仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第169話

 1909年(明治四十四年)六月二十日

 パリ カフェ モンブラン

 「今度も衣料業界が飛びついた。アルプスの少女、赤毛のアンと来て、最後にドカンときたな」

 「源氏物語を後継するのは、これだと、自信を持って浮世絵の業界が一押しするのは、女浮世絵」

 「上記のカテゴリーに共通するのは、全て元気な女の子が主役」

 「源氏物語が千年の時を刻む服装なら、今度仕掛けるのは、和服のようで洋服っぽく着こなすセンス」

 「流れを追うと、カラー印刷の機械化の流れはもはや止められない」

 「それは、ジャポンもよくわかっている。で、他国にない元祖の二十世紀を象徴する分野を追求しようとした結果」

 「浮世絵の表の顔として、現代を代表する美人画家である竹久夢二の出現」

 「彼の作品は、西洋と東洋が融合したかのような独特の世界観」

 「そして、画集が西洋に広く紹介されたのも今年」

 「確か、題名が夢二画集―春の巻だった」

 「彼の前には、美人画にしてほしいと女が門前市をなすという」

 「そりゃそうさ、美人画にしてもらえれば、世界で顔が売れるのと同意義だからね」

 「で、そんな日本の風潮を背景に登場したのが巫女や弓道の流れから袴が登場」

 「元々、袴というものは、徳川三百年の歴史の中で男の礼服だった」

 「しかし、世の中の風潮は男女同権がまかり通り始めている」

 「そんな袴を着こなす女が時代の最先端というわけで」

 「世界的にも元気な女の子と」

 「女性参政権運動といった運動が絡み合い」

 「ハイカラーといった言葉を女が奪った」

 「元々は、高襟を示す言葉で、何のことはないワイシャツを着こなす男の礼服という意味だったのだが」

 「大奥が実権を握るジャポンでは、この言葉を女のものとして捕えた」

 「今回から始まった連載浮世絵のカギとなる言葉は、『少尉』、『じゃじゃ馬』そして『ハイカラ』」

 「ジャポンではすでに、八王子劇場で劇場化されているって」

 「おうよ、ジャポンは段階的に階段を登るのさ」

 「最初の原作を押さえ、次に浮世絵化だっけ?」

 「原作は、浮世絵でも小説でも問題ない。で、どちらかで人気が出たら、もうかた一方でも印刷される」

 「次に、その人気を踏まえ、劇場化されるんだっけ」

 「そうそう、危険を最小限にする仕組みさ」

 「なるほど、だから出版社が映画化する場合、それまでに蓄積された利益で劇場公開と来るのか」

 「漫画家でも小説家でも脚本家でもいい。原版を抱えている人間が一番偉いという社会さ」

 「もっとも、その原版を出版社が抱えている場合も数多いけどね」

 「で、その対極が亜米利加か」

 「亜米利加ドリームは、出版業にもあるのさ。尤も、映画産業を出版業に数えていいかはこの際、置いとくけど」

 「利益を最大化するには、最初に頂点を取るというのが亜米利加式さ」

 「では、その頂点にいるのは?」

 「映画監督さ」

 「つまり、出版業界で最難関の映画化から始まるという仕組みか」

 「そ、最初に映画化で利益をたんまり稼ぐ。次に、その稼いだ資金で、小説化と浮世絵化、劇場での公演を同時に進行させて、映画を忘れないうちに荒稼ぎというわけさ」

 「まさに一攫千金、亜米利加らしい発想だね」

 「そ、当たりをひけば一夜にして、百万長者の出来上がり」

 「しかし、その分、失敗も多いんだろ」

 「失敗が多いんじゃない。失敗の方が多いといっておこう」

 「でも、それなら、一攫千金をつかんだ人間だけでは、映画化に回す金が続かないだろ」

 「そ、そこは投資家の発達した国だからね」

 「そもそも、その流れを産んだのがニューヨークのオタク市長さ。マンハッタンに地下鉄を張り巡らし、ブロードウェイを産んだ。ブロードウェイで上演するには、資金が必要なわけで、脚本と俳優に惚れた作品があれば一般人でも投資家として投資する」

 「たしか、エンジェルという名の投資家だっけ」

 「ああ、この投資は自分の目利きが全てさ。五年以上のロングランとなれば、投資した金の十倍以上の配当が出る」

 「でも、たいていの者は損をするんだろ」

 「そ、一週間で打ち切りという作品が多数だけどね」

 「まさに、ハイリスクハイリターンの世界だね」

 「そんなわけで、映画にも投資をする投資家が集まるのが亜米利加の歴史の必然ともいう流れさ」

 「ローリスクローリターンかハイリスクハイリターンの二律反する世界か」

 「ちょっと待った、御二人さん。ジャポンがローリスクローリターンだって。そんなのわたしゃあ、認めないよ」

 「そうだね。僕たちを納得させる技量が君にあるというのなら君の説を認めようではないか」

 「あのね。あんた達二人は女浮世絵が、世界中で競合相手が出てくるとおもっているの」

 「もちろん。歴史は繰り返すさ」

 「わたしゃあ、それはないと踏んでいる」

 「ほう、話の先を訊こうじゃないか」

 「確かに、女浮世絵の世界は今までの浮世絵の世界と比べると小さいだろうさ。この分野に参入しても戻ってくる利益は小さいだろうしね。でもね、最大の理由はジャポン以外に女の浮世絵師っていないのよ」

 「そう言われれば、そうだな。ジャポンが特殊だからか?」

 「ジャポンはその産業の広がりが大きいというのもあるけど、最大の理由は浮世絵師って短命なのさ」

 「そうなの?」

 「そうよ。どんなに高名な浮世絵師だろうと、人気がなければ四半期で打ち切り。読者に愛想をつかれないように、浮世絵師は、睡眠時間とストレスと打ち切りへの不安で神経をすり減らしているのさ」

 「なるほど、こんな激務に耐えられるような女は他の国にいないといいたいのか」

 「そうさ。浮世絵師っていうのはさ、命を賭けてまでやってる仕事なのさ」

 「悪魔に生命線を吸い取られる代わりに、人気が出るようなもんか」

 「金の話では確かにローリスクローリターンかもしれないが、自分の生命をチップに載せて、勝負に出るわけだからその点では、ハイリスクハイリターンさ」

 「どっか他の国から女浮世絵で追随するかどうかでその激務ぶりがわかるか」

 「わたしゃあ、そんな国は出現しないと思うね」

 「そうなると、新たな独占分野がジャポンにできるのか」

 

 

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