仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第165話

 1908年(明治四十三年)六月四日

 ニューヨーク市クィーンズ シネマ ヒューロン

 「今日こそは、居留守を使えんぞ。我々、モーションカンパニーの目を欺けんぞ」

 「兄貴、早速、徴収に参りやしょうぜ」

 「ああ、せいぜい、必死のあがきをみせてもらおう」

 「では、参りましょうぜ、兄貴」

 「いらっしゃいませ、モーションカンパニーの御二人さん」

 「要件は、おわかりだろ。社長はどこだ」

 「はい、五番街の交差点でロケーションをしておりまして、幹部ともどもそちらに出向いています」

 「了解。必要な情報は入手した。じゃ、あばよ」

 「はい、次回のご訪問をお待ちしております」

 「じゃ、なあ」

 「次回の来社か。そんな機会があればいいでやすが。兄貴、あると思いやすか」

 「あるだろ。俺たちのターゲットは、南の島で海外ロケをしてきたんだ。海外に出かけるくらいなら、特許料くらいし払えるさ」

 「だったら、兄貴、今日こそ褒賞が出るんですかい。いや、楽しみだな」

 「そうだな」

 

 

 五番街交差点

 「はい、カット」

 「我々は、モーションカンパニーのものだ。社長に取り次いでもらいたい」

 「はい。社長はそちらのカメラの前にいます。こちらに呼びますので少々、お待ちください」

 「じゃ。待たせてもらおう」

 「お待たせいたしました。代表のミッチェルです。ご用件を伺います」

 「俺たちが出向くのは、特許料を払ってもらうためだ。すでに五回ほど、催促状が届いていたとおもうんだが、らちがあかなくなってな。直談判にきたわけだ」

 「もし、お断りしたらどうなるのでしょう」

 「もちろん。ここで決裂となったら、手順通り民事裁判だ。俺たちが原告でヒューロンが被告だ」

 「それは困りましたね。しかし、我々はモーションカンパニーからの催促状が届いて以降、特許に抵触するようなことを一切やめてまして、裁判になる前に我々がモーションカンパニーと一切合切、関わりがないことを証明してみせるというのはどうでしょう」

 「兄貴、野郎、こんなあがきをしてやすで」

 「まあ、待て。俺たちも長い間、映画業界で食ってきた人間だ。ちょうど良い。撮影現場であるなら、モーションカンパニー製のものを発見したら俺たちの勝ち。なかったら、そっちの勝ち。それでいいか?」

 「ちょ、ちょっと待ってください。いいですか、我々はモーションカンパニーが九社からなる映画基幹特許九つを持ち寄ってできた会社とお見受けしております。一社を見つけるごとに3%、九つ見つけて27 % であることは最初に言っておきます。どうぞ、九社分の特許をご見分していただきますようにお願いします」

 「そうだったな。ケン、二人で九社分の特許を押さえるぞ」

 「へい、兄貴」

 「では、休憩時間が終わるのが一時間後。それまでに見分を終えていただきますようにお願いします。それ以上の時間がかかってしまいますと、今度はこちらから営業妨害だとして告訴しますので」

 「俺たちもプロだ。三十分もあれば済むさ」

 「では、どうぞ」

 

 「兄貴、見つかりましたか」

 「駄目だ。そっちはどうだ」

 「それが全て、映像機器が仏蘭西製に替わってやして、亜米利加製のカメラなんて影も形もありやせんぜ」

 「ちっ、どうやら海外ロケをしていたのはこのためだったか」

 「兄貴、仏蘭西製だと特許料がもらえないんですか」

 「徴収できない。亜米利加の特許が保護するのは、亜米利加国内での話で、仏蘭西製の撮影器具にまでは効果がない」

 「でも、兄貴。仏蘭西製のやつでも亜米利加国内で使われるんでしたら、特許をいただけるんでしょ」

 「それがな。仏蘭西はいけねえ。エジソンはキネトスコープといって箱を覗き込む方式を用いたもので。今銀幕に映写される方式を発明したのは、仏蘭西人のリュミエール兄弟なんだよ。だから、今日使われているカメラ、映写機といった原型を作ったのは仏蘭西式なんだよ」

 「でも、兄貴、亜米利加製の撮影カメラにはエジソンの特許がてんこ盛りと使われてるんでしょ」

 「亜米利加製のな。仏蘭西が映画の発祥国というのなら国際特許は仏蘭西のものだ」

 「でも、兄貴。あいつらの使っていたフィルムは35 mmでしたよ」

 「そうだな。行きがけの駄賃にフィルムに関する特許二件で6 % をもらっていこうじゃないか」

 「へい。五回来たのにもらえるのは6 % 分とは、割が合わないですね」

 「ああ、この先、世界中から海外ロケを終えた連中が帰ってくるのだろうが、連中の撮影機器は全て仏蘭西製になってんだろうな」

 「6 % じゃ、おまんまの食いあげですね」

 「じゃ、6 % の請求書をつくって代表にサインをいただこう」

 「うっす。兄貴」

 

 「お帰りなさい。開始より四十分ですか。で、モーションピクチャー製の製品は見つかりましたか」

 「いいや。だが、一つ確認させてもらうぞ。使っているフィルムは35 mm だよな」

 「はい。それには同意いたします」

 「では、俺たちは大負けに負けてフィルムに関する特許二件で、特許料 6 % をいただきたい」

 「おや、フィルム幅が 35 mm というだけで、コダック製というのですか。我々ニューヨークに本社を置く映画会社といたしましては、フィルムに関する特許料はフィルムを購入する時に課すべきで、現場に乗り込んで請求すべきではないと思うんですが」

 「代表、我々は禅問答をしているのではない。フィルムに関する特許二点を認めるのか、認めないのか。ノーかイエスかだ」

 「ノー」

 「了解した。では、この続きは裁判所で争うが俺たちは手順を踏んでるよな」

 「それは認めましょう。双方の見解が折り合わないのだから裁判に持ち込むことになりましたと」

 「それでは、次に会った時は裁判所だ」

 「ええ、ニューヨークにある裁判所で会いましょう」

 「いただけるものはいただく。それが俺たちが生きてゆく道だ」

  

  

 七月四日

 カフェ ミシガン

 「シカゴは、酒造メーカーが一掃され、街はギャングに支配され暗黒の街に落ちた」

 「そこに乗り込んだが新興産業シネマの特許九件をもちよったモーションカンパニー」

 「カンパニーは、見事暗黒街のボスコウ=チンを追い出し、街の浄化に成功したはずだった」

 「だが、街は不況にあえいでいる。それはなぜか」

 「決まっている。あらたな街の支配者となったといってもいいモーションカンパニーは、利益の最大化と寡占をもくろんで、同業者の追い落としをはかったせいだ」

 「コウ=チンがいなくなった後、街にある中小の映画会社に対しエジソン特許を元にした特許戦略で傘下に収めるか。廃業に追い込むことをもくろんでいる」

 「どちらにせよ、街からは大半の俳優並びに映画スタッフが逃げ出し、スカスカの街になってしまった」

 「大手しか残っていない映画産業も税収という点でいえば、半減でしかない」

 「禁酒法が制定された時、酒造メーカーがこの街を出ていったが、映画会社の大半がニューヨークに逃げていったこの時代と似ていないか」

 「街がゴーストタウンとなるのは二度と困るんだが」

 「市長がしっかりしていれば、特許料の支払いでもめることなく、大手と中小の映画会社が共存することもできたのではないか」

 「では、為政者が悪いのか」

 「為政者を選ぶのは我々市民だ。この責任は、我々が取るべきだ」

 「では、今度ニューヨークで起訴された映画特許の徴収でどっちが勝つ?モーションカンパニーか中小の映画会社を代表したシネマ ヒューストンか」

 「どちらが勝つかはわからんが、中小の映画会社がシカゴに戻ってくることはあるまい」

 「ああ、ニューヨークでは地下鉄を三線化して二十四時間使えるようにして、映画会社がロケをするために最大限配慮をする気の配りようだ」

 「そのような配慮を苦境に陥った経験を持つ会社は忘れぬものだ」

 「裁判は、特許料だけを争うのではない。メディアの支配権を賭けた代理戦争という位置付けてもおかしくない」

 「勝った方が情報を全米発信できるようになる。メディアの支配権あるところ、利権があり、人が集まる」

 「どちらにせよ。それは大手九社を抱えるシカゴか、大中小の映画会社をバランスよく抱き込んでいるニューヨークでの争いだ」

 「しかし、その裁判がおこなわれるのがニューヨーク州裁判所というのはまずくないか」

 「ああ、まずいだろ。陪審員はニューヨーク市民ばかりだ」

 「どう転んでも、ニューヨークに利益が出るような判決が出るだろう」

 「例えば?」

 「中小の映画会社に対して特許料の減免とか。とりあえず半分でどう」

 「もしくは、特許料の払い込み猶予を願って、高位裁判所に上告すべきだという行為に出るかもしれない」

 「おいおい。エジソン特許の期限はいつまでだ」

 「1913年までだな」

 「もし仮に、連邦裁判所といった三審の最上級までもっていかれたら、此度の裁判、特許切れとして双方の告訴を取り下げるというあやむやな結果にならないか」

 「そうしたら、映画の支配権は現状の会社数に比例するな」

 「ニューヨークの独り勝ちか」

 

 

 

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