仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第167話

 1908年(明治四十三年)十一月二十九日

 ハルピン近郊 

 「さあて、今日も義和団の連中は逃げるかな」

 「逃げるだろ。逃げなかった日はまだない」

 「独逸仕込みの装備に独逸から連れられてきた軍馬をみるだけで、清正規軍から反乱兵は逃げてゆく」

 「さあ、正面から騎兵で突っ込むぞ」

 「ああ、二倍の兵がいようとも問題あるまい」

 「それ、槍先を合わせよ」

 「槍衾を作れ」

 「ああ、何度、相手上官からの守れもしない命令が響き渡ったことか」

 「しょせん、反乱兵は烏合の衆さ」

 「「「ドタドタドタ」」」

 「おい、今日はどうしたんだ。反乱兵が逃げないぞ」

 「それだけじゃない。一致団結して槍衾を作っているぞ。反乱軍に何が起こったんだ」

 「とりあえず、残っている騎馬隊をまとめ拠点まで撤退するぞ」

 「ああ、恐れていたことがついにおこった」

 「これで、反乱軍は勢いづき、清国内の政情は一気に混沌としてきた」

  

  

 義和団陣地

 「何蘭、さすがアル。だれも思いつかないことをやったアル」

 「ありがとうございます、将軍。なに、全ては映画アルプスの少女のおかげですよ」

 「確かにそうアル。タテ、タツノヨ、クララ、あなたは出来る子。そう聞いて逃げる兵はいなくなったアル」

 「はい。初めて死兵というものを組織することができました」

 「これを思いついた何蘭はすごい奴アル」

 「いえいえ、アルプスの少女が映画化され、女弁士を雇えるようになったおかげでございます」

 「そうアル。男を死地に追いやるのは、やっぱり女の声アル。これからも清軍に勝てるアルな」

 「はい。最善を尽くさせていただけます」

 「頼むアル」

  

  

 陣地裏

 「何蘭の策は確かに斬新だが、野郎どこでそんな戦法を思いついたんだ」

 「あいつは、古参兵か?」

 「若いころは、亜米利加横断鉄道建設に従事したっていう話だよな」

 「そこで覚えた用兵術か?」

 「だったら、そこでいい思いをしたはずだろ」

 「だったら、その後、いったパナマかな」

 「命からがら、逃げ出そうとしても逃げられなかったという話だ」

 「そこでどんな魔法を使って、何蘭を働かせたんだ?」

 「いや、そこは秘匿しているそうだ」

 「ま、それは置いといて、清軍に勝てためでたい日には違いない」

 「ここまで、騎兵隊からは逃げてばっかりだったからな」

 「なに、相手の緩みを誘うまでやってきたことだ」

 「虎の子の独逸顧問が創設した騎兵隊もこれで振り回されることもあるまい」

 「ああ、後は、純粋な歩兵戦力で勝負となる」

 「後、一息も二息もつかない攻勢といきたいね」

  

  

 1909年(明治四十四年)一月十四日

 シカゴ市カフェ ナイアガラ

 「モーションカンパニーが特許料を徴収しようとしてから、俺たち映画用キットを製造していた面々は、仕事が激減した」

 「わざわざ、仏蘭西製の撮影キットなんぞ、特許料の支払いを要求するまでは使うものはいなかった」

 「つまり、俺たちの顧客はモーションカンパニーを構成する九社以外いなくなったわけで」

 「仕事量は、ざっと三分の一にまで減った」

 「つまり、俺たちの収入は以前の三割でしかない」

 「で、やっと取った仕事が仏蘭西製撮影カメラの修理なんて、屈辱以外にない」

 「以前のように、映画会社全体を相手に商売ができないか」

 「その前に、シカゴで仕事にありつけると思うか」

 「モーションカンパニーしか残っていないシカゴでは、仕事の量はたかがしれている。いっそのこと、ニューヨークまで拠点を移すか」

 「おいおい、例えニューヨークに拠点を移したところで、仏蘭西製のカメラを使っている連中相手に亜米利加製カメラを売りつけるわけにはいかんぞ。特許料が高すぎるといって購入はいしてくれないぞ」

 「つまり、このままでは亜米利加製のカメラを使用しているモーションカンパニー九社がいるシカゴを抜けだせないわけで、仕事を求めてニューヨークに行こうにも先方には仕事が待っていないのだな」

 「ああ、なんとかモーションカンパニーによる特許料の徴収以前に巻き戻す必要がある。でなければ、俺たちは失業だ」

 「なんとか方法はないか」

 「法律に詳しい連中にコネクションがあるやつはいないか」

 「俺の同級生に弁護士をやっているボブに相談してみるのはどうかな」

 「ちょっと相談してみてくれないか」

 「無理なお願いになりそうだけどな」

 シカゴ ボブ=ランバート法律事務所

 「マーチン、深刻な顔をしてどうした」

 「モーションカンパニーの特許を無効にする方法はないか」

 「難しいが、彼らの特許は十三年以降、ぽろぽろと特許切れを迎えるのだろう。それが待てないのか」

 「まてん。俺たちの仕事にも困っている。後四年も待てない」

 「だったら、第二のスタンダードオイルにするしかあるまい」

 「おい、いい方法があるのか」

 「ああ、シャーマン法といってだな。市場を明らかにゆがめている会社、いいかえるとシェアが独占的にまで高い会社によって市場が健全な成長をしていないと判断された場合、その会社は分割されなければならないという健全な資本主義を守ることを目的とした法案だ」

 「それで、モーションカンパニーの解散を命じることができるのか」

 「できるだろう。ついでにそれに失われた利益を請求すればよい」

 「では、モーションカンパニーの解散請求をどこにしたらいい」

 「連邦裁判所だ」

 「頼む。すぐさま、やってくれ」

 「わかった。では弁護士団をつくってやろう」

  

  

 1910年(明治四十五年)四月二十日

 連邦裁判者によるモーションカンパニーの解散命令と原告であるシカゴムービー製造協会に賠償を命じるとともに、それができないためにシカゴの拠点明け渡し命令が出る。こうして、モーションカンパニーの面々は、シカゴを明け渡し、西部のハリウッドに落ち着くことになる。俳優を引き連れてゆけなかった彼らの映画は、マカロニーウエスタンといわれるようになり、西部劇主体のB級映画といわれるようになる

 

 

 

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