仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第157話

 1905年(明治四十年)十月十日

 ベルリン 首相官邸

 「ヴェルヘイム二世様、モロッコまでの船旅はいかがでしたか」

 「対岸が、ジブラルタル。ここタンジールを押さえれば、地中海の出入り口を抑え込むことができるわけだから、仏蘭西は北アフリカの大植民地かの完成前にちょっかいを出したわけだが、お出迎え結構という余裕を見せたよ」

 「ほう、私のつかんだ情報では、対岸を押さえる英吉利との中が悪くなってゆき、独逸がモロッコに手を出すとしたならば、慌てふためいて取り乱すと思っていましたが」

 「仮に独逸と仏蘭西が戦争を構えるとしたら、独逸と仏蘭西並びに盟友墺太利と露西亜の戦いでも負けないとの勝算がたっているのであろう」

 「さようですか、では情報部に試算させた露西亜と墺太利の戦いから予測結果を申し上げます」

 「では、その試算の後、モロッコで取りきめられた外交結果を披露しようではないか」

 露西亜      墺太利=洪牙利

 人口        一億五千万人   四千六百万人

 面積        二千百万平方キロ 六十七万平方キロ

 陸軍兵力      百万人      五十万人

 海軍力       世界四位     圏外

 国家総生産     世界五位     八位

 「資料でいいますと、仮に独逸(国家総生産 世界二位)と仏蘭西(同 世界四位)の直接対決に第三者が介入しない条件で、両国間の対戦が起こったといたします。ちなみに国家生産力でいえば、双方が拮抗しております。独逸一国ならば、仏蘭西を凌駕できますが、仏蘭西の植民地はアジアとアフリカに広範囲に広がっておりまして、世界生産でいいますと、仏蘭西に分があります」

 「だから、阿弗利加の最北端であるモロッコが仏蘭西の支配下に落ちる前にちょっかいを出したのだ。それで外交関係を把握できればよし。モロッコが我々になびけばもっとよし」

 「独仏の戦争は、直前の普仏戦争でいいますと、独逸の速戦から双方の持久戦に移行いたしまして、講和という名の停戦に至りました。ですから、此度両国間で戦争が勃発いたしますと、仏蘭西は持久戦を志向すると思われます」

 「その根拠を問おう」

 「仏蘭西の背後に露西亜、独逸の背後に墺太利がございます。双方の同盟国でありますから、独逸と仏蘭西の戦争がはじまりますと、墺太利と露西亜間でも戦争がはじまります。陛下、双方が戦いますとどちらが勝つと思われますか」

 「海陸ともに露西亜が勝つであろうな」

 「はい。陸軍戦力比で一対二。これをひっくり返せというのは素人考えでも難しいでしょう。さらに露西亜の黒海艦隊が地中海にまで進出してきて、アドリア海の制海権を握り、バルカン半島を震え上がらせることでしょう」

 「つまり、独仏の戦争が終結する前に、同盟国間で戦争が終了してしまうのか」

 「はい、墺太利が敗れた地点で、独逸は前門に仏蘭西を後門に露西亜を抱えることになります。となれば、仏蘭西はさらに守りを固めるでしょう」

 「そうだろうな。後ろを露西亜に食い荒らせてくれれば勝利は落ちてくるわけだからな」

 「ですから、伝統的に独逸は露西亜の背後を脅かしてくれる国家を反露西亜に向かわせる手法をとっておりましたが、いかんせん大陸の両端での話ですのでヨーロッパの常識が通用しないといいますか」

 「では、反露西亜に仕向けた清の動向を訊こうではないか」

 「世界の大国同士が戦った最後の戦いが清露戦争です。その際、独逸は清に対し、海軍並びに陸軍双方に顧問を派遣しましたが、思うような結果は得られませんでした」

 「確か、パミール高原を清が露西亜より獲得して戦争は終結だったか」

 「二十世紀とあの時との最大の違いは、複線のシベリア鉄道の有無です。シベリア鉄道なしの露西亜を負かせることができなかった清に対し、独逸はいたく失望いたしました。現在、清に対し顧問団の派遣を取りやめました」

 「その判断は正しかったのか」

 「現在、清という国家は仮想敵対国がなく普通の国家であれば安定しているのでしょうが、義和団というキリスト教を母体とする宗教団体との内戦状態一歩手前まで進んでおります」

 「そうか。清は頼りにならんか」

 「なりませんね。せっかく、独逸が育てた騎兵師団を投入して義和団との戦いでやっと優勢に持ち込むのが精一杯ですよ」

 「優勢なら、国外に目を向けてもかまわんのではないか」

 「清の領土は広く、独逸仕込みの騎兵がやってくると反乱軍はクモの巣を散らすように姿をくらますのです。騎兵隊で反乱軍を蹴散らすことができない地点で、独逸はすでに清をあてにできません」

 「そうか。独逸は確かに鉄の国家だ。鉄鋼量の生産は仏蘭西と英吉利を追い抜き、亜米利加と肩を並べて世界一だ。だが、その鉄を買ってくれる国家がない」

 「はい。仏蘭西や英吉利は広大な植民地を拡げておりますので、それらの植民地に各国の製品販売先を押し付けることができます」

 「亜米利加や露西亜のように広大な土地を抱えていれば、その広大な土地そのものが鉄と食料生産を消費してくれるわけだ」

 「はい。独逸の農家も頭の痛い問題です」

 「独逸の鉄鋼業がその販売先に苦労しているのとは反対に、独逸の農業はぜい弱だ」

 「はい、やせ地に育つ食物といえば、大麦にジャガイモ」

 「高関税に補助金をつぎ込まねば、仏蘭西小麦の格好の輸出先にされてしまう」

 「両者のおかげで国家財政が傾く一歩手前まで進んでおりますが」

 「そう。だから、現状を打破しようとモロッコに行ったわけだ」

 「では、仏蘭西の言い分は?」

 「しかたありませんね。各国の代表を招いてモロッコ問題を話し合いましょうと流されたよ」

 「さすが、独逸の仮想敵国ですね。各国の代表による話し合いでも分があると踏んでいるのでしょう」

 「工業で仏蘭西を追い越したものの仏蘭西の同盟政策は独逸を大きく上回る」

 「独逸を挟撃する露西亜に、文化の日本」

 「仏蘭西が世界各国での会議に自信を示すのは、文化発信力で独逸を大きく上回っているからでしょう」

 「オタクの取り込みは、寝返りがないからな」

 「すでにモロッコ植民地化へ各国への承認は、詰めの段階に入っているのでしょうね」

 「かくして、モロッコ事変は仏蘭西への世界各国の承認へと段階を踏むのでしょう」

 

 

 

 十一月十一日

 日本橋

 「さあさあ、来年一月のアルヘシラス会議に向け、フランスのモロッコ支配への承認のために世界世論に仏蘭西の正当性を訴える浮世絵を配りますよ」

 「もちろん、モロッコ国民に向けて、仏蘭西の植民地になれば輝かしい未来があることを宣伝するのも忘れないように」

 「反対に独逸がモロッコを横取りした場合、対岸のジブラルタルを占拠する英吉利に戦争を吹っかけて、モロッコという国が蹂躙される作品を世界に向けて発信しますよ」

 「あのう、日本の工業力はあてにされてないのでしょうか」

 「そうだな。本当は誇りたい。世界の石炭生産力第二位の日本をもっと世界に誇りたい」

 「世界一位の亜米利加、同二位の日本」

 「世界の工業は、ヨーロッパを飛び出しているともっといいたいな」

 「はい。日本は生糸だけの国ではないと」

 「だが、外交の中心はヨーロッパから動いたことがない」

 「はい、日本の海軍力は仏蘭西の六割という取り決めでここ四十年間、不変です」

 「もっとも、海軍はかわります。今年から段階的に石炭燃焼船の建造は中止です。タービンは石炭でも重油でも動きますが」

 「つまり、世界の火力は石炭を誇ってもしょうがないことになるのです」

 「つまり、石炭は国家なりではなく、石油は国家なりとなるのです」

 「石油を産出しない日本はこれまで以上に仏蘭西との同盟関係が重要になります」

 「はい、仏蘭西の後ろ盾があってこそ、石油の輸入も安定するというものです」

 

 

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