」
「そうだな。脱税であれば連邦法に対する懲役刑を科すことができます」
「それでやっと堀の中の住人にすることができるな」
「はい、それ以外の殺人、恐喝、わいろといった下っ端がした仕事では、コウ=チンまで罪に問うことはできまいかと」
「では、我々が無駄飯ぐらいである返上のためにも、長期にわたってコウ=チン専任班を組むこととする」
「シカゴの浄化を合言葉にやるしかありません」
八月十日
パリ カフェ モンブラン
「ホームズシリーズが一次作品、ホームズとルパンの二次作品が怪盗ルパンシリーズとするならば、それから派生した三次作品はどういった状況だ」
「純粋に未解決犯罪を両者で追いかけるシリーズがあります。例えば、切り裂きジャックなど、その代表例です。死者五名を出した殺人犯をホームズがロンドン市警の依頼で追いかける一方、ルパンは切り裂きジャックの持つ獲物を狙うといった切り裂きジャックを正悪の二人が追いかけると言った切り口をみせる作品に昇華したものがあります」
「ほう、題材をきいただけで興味あるね」
「しかし、大多数の三次作品はシャーロック=ホームズが解決をなした事件にルパンが介入したというものがあります。この場合、赤ひげ連合などが有名です。ロンドン市内の銀行にある金塊をホームズは、英知を結集して銀行までつながるトンネルを掘っている犯行一味を一網打尽にしますが、それはルパンによるかく乱であって、銀行から運び出された金塊が列車にのせられた地点で、ルパンが華麗に奪い去るといったホームズの功績をごっそりとルパンにしてやっとホームズの功績がルパンによって黒星にかわる作品が大多数です」
「つまり、ホームスの功績はルパンがいないという前提のもとで成り立っており、その時ルパンがいればその功績はルパンの元にいくという善悪転落ものが多数派か」
「はい。ルパンの称賛をする作品が多数出来上がっております」
「仏蘭西人は、ホームズでなくルパンを待っていたということか」
「もちろん、その他には両社の共通点である美人薄明であるのを嘆いた作品も多数あります」
「確かに両者の恋人は短命だ。それを救済する作品があってもかまわんが、その場合、推理小説におけるハードボイルドの部分が消え去ってしまうから賛否両論だろうな」
ロンドン パブ テムズ
「シャーロックとホームズの対決は、来年の第二期作品の発表を前に、浮世絵で盛り上がっているね」
「三次作品の傾向は、ルパンがいればホームズが名声を得ることはなかったというシャーロック=ホームズ作品に介入するスタイルをとるものが多い」
「それは、ホームズシリーズの作品数が多いためにそうなると好意的に考えたい」
「で、ルパンシリーズにホームズが介入する作品は出ないのか」
「英吉利人が書いた作品は、その傾向にありますが、その」
「その先は言わなくてもわかっている。浮世絵の配布を一網に握るパリは浮世絵の作家が多数いる。それこそ、ロンドンの十倍ほど」
「その通りです。世界中に流れるルパン強しという作品は、単純にホームズ強しという作品の十倍といった感じで」
「で、この影響はどういった方向に向かっている」
「英仏露の秘密協定を暴露しまして、英仏間で双方は離反すべしという世論が形成されつつあります」
「はは、ルパンが奪う最大のものはヨーロッパの平和か」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + gmail.com
第155話 |
第156話 |
第157話 |