仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第168話
1909年(明治四十四年)三月一日
ワシントン とある共和党上院邸宅
「ハッピーニュープレジデント」
「乾杯」
「やっと、新しい大統領の選出だ」
「そんなのはどうでもいい。大統領は就任の三月に早速、禁酒法の例外適用を全国に広げると宣言している」
「つまり、来年頭からは、正々堂々この乾杯ができるわけさ」
「そっちの方が一大事。なんせ、選挙区から酒造メーカーが全てニューヨークに逃げ込んだおかげで、献金と就業先が細くなって支持者からの突き上げがきつかったからな」
「今更、企業は帰ってこないだろうが」
「そうでもない。本社をニューヨークに残し、第二工場を自分たちの出身地に建てるのが酒造メーカーの合言葉になっているという話だ」
「ふう、その一言を聞いて一安心だ。で、当事者であったシカゴとニューヨークは」
「シカゴは、相対的にではなく絶対的な優位を示していた中部の代表都市という看板が危なくなっています」
「ギャングは、追い出されましたが、産業の衰退する街というレッテルをはられましたからね」
「おかげで、シカゴの代換え都市としてデトロイトが名乗りをあげています」
「T型フォードがもたらした自動車革命か」
「まだ、シカゴの方が人口で多いのですが、このままモータリゼーションが進めば、両者の人口は拮抗するとの予測もあります」
「シカゴからは、俳優も逃げ出した。こっちの方が痛いかもしれない。流行を追う産業がごっそりとなくなるといえば、ファッション、美容産業、印刷関係も出てゆくだろう」
「発明王エジソンも映写機ではすっかりと人気を落としたな。シカゴ市民の期待をになって、シカゴギャングを追い出したまではいいが、映画産業を掌握しようとして特許権を乱用してしまったよな」
「映画は、浮世絵を凌駕する力がある。それを独り占めしようとして、ニューヨークのオタク市長の逆襲にあった。映画の発祥地は仏蘭西。ここを突かれたため、特許の及ばない障壁をニューヨーク市内で張られたようなものだ」
「知っているか?子供たちがバリアというが、今一番強いバリアは、マンハッタンバリアという」
「ニューヨーク市の懐に、酒造メーカーと映画産業を全米中から集結させた手腕をもってマンハッタンにはいかなる攻撃も通用しないという比喩だ」
「それだけじゃない。最高の攻撃力を持つ火力は、アンチトラスト砲といってな。この攻撃の前には、スタンダードオイルとエジソントラストといった全米独占企業も木端微塵という例えだな」
「これが、浮世絵になるんだよ。特許権の乱用の代表例として、小学生にもわかるエジソントラストの崩壊として全米中に広がっている」
「いまじゃ、発明王エジソンは、悪の手先であるモーションカンパニーの親玉に仕立て上げられている」
「そのとばっちりを受けたのがフィルムメーカーのコダック」
「全米トップ企業から旧モーションカンパニーにのみフィルムを提供する中小企業に転落さ」
「まあ、おいしい思いをしようとしてモーションカンパニーに名を連ねた地点で、同罪といえば同罪だがね」
「そのシェアを奪ったのが日本の東方シネマというのが泣けるね。浮世絵の勢いをそげる産業である映画産業が育ちつつあったなか、肝心の原本であるフィルムを日仏米に供給する会社が日本になるとは。映画が第二の浮世絵と言われても抵抗するすべが見つからんな」
「やっこさん、細かいサービスで定評もあるしな。フィルム特許料は、フィルム販売価格に含まれています。またセルロイドが曇っていた場合、すぐさま交換に応じますってな」
「仏蘭西映画でもまれたサービスをそのまま亜米利加に持ち込んだだけだというものもいるが。コダックのアクドイ商法に苦汁をなめさせられていた中小映画会社は飛びついたよ」
「それに、フィルム幅が35 mm というわけで、今までコダック規格のカメラがそのまま使えるというおまけつきさ」
「だから、モーションカンパニーが反トラスト法で訴えられた今現在、モーションカンパニー規格のカメラを倉庫から出してきてもそのまま使えるという互換性。こりゃ、隙なしだね」
「35 mm の代名詞も日本に持っていかれたか」
「で、映画の集積地となったニューヨーク市の話題はどういったものがあるんだ?」
「さすがに、ニューヨーク市議会が多選防止に動いたね。ほら、初代大統領が二期で退いた慣例があるから、これをうたい文句に市長に連続四選禁止法を通すと言ってたよ」
「確か、オタク市長は、98年から任期を務めていたから三期となると今年いっぱいか」
「市議会は、三期目の途中で大統領選にうってでると思っていたから対応が遅れたね。だから、この法案が通した地点で、起算地点を二十世紀において、現職のみ四選を認める方向で調整に入ったようだ」
「なるほど、ニューヨークに貢献がある市長に対する救済措置にもなるわけか」
「オタク市長は、ニューヨークを離れるのが嫌だからいったほどだ。市長の任期四期を務めあげた後は、ニューヨーク州知事に転職だろう」
「ああ、ただ一つ問題があってな。ニューヨーク州都は、ニューヨーク市から北に三百キロのオールバニだ。やっこさん、この問題をどう解決するんだろうな」
「飛行機免許を取って、ニューヨーク市の自宅から通うんじゃないか」
「確か、今年、亜米利加陸軍に納入されたライト兄弟の1909 陸軍モデルの最高速は時速 64 キロだったかな。後四年で、どこまで進歩すると思う」
「そうだな。四年で二倍にまでなるとすれば、州都までニューヨークから二時間半といったところか」
「オタクならやりかねんな」
「まあまあ、13年まで市長を務めた後、すぐさま州知事選があるわけじゃないですよ。州知事ともなれば、立派な大統領候補者ですから、16 年まで好き勝手できる場合もあります。その場合、ニューヨーク州都まで二時間を切る可能性は十分にあります」
「不確定要素は、娘のリサ嬢だな。目下、赤毛のアンの撮影のためにカナダまでいっているんだろ。次期赤毛のアンシリーズはいつ出そうか」
「第二作のアンの青春はすでに出てるよ」
「となれば、第二作の映画化も期待できる。13年の任期が切れた後、女優リサのマネージャーに転向とも限らないが」
「世界的な名声を娘に与えるマネージャーか」
「いや、オタクの聖地巡りに果てはない。つい最近、カナダのプリンスエドワーズ島が加わったばかりだろ。この調子でいけば、アルプスの少女に関しては、撮影場所が三カ国。当然、三か所とも回りたくなるさ」
「恐るべし、オタク道」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + gmail.com
第167話 |
第168話 |
第169話 |