仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第160話
1906年(明治四十一年)六月二十一日
露西亜宮殿
「じい、俺はいつまで皇帝をせねばならんのだ」
「ニコライ様の皇太子殿下が一人前になるまででございます」
「八月で、アレクセイが二歳になるが一人前とは、二十五歳か」
「それが妥当というものかと」
「なんと、後四半世紀もこの体があかないのか」
「それが皇帝というものです」
「しかしどうしてこれほど、仕事が忙しいのだ。世界中を旅した皇太子時代が懐かしい」
「それは陛下のたまものです。陛下がシベリア鉄道を外資に開放いたしましたせいで世界中の旅行者並びに貨物が鉄道を利用してくれますので、外貨を露西亜に落としていってくれます」
「物流が滞らないのは何よりだ」
「陛下の功績は、半世紀前の奴隷解放宣言よりも偉大なるものです」
「どうだ、国民に仕事が回っておるか」
「首都であるサンクトペテルブルグにやってくれば、仕事に困らない世となっております。首都でヨーロッパ方面貨物並びにシベリア方面貨物の積み替え作業に多大な人夫を必要としておりますので、仕事にあぶれるものはおりませぬ」
「では、仏蘭西が求めるサンクトペテルブルグとリトアニア間を広軌と標準軌の併用路線としてくれという要請は却下か」
「間に独逸帝国がある限り、利点がございません。独逸帝国内に広軌と標準軌の併用路線をひいてくれないでしょうから、サンクトペテルブルグでの積み替え作業は大きな利権となっております。これを取り上げますような行為は、国内で敵を増やす敵対行為に他なりません」
「ふむ、我が国にとって貨物の積み替え作業は仕事と金を産む産業であるが、今後の予測はどうか」
「英吉利では、複数の鉄道会社がありますが、一つの会社内であれば、どの路線でも積み替え作業が自動化されつつあります」
「ほう、人力を排除しつつあるのか」
「はい、クレーン作業により効率化と時短をもたらしつつあります」
「では、それが我が国に波及するのはいつごろかと思う」
「今現在、異なる鉄道会社内でのコンテナのやり取りは省力化が進んでおりません。各社の規格が異なるためで、今後十年ほどをかけてコンテナの規格が国内規格として統一されるかと」
「では、アレクセイに譲渡するまでは気にするようなことは起こらないか」
「それよりも陛下、シベリア鉄道沿線で新規のダイアモンド鉱山並びに油田が発見されています。発掘に同意されますか」
「ここまで上がってきた書類だ。外れをひく可能性は低いだろうから当然、開発に取り掛かってくれ。資金も問題あるまい」
「資金の心配はしておりませんが、人員の確保に頭を痛めております」
「あ、輸送面で最果ての地を克服したシベリアだが、厳しい寒さは相変わらず嫌われているか」
「はい。なまじ首都で仕事につけるものですから、極東方面での募集が芳しくなく」
「国土の均等な発展ため、シベリア鉄道を開通させたつもりが、人口の首都集中につながるとは皮肉なことだ」
「国土防衛に関しましては、仮想敵として独逸墺太利連合を設定しております。この点では、首都防衛が最重要課題となります。国防に関しまして、人口の首都集中は悪い話ではございません」
「ふむ、では周辺各国の軍事力に関して報告していただこうか」
「極東の戦力は、国境線防衛程度でよろしいかと。清は国内反対勢力との戦いで忙殺されていますし、仏蘭西の同盟国である日本の援軍を考慮すれば、初期に拠点防衛に成功さえすれば、簡単に清軍をはね返せるかと」
「シベリア鉄道さえあれば、清に負けることはあるまい」
「では本命のヨーロッパ方面ですが、陸軍兵力で墺太利軍を圧倒していいますので、いざ墺太利軍との戦端が開かれますと、墺太利軍は独逸軍の援軍が到着してから露西亜軍と敵対するものと予想されます」
「墺太利が独逸兵の援軍を得るまでに猶予される時間は?」
「鉄道のおかげで、戦力が用意されていれば、歩兵であれば一日かと」
「で、双方独逸語で意思疎通も問題なしか」
「敵が攻めてくることは予想しにくいが、墺太利国内に攻め込んでの勝利は容易ではないか」
「はい。敵国の人種は支配層独逸人、被支配層にハンガリー人。双方の人口比率は全人口のほぼ四分の一ずつとなっております」
「こちらは、白人が人口比でほぼ半数といったところですが、宗教的にまとまりがございません」
「広い国土だもんな」
「はい。露西亜正教にイスラム教、ユダヤ教と宗教的には、墺太利がうらやましい」
「しかし、先方には弱点がございます。墺太利は、百年前までは独逸を支配下においていた国でしたが、我が国と決別して以来、伊太利、独逸と連敗しています。このため国外的な影響を大きく減じたばかりか、国政を損ねたため被支配層の民族が独立を目指す運動が広がりつつあります」
「国のかじ取りは難しいものだ。露西亜も清に負けた後、国外世論が露西亜勢力の実質的な維持により、露西亜包囲網を敷かれなかったのは大きかった」
「あれは、シベリア鉄道開通以前の話ですので、首都周辺にあふれ上がった戦時兵力二百万を必要ない兵力として、遊兵化させてしまっていました」
「さて、墺太利の分析はこれくらいとしようか、次は?」
「皇室の義務について話をふらせていただきます。長女のオリガ皇女の嫁ぎ先です」
「まだ早くないか」
「十一歳といえば婚約だけでも必要でしょう。ただし、大国ですからこちらの都合で話を進めることができます」
「そちが薦める候補先は?」
「国内貴族でもかまいませんが、国外となりますと皇后さまの出身である英吉利も候補のうちです」
「英吉利は皇太子の病気をくれた国だからな余は気がすすまん」
「でしたら、同盟関係にあります仏蘭西は、王族があいにくいません」
「大国二つがなくなると、候補先も狭まるのう」
「後は、墺太利の隣国ルーマニアか国内に嫁いでいただくことになるかと」
「ふむ、ではその二通りで検討せよ」
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