仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第161話

 1906年(明治四十一年)十月一日

 シカゴ 酒類取締官用寄宿舎

 「シカゴの悪を斬るために必要なのは、コウ=チン親族が握る裏帳簿だ」

 「我々は、これを入手するために取締官、延べ五百人を導入したのだが」

 「残念ながら、これを入手することがかなわず」

 「我々の存在意義を証明することができませんでした」

 「世間は冷たい目を我々にむけるであろうな」

 「無駄飯ぐらいの酒類取締官」

 「銭を出しているのは、ニューヨーク市が集めた酒税だと」

 「道徳を破滅させた元凶だと」

 「仕方ないじゃないか。俺たちの権限は酒類限定。それ以外の権限は全て警察に依頼しないと超法規的な措置が取れないんだ」

 「こんなもやもやした夜には酒だ」

 「よせ。酒類取締官が酒におぼれるなぞ、新聞ネタを提供するだけだ」

 「俺たちに、酔う自由はないのか」

 「その言葉、亜米利加国民の声だ」

 「だったら、ニューヨークで酒を飲めばいいだろ」

 「そうだな。その場面を見た禁酒法で引っ掛かった違反者は、法でなく銃をひきだしたい言葉だろう」

 「そうだな、これでまた酒類取締官は両手で足りない人間がやめていくだろう」

 「はは、酒で酔えない俺たちはどうすればいいんだ」

 「腹いせに、コウ=チンが力を入れている活動写真をみに行こうぜ」

 「敗戦の弁だな。雁首をそろえて映画館に首を並べるようだ」

 十一月六日

 ニューヨークタイムズ紙

 大統領選挙人を決める日がまさに二年後に迫った十一月は、その前段階となる予備選がその年の二月から始まるのだから、実質各党から出る候補者には一年前までに立候補宣言をしなければならないのが通例だ。それでまずは、すでに立候補を表明している候補者の声を拾ってみたところ、表立って言えることは、禁酒法の廃止を表明するものと禁酒法の適用除外を亜米利加全土に拡張するというものだ。前者は宗教票を捨てでも、ガツンと亜米利加国民の心に訴える方法を選択した者たちだ。後者は、宗教票にも配慮した八方美人か亜米利加国民すべてを指導しようとする欲張りもののどちらだ。さて、禁酒法に対処する声明一つでその政治姿勢が明確にされるわけだが、ここに候補者を代表してある一人の立候補有資格者からのインタビューを掲載しよう。インタビューの大まかなところは、三面に載っているが、それでは最重要な部分にお答えする

 インタビューワー: あなたは1908年の大統領選に立候補しますか

 ニューヨーク市長: ノーだ

 : 理由は教えていただけるでしょうか

 : 私はニューヨーク市を愛している。それだけだ

 : それは亜米利加国民にその愛を拡げる方法はないのでしょうか

 : 亜米利加国民を対象とするには広すぎる。私の救える範囲は、ニューヨーク市という百キロ平方でも大きすぎると考えている

 : それでは、ニューヨークの地下鉄よりも小さくなりませんか

 : 対象を深く狭く愛する。ただそれが私の信条だ

 : では、市長として多選批判を受けた場合どうされますか

 : ニューヨーク州知事に立候補するだけだ

 : では、父として娘さんのリサ嬢が亜米利加大統領に立候補すると言い出したら、どうされますか

 : 娘の人生だ。もちろん、応援する

 : その場合、婦人参政権にも賛成されるということですね

 : それもあるが、婦人参政権が成立した場合、大統領を目指すとなれば私の職をステップとすることを考えるだろう。娘に父親の仕事を引き継いでもらえるのらこれに勝る喜びはない

 : 本日はインタビューにお答えしてくれまして、ありがとうございます

 

 

 十二月二十日

 シカゴのとある邸宅

 「諸君、酒類取締官がすごすごとコウ=チンの前から引き下がったのを耳にしたと思う」

 「ああ、やつらは、シカゴの浄化にまったく役立たずだ」

 「しかし、シカゴの主要産業だった酒類製造業が逃げ出したこの街に新しい産業を開拓する必要があるのを皆は全員理解していることだと思う」

 「よって、我々の手でコウ=チンをシカゴから追い落とす必要がある」

 「しかし、我々には亜米利加市民というだけで公務についているわけではない」

 「少なくとも酒類取締官は警察や税務署を動かす公権力をもっていたぞ。その我々にできることがあるのか」

 「私は、エジソンに頼るのも一興かと思う」

 「蓄音器か?」

 「蓄音機も関係しているが、エジソンは映写機に関する特許も多数取得している」

 「映写機に関する特許は十年前のものだったか」

 「そう、しかし、エジソンがえらいのはそれを主張した点にある」

 「つまり、何がいいたい?」

 「エジソンは特許に関する法廷闘争者でもあったのだ」

 「我々はそこに賭けたい」

 「一筋の光がみえたような」

 

 

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