仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第158話
1906年(明治四十一年)一月十三日
ロンドン 情報局
「十六日よりアルヘシラシスで、モロッコの処遇をめぐって日米欧が参加して会議を開く」
「では、その対応を巡って本日の会議が進行するわけやね」
「三択でっか」
「本命は仏蘭西。北アフリカを押さえておりますからな」
「モロッコを押さえた地点で、北アフリカはほぼ全域が仏蘭西のものになりますな」
「そやけど、ごり押しをしてきた独逸にモロッコを渡すよう会議をおしすすめるのはちょっとあかんな」
「仏蘭西はまだ出方が読めますやろ。例え、モロッコが仏蘭西支配下に収まったところで対岸のジブラルタルにちょっかいをかけるってなことはありませんやろ」
「そやな、仮にタンジールが独逸のものになった場合、どないなりますやろ」
「ジブラルタル海峡の幅は、十四キロ。ここを独逸が押さえますと、ジブラルタル閉鎖というのは現実味を帯びますな」
「独逸の鉄とクルップ社が組めば、タンジールを鉄で要塞化し、海峡を通航する船舶に大砲をうちこむのがみえみえやろ」
「これが仏蘭西だと、地中海を封鎖されるのは仏蘭西にとって死活問題や」
「そや、スエズ運河を所有している仏蘭西にとって、運河を通ってもらって何ぼという銭勘定がありますやろ」
「それに南北仏蘭西を結ぶ道として海上輸送による行き交いは、大動脈でっせ」
「ほな、仏蘭西がジブラルタルの対岸のタンジールを与えるのは、独逸よりましということでっか」
「独逸は、出遅れを一気に取り戻そうとしていますねん。タンジールが独逸の手に落ちてしまったら、次の手は、やはり独逸の植民地であるアフリカ南部にある植民地を拡大するすべを模索しはりますやろ」
「今となっては、阿弗利加の植民地はもうとるところなんぞありはしませんでえ。このまま、英仏のアフリカ分割で落ち着いてくれたらええとちがいまっか」
「では、独逸を他の土地に目を向けさせますか」
「残るところは、南米に東アジアといったところやろか」
「アジアは駄目やろ。反露西亜ということで清に肩入れしはってましたが、独逸自ら撤退しはったばっかりや」
「ほな、南米でっか」
「パナマ運河を作った理由は、亜米利加東部と西部の物流を活発にするもくてきもありますやろ。パナマ運河に払った代償を亜米利加は求めてますねん。南米に独逸が手を出すとしたら、亜米利加が黙っておりゃあしません。それに地政学的にも西班牙語圏ですし、阿弗利加より魅力が落ちますやろ」
「それに遠いわな。陸続きの阿弗利加ならそのうち、モロッコまで独逸植民地が拡張する場合もあり得るし」
「では、第三の選択肢として、英吉利がモロッコを手中にするのはどないでっか」
「参加国の大半は、欧州の国でっせ。ジブラルタルとその対岸を英吉利がセットで押さえはった場合、地中海沿岸の国である伊太利、西班牙、葡萄牙、露西亜までが英吉利の敵にまわりまっせ」
「そうどすな。仏蘭西をけしかけて、モロッコを手中に収めた英吉利と交戦するように仕向けた後、ジブラルタルを西班牙がご馳走さんといただく手段を考えるとも限りませんのや」
「ほな。英吉利がモロッコに手を出すのは火中の栗を拾うようなもので百害あって一利なしか」
「忌々しいですが、そのへんは浮世絵で出回っている話ですが」
「五十の話の中に、現実味がありそうな話をほぼまんべんなく組み込んでましてまして、そのうち九割はあり得る話として世界中に広まってますんで」
「で、日本がこの会議にテコ入れする理由は仏蘭西への義理か」
「もちろん、日仏が同盟しているうえで重要な課題だとか」
「それもありますやろが、日本人はえらくモロッコ沿岸の地中海が気に入った風で」
「なんぞ、日本人が気に入るような風光明美なところやったか」
「ちゃいまんねん。海でとれる海産物を和食にしてシベリア鉄道で出したいと言い張っているそうや」
「モロッコ特産といいますと何がありましたやろ」
「英吉利料理には出ないんで想像もつきませんが、蛸を仕入れたいといってまして」
「海の魔物の蛸ねえ。どないな料理になりはりますんで」
「仕入れた情報によりますと、天麩羅、刺身、寿司、酢味噌、おでんとか」
「最初の三つは想像もつく。後の二つはどないな料理や」
「酢味噌というのは、ゆでた蛸と酢と味噌とみりん等を混ぜ合わせたものだとか」
「ほう、まだ予想はつくな。で最後のは」
「はあ、詳しいことはわかりかねますが、鍋にラディシュ、こんにゃく、ゆで卵、腸詰、牛筋、白身魚のねり製品、蛸足等をぐつぐつと長時間煮たものだとか」
「さっぱりわからへん。シチューとどうちがうんやろか」
「シチューは具材の形がなくなるまで煮る料理ですが、そんなことをおでんでした場合、具が混じってしまって、駄目だとか」
「つまり、食材がそのままの形で出てくる鍋だというのか」
「一言で言うならばそのようなものとしか言えません」
「ともかく、日本人が夢中になってしまう料理だというんだな」
「はい。これをシベリア鉄道で出すのは万人に受けるだろうと仏蘭西人シェフが太鼓判を押しております」
「だとしたらやむを得んか」
「そうどすな。仏蘭西支配下にモロッコが入るのが一番自然ですやろ」
「これを妨害いたしますと、旅行好きな英国紳士からひんしゅくを買いますやろ」
「そのような下策は我が身を危険にさらすだけですやろ」
「では、十六日からのアルヘシラス会議は、沈黙を守って仏蘭西に貸しといたします」
「ではそのようにさせていただきます」
二月二十日
シカゴ 酒類取締官事務所
「コウ=チンを脱税で取り締まる証拠はそろったか」
「状況証拠では黒まで確定しました。しかし、最後の帳簿が入手できません」
「シカゴを裏から支配する金の力だ。帳簿が出てこないはずはあるまい」
「確かに税務署に提出した帳簿は閲覧できます。しかし、そのような表帳簿は嘘で塗り固められたものでして、誰も信じていないのですが」
「で、肝心の帳簿の行方は」
「それが、コウ=チンは帳簿係を身内で固めておりまして、これを突き崩すことが今のところで来ていません」
「くそ、要職を身内で固めるとは、中華系の伝統か」
「周りの住民からの協力はあてにできないのか」
「コウ=チン支配下の映画見たさに観客が多数、集まっておりまして、周辺住民はその者達相手の商売をしておりますんで」
「無料の映画をみせるという売名行為は身内の結束を固める意味でも効果ありか」
「はい、引き続き裏帳簿の捜索に全力をあげさせていただきます」
「そうしてくれ」
「はい」
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