仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第166話

 1908年(明治四十三年)八月二十日

 ニューヨーク市州裁判所

 「ただいまより、エジソン特許に基づき、特許料の支払い確認を原告であるモーションカンパニーが被告であるシネマヒューロンに請求したものを双方がおりあわず、双方の主張を聴く場としてここニューヨーク州裁判所にゆだねられたものである。では、まず原告であるモーションカンパニーの代理人による請求内容を述べていただこう」

 「はい。我らモーションカンパニーは、35 mm フィルムの使用しているシネマヒューロンに対し、特許法に基づき特許料の支払いを同社に対し請求いたしましたが、同社はこれを拒否、我が方といたしましてはやむなくこれをその請求権の行使を司法にゆだねたわけです」

 「これに対し、被告シネマヒューロンは反論がありますか」

 「特許料の支払いと言われますが、モーションカンパニーが当方に求めた元の額面をご存知ですか、当日料金の27 % です。当方といたしましては、このような高額な請求は容認できません。ですから、我々はモーションカンパニーが特許料の請求をしてきて以降、モーションカンパニーの特許に抵触しないようにしてきました。よって、当方といたしましては、モーションカンパニーの特許にかかわりはなく、特許料の支払いは存在しないと主張いたします」

 「では、これに対し、モーションカンパニーが主張する特許というものを詳細に述べていただきましょう」

 「はい。我々は、シネマヒューロンが使用しているフィルムが 35 mm であることを発見いたしました。よって、当方が持つフィルム特許に抵触しているとみなし、フィルムに関する特許二件分である6 % を請求するにいたったわけです」

 「これに対し、シネマヒューロンの主張は」

 「はい。フィルムに関する特許料の徴収ですが、フィルムは一度購入したといっても、何度も購入する羽目になってしまいます。ですから、特許料はフィルムの購入時に徴収してみることを提案いたします。あ、この言葉ですが、特許料がとても高額になる現在のシステムに対し、これは特許権を持たない者と特許権を徴収する立場にある者との間で公平な競争ができていると言えるでしょうか。私は特許権を振りかざし、中小の企業をつぶしにかかっている悪法であると主張いたします。ですから、今回のような特許料の徴収は、フィルムを含めた映画資材を購入するときに一括した金額であることを求めます。映画機材を使用した分だけ、請求が跳ね上がる現在の請求システムに疑問を呈します」

 「では、特許料が高額であるというシネマヒューロンの主張に対する反論をモーションカンパニーはされますか」

 「特許は、発明者に対する褒賞と保護を目的とするものです。特許を獲得するためには特許を認めてもらうために、特許庁に対し審議を請求いたさないといけません。この審議に対しては特許庁に納める金の他、特急が認められるまでに長い期間を必要といたします。ですから特許権を持つまでに多額の金と時間を必要ですので、それに見合うだけの報酬となる特許料は、発明者に対する当然の権利であると」

 「なるほど、資本主義の発展には技術の進歩があり、それを支えているのが特許権であり、映画の進歩に対する貢献を考えると、特許料が高額になるのはやむを得ないと」

 「はい。映画は日進月歩の進歩を遂げています。我々、モーションカンパニーが特許権を請求できるのも、特許権の有効期限がありまして、一分が過ぎればその分、特許の有効期限が近付いています。後五年間しか、我々は特許権の請求ができません。また、我々の特許を凌駕する発明、もしくは我々の発明を全く必要としない迂回特許を来月にも発明されるかもしれません。特許は時間との競争です。我々は一秒たりとも映画の進歩する特許競争に集中したいのです。一刻も早い特許使用料裁判にけりをつけることを望みます」

 「ごもっともですな。スピーディーな進行には、裁判も含めてもよろしいのではないでしょうか。そうは、シネマヒューロンは思いませんか」

 「それには意見の一致をみました。では、我々はこの裁判にけりをつけるために映画会社らしく映像を証拠物件として提出することにしました。どうでしょう、この裁判所でフィルムを上映してもよろしいでしょうか」

 「ええ、事前に申請はありました。原告側に異議はありませんね」

 「ありません」

 「では、サイレントフィルムですがこれより上映会を始めさせてもらいます」

 「三、二、一」

 フィルムの製作現場

 フィルムは、東アジアに自生する樟脳とセルロースを原料とし、この合成過程は、セルロースをニトロ化、ニトロセルロースを硝酸セルロースとすることでセルロイドとなります。このセルロイドの欠点は、高熱に弱い点であり、長期の保存に向かないなど多数の欠点がありますが、我が東方シネマは、この欠点を最大限解消するために、仏蘭西市場にはシベリア鉄道を用いて低温を維持しながら、迅速な供給を心がけております。また、亜米利加市場にはコダックが早くも市場支配力を高めていた関係上、わが社も進出をためらっていましたが、モーションカンパニーによる高額な特許料問題が持ち上がるのを好機と判断。冷凍船を用いた迅速なフィルム供給を亜米利加映画に対してお約束いたします。此度の配給は、映画フィルム供給元である当方シネマとこの配送を担う李商社がおおくりいたしました。ジ、エンド

 

 「「「ざわざわ」」」

 「静粛に」

 「では、この証拠に対し、原告であるモーションカンパニー側の反論はありますか」

 「35 mm の規定を定めたのはコダックであり、この規定に対し特許料の支払いがあるべきであり、このまま特許の支払いを要求いたします」

 「では、被告側の主張はありますか」

 「まず、原告が認めた点ですが、このフィルムは東方シネマという日本の会社が製造しているフィルムというのは認めたと認識していただけたでしょう。そして、シネマヒューロンが使用していた撮影機器が仏蘭西製であることも原告は認めていただけますね」

 「原告側の答弁を要求いたします」

 「認めます」

 「では、東方シネマは長い間仏蘭西映画に対し、フィルムの供給元となっていたのは御存知ですか」

 「いえ、それは知りませんでした」

 「では、なぜこのような考えにたどり着かなかったのでしょうか。仏蘭西の撮影機器の発明は、亜米利加より先輩であると認めていただけるでしょうか」

 「原告は、認められますか」

 「認めます」

 「では、その仏蘭西に供給しているフィルムと仏蘭西の撮影機器がここ亜米利加に同時にあったのです。つまり、35 mm の規格でフィルムを製造してくれるよう東方シネマは求められたのです。仏蘭西映画に対して」

 「被告に確認しますが、つまり、35 mm の映画フィルムは製造しているのが日本であり、その規格は仏蘭西の規格であったと言われるのですか」

 「はい。仏蘭西製の撮影機器で日本のフィルムが問題なく作動していたのです。たまたま、それが使われていたのが亜米利加の地であったというわけです」

 「では、当裁判所といたしましては、シネマヒューロンにモーションカンパニーが抵触する特許はなかったと結論付け、この裁判の訴えの根本がなくなったため、争点がなしと結判いたします。コンコン」

 「双方、退場」

 

 

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