仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第163話

 1907年(明治四十二年)十二月二十日

 ニューヨーク市 カフェ=ハドソン

 「シカゴから逃げ出してきた同僚が言っていたんだが、暗黒街シカゴの返上をする時が来たって?」

 「コウ=チンは、映画を上映しすぎた。それをついてコウ=チンを追い落とすそうだ」

 「ということは、実動部隊は特許裁判で負けた時から動き出す税務官か?」

 「難しい仕事になるだろうな。それまでに、コウ=チンの息のかかっていない警察官を探し出してこなければならないんだから」

 「浄化するのはいいけれど、人材をそろえるだけで二年ほど、混乱が続きそうだな」

 「で、その原動力は金か?」

 「映画に関する基幹特許五社が持ち寄って、当日料金に対し、各三%を請求することになったそうだ」

 「十五%かあ。それって、密造酒の利益より大きいのか。何とか、密造酒の利益をつぎ込めば、シカゴを追い出すまでにはいかないんじゃない」

 「そこが、分岐点だよ。これなら、コウ=チン以外の映画製作会社は、なんとか耐えれるか、どうかというところかな。けれど、コウ=チンは、一度の上映で二作品を投影するわけで」

 「ひでー、その二倍の請求書である三割の特許料って、上映するたびに赤字でしょ」

 「しかも特許というのは、有効期限が来るまでは、過去五年間にさかのぼって請求することが認められている」

 「て言うことは、過去五年間に映画上映収入の三割を特許料として持っていくのか」

 「そういうこと。つまりコウ=チン宛には昨年度の興行収入の150 % を一度に支払えと裁判所に申し立てることになっている」

 「コウ=チンでなくともシカゴを逃げ出すだろうよ」

 「コウ=チンは、部下にそそのかされて映画会社を始めたわけだけれど、途中からは、密造酒の利益を全て、映画につぎ込んでいたほど、はまっていたからね」

 「副業で儲けようとしていたのに、それが命取りになるとは」

 「新興産業はえてしてそういうこともあるさ」

 「いや、単にフィルム供給会社として、投資に回しすぎたというべきか」

 「けれど、どこの会社にも年間収入より多額の現金を会社内に残したりしないよ」

 「で、コウ=チンは素直に民事裁判の被告として出廷するの?」

 「代理人を出席させて、判決が確定するまで亜米利加中を逃げ回るというのが世間で一番説得力を持つ噂となっている」

 「ほう、コウ=チンにWANTEDがつく日も近いか」

 「特許料を支払えと、警察にコウ=チンの指名手配書が配られる日も近いか」

 「シカゴの悲願がかなう日か。エジソンはえらいね。ビジネスで暗黒街のボスを蹴落とすのだから」

  

  

  

 1908年(明治四十三年)三月十日

 『赤毛のアン』を浮世絵化、小説と浮世絵を同時発売

 「今日は、大統領予備選を決める大事な日だが、人が集まってする話題は誰が十一歳のアンを映画で演じるってことさ」

 「舞台がカナダのプリンス=エドワーズ島ってことだろ。長期海外ロケか」

 「映画も海外ロケをするまでになったというべきか」

 「現地主義は大事だよ。ヨーロッパだと、『アルプスの少女』は、独逸語版と仏蘭西語版、伊太利語版と一つのタイトルで三作品が出来上がるって話だよ」

 「仏蘭西アルプス、伊太利アルプスがあるから、伊太利と仏蘭西版はロケする場所が決定しやすいだろうけど、独逸語版はどこの山でやるって?」

 「使う山脈は、スイスアルプスになるそうだ」

 「映画と国粋主義が結び付くと、大変だね。顧客仕様となると、浮世絵で見られない苦労話があるんだ」

 「そりゃもちろんあるさ、名探偵ホームズシリーズは、英吉利の映画会社が映像化するといって、海外勢を追い出すまでになっているさ」

 「で、赤毛のアンの作者は、続編を今書いているの?」

 「書いているね。カナダのド田舎の島でアンが成長してゆく作品となってゆくだろうな」

 「ということは、赤毛のアンに選出された女優は、十年ほど仕事に困らないのか」

 「前提条件として、赤毛のアンの映画版が大当たりをひく必要があるけど」

 「それは楽々クリアしているさ。今の亜米利加がどういうときかわかるか。海外のロケとなると、亜米利加人は喜んで酒を追いかけてゆくさ。家族全員が反対しない限り、海外旅行イコール飲酒旅行としゃれこむのさ」

  

  

  

 七月二十日

 ニューヨーク市 ホテルハドソンの一室

 「はじめまして、コウ=チン」

 「ご招待ありがとう、ニューヨーク市長、いやニューヨークを支配する者といった方がいいか」

 「どちらでも、呼んでもらって結構ですよ」

 「どっちでもいいか、どちらにしてもこちらは亜米利加中を逃げ回っているただのしがない悪党さ」

 「どうでしょう、このままですといずれ亜米利加国内で拘束されると思いますが、どうでしょう、海外に高跳びなさりませんか」

 「確かに俺は映画にのめり込んだ人間さ。当初の予定では、密造酒の利益の半分までとラインを設定していたのだが、三年ともたなかったようなよ。映画とは金をジャブジャブ使うざるから落ちる水みたいなものにしちまっても映画はやめられなかったよ。いつか、どこかで一発当てれば元が取れるとむきになってでも映画を撮っていたさ」

 「では、映画があれば国外に脱出されるのもやぶさかでないと」

 「話だけは聞いてやる」

 「ニューヨークはシカゴと並ぶ映画のメッカですが、今度海外ロケをすることになりまして、カナダに行かれませんか」

 「何から何までうまくいとは思うな。落ちぶれてもなお、誇りだけはあるさ」

 「主演女優、シバ=リサ」

 「おい、もしかしてロケ先ってのは、プリンス=エドワーズ島っていうんじゃないだろうな」

 「その通りですか」

 「オーケイ。俺の負けさ、素直にプリンス=エドワーズ島に行ってやるさ」

 「では、スタッフの一行としてカナダに先行してください」

 「そつがねえな。亜米利加中を転々としていたんだが、年貢の納め時か」

  

   

  

 十二月三日

 ニューヨーク市庁舎

 「市長、シカゴより映画会社の方々が多数ニューヨークにやってきて、市長との御面会を望んでいられます」

 「はて?メジャー?マイナー?」

 「マイナーの方々ばかりです」

 「とおりあえず、お話をお聞きいたしましょう」

 「ニューヨーク市長のシバ=リーです。本日はどういった御用件で」

 「ここニューヨークに逃げてきた者どもを代表してわしからひとこと言わせてもらう。俺たちの会社を救ってほしい」

 「はて、シカゴは住みやすくなったのではないのですか」

 「俺たちは特許料の支払いに巻き込まれた者どもさ。モーションカンパニーは、一年間はぎりぎり支払えるだけの水準で設定していたさ。けれど、巻き込む会社を五つから九つにしてみろ。俺たちに死ねといっているの等しい水準まで特許料が跳ね上がるって寸法さ」

 「つまり、15%から27%になったというのですか:

 「そうだ」

 

 

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