仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第17話
万延元年(1860)七月十三日
品川車両基地
「そーと、そーっと降ろせ。これが陸を走らせるんだ。倉庫に入れたら組み立てだ」
「わいわい、がやがや」
「ついに江戸にも丘蒸気が走るんだってよ」
「馬より早いって話だ」
「俺がきいたのは、公開前に試験運転の際、町のみんなを乗せてくれるって話だ」
「ほんとかい、いつからだ」
「道に線路を敷かないと丘蒸気は走らない。線路を敷いてからだ」
「楽しみにしておこう」
水戸藩江戸屋敷
「巷では、試験運転の際、町民を乗せてもらえる方に話が進んでいるぞ」
「水戸の機関士の家族を乗せる話はした覚えがありますがどこでどう話がかわったのか」
「で、どうするのだ」
「乗せましょう、最初に品川と川崎の間に線路をひきましょう。その後に座れる人数だけ試験運転で乗せます。ただし、片道になるでしょうね。人数が多そうですから」
「予定はどうする」
「該当区間は二十日で線路をひきます。後、十日間は機関手のみで文字通り空運転。その後ですね。町民を乗せれるのは」
「いつ発表するのだ」
「瓦版にしましょう。十日後にします」
七月二十三日
品川宿前
「さあ、てーへんだてーへんだ。ついに町民が丘蒸気にのれる日が決まったよ、詳しくはこの瓦版にある」
「一部くれ」
「俺にも一部」
告示
このたび、仏蘭西から導入いたしました蒸気機関車に本運転前に乗車できる期間を設けます。期間は、線路を埋設できた八月十三日から半月の期間を予定しております。乗車受付場所は、品川駅と川崎駅とします。両駅よりもう一方の駅に向けて蒸気機関車が発車いたします。なお、混雑を避けるために列車の定員しか乗車できませんので、駅の受付でこちらが発行する無料の手形(乗車券)をお受け取りの方のみ、乗車していただきます。なお、片道のみの運転となりますので、他方の駅で降りられた方が当日のうちに徒歩でお帰りいただくために正午までの各五便のみとなります。なお鉄道は二十四時間時計を導入いたしますので、品川駅発午前七時、午前八時、午前九時、午前十時、午前十一時とし、川崎駅発を各時間の半とさせていただきます。
「この午前七時っていつのことだ?」
「どれどれ、夏季の換算表によると、朝五つに該当し、その一時間後といえば、半刻先ということになるようだ」
「どうして、そんな面倒な時間を使うんだ」
「なんでも、江戸で使われてる不定時法では、冬では同じ時刻に発車できなくて時刻表には使えないせいのようだ」
「つまり何だ、いつも同じ時刻に出発させるために定時法を使うのか」
「これが万国の法則のようだ」
「しょうがない、日本以外がその方式を使うならその方式で我慢しよう」
「俺は、来月十二日のうちに品川駅にいくぞ。タダほど高いものはないというが、初ガツオならぬ初列車に乗りてー」
「俺は、帰りの川崎駅発を狙う。そうすれば到着と同時に江戸に帰ることができる」
「それはいいかもしれん」
株式会社樺太麦酒
「最初にするのは、原材料の確保からだ。最低限、船便で仕込み材料とともに送ってきたが、一回仕込めば即材料はなくなる。よって、武蔵と水戸でホップの栽培をしてもらう。ビール麦の栽培もやらないといかん。自然発酵させるが日本の土地ではどうなることやら」
「最初は百姓と変わらんな」
「失敗したら、ビールとワインの輸入会社になるだけと割り切って挑戦だ」
「石の上にも三年、やってみるか」
「目標は、樺太にまで販路を広げることだ。社名にしてその意気込みを表せてみた」
八月五日
六郷橋梁 大田区
「ふう、なんとか機関車が走ってくれた」
「橋台には石を使えたが橋脚は松で全長115m」
「それだけではない。陸橋は何と五百メートル。ここを無事に列車が渡ってくれれば、公約通りお盆から人を乗せて走らせることができるだろう」
「ああ、気の早い江戸っ子は、弁当を抱えて線路と丘蒸気見物をしてるよ」
八月十三日
品川駅
「午前七時発川崎行き列車、発車いたします」
「ゴトン、ギ―、シュー」
「あんなに大きな鉄の塊が動いたぞ」
「おお、速い。景色が吹き飛んでゆく」
「一番列車に乗ったかいがあった」
「浮世絵で丘蒸気が走るんだ。浮世絵絵師は人気職だな」
川崎駅
「終点、川崎、川崎。乗車されている皆さまは忘れ物なきようにお願いいたします」
「うん、もうついたか。乗ったらすぐだったな」
「一刻の四半後には列車が折り返しで走るのだ。さらにその半分といったところか」
「歩いて帰ったら、一刻はかかるぞ。ざっとその六倍の速さだな」
「あれ、おいらが品川駅に脱いできた足袋がない。どこだ?」
「乗客への注意として、履物を脱がないで乗車してください、そして便所はございませんと書いとけ」
品川車庫
「ついに俺たちも江戸っ子を乗せて機関車を走らせたのか」
「長い五年間だったな」
「長い期間だったが、仏蘭西暮らしは悪くなかった」
「で、俺たちこの先機関士見習いに技術を教えていかねばならないんだが、さてどうする」
「三段階だろ、機関士見習いはほとんど釜入れ係、機関助手だな。その次が正機関士、さらに一番上に師範機関士」
「俺たちは、最初から師範機関士ね」
「正機関士にはがんばればなれる。しかし、師範機関士になるには試験で蒸気機関車に使われる全ての言葉を仏蘭西語で書けなければならないとしないか」
「うむうむ、絶対必要だ」
「「「異議なし」」」
九月十四日
日本橋駅
「父上、ついに蒸気機関車へに乗車していただけます」
「慶喜、長かったな。これからも長いぞ。そちは、一つの組織の者を食わせていかねばならないからな」
「とりあえずは、江戸っ子に乗車してもらえれば満足です」
「斉彬公、それでは乗車しますか」
「うむ、これが大株主の特権か、先頭列車の『いの一番』という席につくのは」
「日本橋発小田原行き一番列車が発車いたします」
「ゴトン、ギ―、シュー」
「一刻半後には小田原か」
「ほんのちょっと前まで、徒歩で三日の距離。健脚といわれるものが丸一日かけて到着した話だ」
「慶喜公、これで列強と呼ばれる国は日本に強圧的な態度をとるのをやめると思われるか」
「それは次期尚早でしょう。仏蘭西に住んでいると仏蘭西人は英吉利人や伊太利人は互いに認めます。これは三千年の歴史を積み上げてきた国々です。祖先の血もかよってますし、同じ白人という人種であるというのが大きいですねえ。白人至上主義という生き方をしている人をよく見かけますし、社会もそれを許しています。我々はあくまで部外者であることを理解して外側からつきあって行けば後百年もあれば、もしかすれば日本中に鉄道を張り巡らせれば日本人を理解してくれることでしょう」
「そうか、我々にできることは日本中を今日の日を喜んでくれる民で満たすことか」
「とりあえず、今日のところは箱根で温泉です」
「そうよの。これが琉球の泡盛。二日酔いしない不思議な酒」
「おおっ。こちらは、シャンペーン、おめでたい時に開封する酒。なんと、未知の感覚間違いなし」
「これは、会津の地酒、会津錦。会津藩主松平氏と今日の一番列車の乗車券と引き換えにいただいた」
「おお、南紀派も一番列車の誘惑には負けましたか」
「いや、奥方にせがまれてやむなくと言っておった」
「どうでしょ、本人は乗ってないのでしょうか」
「半々でしょうね」
九月二十三日
小田原宿 菅田ういろう店
「ういろうの材料確保は大丈夫か?」
「へー、材料の砂糖と小豆は江戸に番頭を遣って丘蒸気で送らせております」
「丘蒸気開通以来、正月と盆が一度に来たような忙しさだ」
「皆さん、小田原に降りた方々は箱根に足を伸ばす人もいますがここ小田原で一泊して江戸にお帰りになられます。お帰りまでにおみあげを当店でお買いになられるという方が多すぎます」
「材料の確保だけは切らすな。それは至上命令だ」
「五年したらこの騒動も治まりますかねえ。次に三島まで線路を伸ばすという噂ですや」
「何を言う。これだけの方々に買ってもらったんだ。お前は日本橋支店の店長になりたくはないのか。この中で一番できるやつを支店長にしてやる。一番頑張ったやつにさせる」
「へー」
九月二十六日
奥村屋
今から千年も昔のことじゃ。大和の国に竹取の翁というプラントハンターがいた。夫婦で仲睦まじく暮らしておったが、ある時竹林の中で光る竹を見つけた。不思議に思った竹取の翁がその竹の上部をナイフで切り裂くと中からは九センチほどの赤ん坊がかわいらしいことこの上ない女の子がいた。夫婦には、子供がいなかったのでそれはそれは大事に育てられた。プラントハンターである竹取の翁は、その女の子を拾ってからというもの山野の珍品というものにことごとく遭遇し、プラントハンターとしての名声を高めるとともに莫大な富を手に入れた。その女の子は、不思議なことに三か月もすれば、すくすくと成長し妙齢の娘へと成長した。皇室御用たつの名付け主に名前を決めてもらったところ、プリンセスカグヤという名前をいただいた。その名前を決める日、それは世間にプリンセスカグヤをお披露目する日であって、たいそうな舞踏会を開催し、多くの貴族を招いて大成功を収めた。
一目、プリンセスカグヤを見た男は貴賎を問わず、求婚を申し出た。当時の風習であれば夜、女をものしたものが勝者であってかの家の周りには男が群れをなして夜を待っておった。が、男が群れをなしておれば、抜け駆けするのも困難であり、抜け駆けをしようとするものは周りの男たちに袋だたきにあって半年の間、勝者は現れなかった。
そうこうするうち、最後に残ったのは今をときめく貴族の五人が残った。五人の求婚者に対し、プリンセスカグヤは、勝者を決めるための試練をそれぞれ一人一人にもうしつけた。あるものには、大和の国から中国までの海路千マイルを三日で行ける船を要求された。かの者は、たいそう大きな船をつくり、その船にありったけの絹の帆をはっていった。船が完成する前日に、台風がその船を襲い船は海中へと沈んでいった。かの者は借金に借金を重ねて船をつくっていたので、船が沈んでしまった翌日、いずこかへと行方をくらませた。またあるものには、一月に誤差が二分以内の時計を二台要求された。この要求を受け、かの者は錬金術師がすむという印度の先にある国を目指して旅だったが、船出をした日以降、かの者を見たものはいなかった。またあるものには、微粒子病が治る特効薬を要求された。かの者は、山中に押し入り微粒子病が効かない蚕を求めたが、ついに求める蚕は見つけることができなかった。またあるものには、火にくべても燃えない衣を要求された。かの者は、唐渡りを扱う商人に要求を満たすものを手に入れてほしいと懇願し、商人から手に入れた衣を手に翁の屋敷を訪ねた。そこで翁は、火中にその衣をくべたところ、かの衣は燃え尽きてしまった。そうして、また一人求婚者が脱落していった。またある者には、大和の国から三百マイル離れた国へ一日でいける車を要求された。かの者は、真っすぐな道をつくり、馬を大量に用意して真っすぐな道を走らせた。しかし、要求された距離の半分も進むことができなかった。
五人の求婚者全てが失敗した後、プリンセスカグヤの元に皇帝からの招集状が届いた。しかし、プリンセスカグヤは、この招集状を拒否いたした。この返事を聞いた皇帝は、竹取の翁の屋敷に出向いた。が、かの行列が屋敷に向かう峠を越えようとすると都に押し戻されてしまっていた。かの一行は、数度の挑戦をしたが結果は変わらなかった。
そうこうしているうちに、プリンセスカグヤは、三度目の八月の満月を迎えようとしていた。プリンセスカグヤは、八月の月が満ちてゆくのをみて、さめざめと泣くようになった。翁がその理由を問うと、「私はこの国の者ではございません。月の都に住む者で満月の日に月に帰らねばなりませぬ。それを思うと涙が止まらないのです。ほんの少しこの国にとどまるつもりでしたが翁と離れ離れになるのが嫌でとうとう私がこの国にいられる期限の三年がこようとしています」
一大事を告げられた翁は、大和の国中にお触れを出し、プリンセスカグヤを地上にとどめたものに望むもの全てを与えるとした。国中の腕自慢が翁の屋敷の周りに集まった。翁夫婦は、屋敷の一番奥にプリンセスカグヤとともに堅く手を握って絶対に手を離すまいとした。
八月の満月の日、日付が変わると家の周辺が昼間より明るくなった。翁たちは迎えが来たのだと一目でわかった。大空より蒸気機関車に乗り降りてきた。屋敷の周りを囲む者たちはそれに度肝を抜かれ、戦おうという気にはならなかった。何とか心を振り絞って弓を引こうとしたがついに弓は放たれることはなかった。
プリンセスカグヤは、列車に引き寄せられるように翁たちと引き離され、扉という扉があけ放たれ、客車の中に吸い込まれていった。客車に入ったプリンセスカグヤが月の衣を身にまとうと、さめざめと泣いていた面影はなくなり、プリンセスとしての威厳のみに包まれた。プリンセスカグヤが蒸気機関車でつきに立ち去った後、皇帝あてに不老不死の薬が残された。
不老不死の薬を手に使者が都の宮殿を訪ねると、皇帝はプリンセスカグヤのいないこの世に未練はないと申され、月に一番近い山はどこかと問われた。ここより東に二百マイルのところに天に最も近い山があると答申があった。不老不死の薬を手に使者は、かの山の山頂に登り、皇帝の命令通り不老不死の薬を焼いた。この後、この山を不死の山、不二山と人々はいうようになった。
「万延の竹取物語ね」
「仏蘭西にいった奴はたいそう、西洋かぶれになったのか」
「パリの美術館でみんなに理解してもらいやすく物語を構成したとある」
「ほんとかね。ただし、こちらの方が面白いな」
「この方が富嶽三十六景美術館にふさわしいと思ったのかね」
「俺は、モンブランの浮世絵の方が好きだな」
「パリを訪れる観光客に正しい日本を理解してもらいたいねえ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + gmail.com
第16話 |
第17話 |
第18話 |