仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第18話
万延元年(1860)十月二十五日
清が英仏と北京条約を結ぶ
「この後、仏蘭西はインドシナに専念か」
「亜米利加と英吉利は中国人をアメリカ大陸横断鉄道建設に動員したいようだ」
「残りの植民地候補は、アフリカ大陸をギシギシと列強間で奪い合いだ」
万延二年一月四日
パリ カルチェ=ラタン
「ヴェルヌ、お前さんに土産だ」
「ありがとう、モレ。で、これはなんだ、間宮林蔵物語の続編か」
「お前も富嶽三十六景美術館にいった口だな」
「ああ、俺が行った時は、極東探検家の話がおまけで貰えた」
「そこで手に入れたのだが、俺はお前さんが書きたいお手本になると思ってな。感想は目を通してからだ」
「はあ、空想科学小説そのもの。俺だっていつかは月面旅行を書いてやる。いい刺激になったよ」
「そうか、もらってきたかいがあったよ」
「俺も自分の小説を書いてこの浮世絵にしてもらう目標ができた。千年前の日本人にできて俺に出来ぬはずはない」
二月四日
亜米利加連合国を宣言し、亜米利加合衆国より南部が脱退する。いわゆる南北戦争のはじまり
三月一日
水戸藩江戸屋敷
「昨年度の鉄道収支を発表してもらいたい」
「財務担当の並木幸二と申します。鉄道導入費を含みますと、支出は五六七万両、収入は乗客が一日平均一一二三四人で四三万両の旅客収入と二万両の貨物収入なっております。ただし、開業日以降の数字をあげますと、支出が一八万両です」
「つまり、初期支出を除くと大幅な黒字であると言えるのか」
「百両の収入を得るために必要な費用は四十両となっております。財務方といたしましては、ゆえに当社が抱えております懸案事項に積極的に取り組んでいただきたくあります」
「解決すべき課題を受け付けるので、提案をしてもらいたい」
「六郷橋梁の損傷が激しく、数年のうちに取り換える必要があると思われます。つきましては、鉄橋にしたく思います」
「全線で複線化を成し遂げたくおもいます」
「車両に便所をつけたくお願いします」
「毎時一本の列車編成をおこないたくあります」
「三島に乗りいれる経路作成をお願いします」
「飛脚と組んで宅配便を始めたくあります」
「並木に問う。鉄橋、複線化、便所つきの列車を仏蘭西に発注してもよいか?増発もどうだ」
「問題ありません」
「三島までの経路候補をあげてくれ」
「建設が容易な経路は、箱根と富士の中間点を経由します、いわゆる御殿場線であります。この場合、蒸気機関車は二両必要となります。続きまして複数のトンネルを必要といたします熱海線です。目下、この技術的な課題を克服するのはかなりの困難が予想され、わが社のみで取り組みますと会社が破たんする可能性もあります」
「現時点での選択肢としては、御殿場線しかないだろう。路線設定が終われば用地買収に入ってくれ。ちなみに聞くが熱海線の場合、費用はいかほどであるか」
「五千万両かと」
「ふむ、これはわが社にとって一つの目標ができた。熱海を攻略する費用を用意いたせということだ。先に東海道を建設完了した後で熱海に温泉保養施設をつくる。社員とその家族が利用できるものとする」
「それで、最後の提案であるが渋沢、皆に理解できるように説明してくれ」
「現在、わが社が展開しているのは、武蔵国、相模国、伊豆国の三国となります。今のころ、日本全国のうちわずか三国ですが、東海道線が全線開通いたしますと、飛脚や馬借の人々の仕事を奪うことになります。ですので、今のうちに彼らと提携して西洋にある郵便なる制度を元に『飛脚便』というものを創設いたしたいと思います。従来の飛脚の集荷場所をそのまま使い、駅に隣接しました最寄りの貨物駅に荷物なり文をもちこみ、配送場所に一番近い駅までわが社の鉄道が請け負います。当社の駅から地元の飛脚に頼み目的地までを配達してもらいます。これは当社の貨物輸送量を大幅に増加させてくれますので、我々にも利点が大きいと思われます」
「つまり、朝日本橋の宿場町に荷物をもちこむと最短二日後には、熱海の旅館に荷物が届いているというものですか」
「ええ、東海道線が延びるとその分、時間短縮になります。当社の線路がある州のみを受け付けとすれば、営業方針もしっかりしてきます」
「どの大きさまで受け付けるのでしょうか」
「一斗の水が入った樽を用意いたしましょう。その中に荷物が入りかつ、その重量よりも小さいことを条件にすれば、背中に背負うなり、馬に運ばせるのも一つの州であれば一人で担当できるでしょう。ただし、目的地が駅から十里延びるごとに配達予定日を延ばす必要があるでしょう」
「最初は小さく三つの州で飛脚便を始めることとする。さらに、昨年の収支報告を世間に公表せよ。初期費用込みの数字で鉄道は儲からないという者がいてもよし、今年の収支をもって鉄道は儲かるものと思う者がいてもよし」
「以上をもちまして、第一回決算報告を終えます」
三月三日
露西亜が農奴解放をする
三月七日
日本橋 料亭梶
「この鉄道はもうかるな」
「初年度は、大幅な赤字でもそういえるのか」
「わかりやすくいうと、甲の街から乙の街まで今まで山越え谷を越え三日かかっていました。そこで商人がお金を出して両者の街をつなぐトンネルをつくりました。ここまでが初期費用だ。品目でいえば、機関車購入費、線路埋設費、駅舎建設費等だ。トンネルを通ると一日で甲から乙の街にいけるようになりました。皆、トンネルを通して街から街へ移動するようになりました。その際、トンネルの入り口に料金徴収係を置いてお金を取るようになっていましたが、二日を無駄にするよりその方が安上がりなので皆、お金を払ってトンネルを通るようになりました。ここで料金徴収係に払う給料が鉄道ダイヤを維持する費用、人件費や燃料費、修理費用等だ。でざっと見たところ、収益の半分で鉄道が走る。要するに仕入れが三割の商品を二割の人件費を払いながら皆買ってくれると言うわけさ」
「この東海道鉄道株式会社に入社する方法はないのか?」
「難しいだろう。この会社のすごいところは、現地修行主義だ。ビール会社にしても機関手も仏蘭西で見習いから始めたときく。要するに何か一芸に優れたものが必要なければ、水戸藩の次男坊三男坊で食えない者どもを雇うさ。お前、何か取り柄があったか?」
「俺が秋田出身なのを知っているだろう。雪かきは村一番といわれた」
「十年は必要ないだろうな。この会社は東海道に線路をひくことで設置願いを出しているんだ。東海道が全線開通したら雇ってくれといってみろ。俺の予想では、その後日本橋から水戸を経由して仙台まで線路を延ばすだろう。その際、その特技が役に立つだろう」
「十年も遊んでいられない」
「だったら、飛脚をするか。飛脚便なるものを始めるそうだ」
「従来の飛脚とどう違う」
「今まで一斗の酒を日本橋で買い、熱海で飲むとしたら何日かかってた?」
「船便で一週間か」
「船を乗せる分を鉄道に載せると三日で熱海につく。これははやる気がする」
「俺、飛脚便の応募に応じる。十年江戸で頑張って仙台でも飛脚便をする。だったら、どこで募集してるんだ。それ」
「四月一日より品川の車庫で受けつけるとある」
「その瓦版を見せろ。もう少し詳しい地図があるだろ」
「瓦版で思い出したんだが、どうして外人はあんなに古い浮世絵を欲しがるんだ」
「あーあ、あれか。下田にいくと外国人は浮世絵を売ってくれと日本人に声をかけるというやつか」
「たまに茶碗の緩衝材にしていた浮世絵があるとしわくちゃであろうとぜひ売ってくれと懇願するのをみると、外人に対する先入観が吹き飛んだ」
「お宝を発見した時のような顔を浮世絵でされると、そうかそんなにこんな半紙がほしかったかと思ってしまうのう」
「浮世絵を欲しがる西洋人を無礼討ちにする武士はいないらしい。周りから白い目で見られるのに耐えられんそうだ」
「とりあえず欲しがる奴がいるのだ。我が家でも浮世絵を家宝にしておくか」
「「「ははは」」」
(((とりあえず、家に帰ったらしわを伸ばして桐箪笥にいれとこう)))
文久元年四月三日
水戸藩江戸屋敷
「若様、父上はどうでした」
「ああ、最後は安らかに亡くなられた。水戸まで鉄道に乗って帰るのを果たせず、それだけが心残りであったと言われた」
「そうでしたか」
五月二十二日
常盤神社
「おい、今日の顔触れは豪華だぞ」
「南紀派こそ、本人が出席していないがそれ以外は、ほぼもれなく大名本人が出席している。仏蘭西は、駐日総領事だ」
「あれだな、今日は東海道鉄道株式会社の株主全てが集まっているのだ。うちの土地にもぜひ鉄道をひいてくださいという友好を温めるために集まったというわけさ」
「ああ、中山道は早くも人の流れが衰えたという話だ。南紀派が信濃上田藩主にいるだろ。宿場町に落ちる金が減るわ、それを見越していた人足も飛脚便に転職してしまったという話だ」
「赤鬼のところはどうだ?」
「あ奴も中山道組だな。あれは、北陸道も兼ねているから影響は軽微という話だ」
「どう思う。彦根藩を鉄道が走ると思うか?」
「無理がありすぎる。東海道なのに彦根を経由させるとなると関ヶ原経由だ。あそこは雪の難所ときく。鉄道にいいわけがない」
「それに東海道に鉄道を敷く許可を出したのは幕府だ。自分たちが出した許可を捻じ曲げて彦根経由にしてくれと言えば、では先に水戸まで線路を延ばしますと言われてしまいそうだ」
「では、幕府で中山道に線路をひくか?」
「難関がいくつかある」
「まずは金」
「これは何とかなるだろう」
「いや、これが難関よ。中山道は、木曽山脈越えともいえるほど、山がちの道だ。まっすぐな道ならば鉄道を走らせるのはそう難しくはないが、山越えをすると鉄道は一桁建設費が跳ね上がるそうだ。知り合いにきいたところ、東海道線を御殿場経由で線路をひくのもそのせいよ。熱海経由であれば、いつ完成するかわからないし、日本にある小判全てに匹敵する金がいるそうだ」
「箱根の山を越えるだけでそれだけの金がいるのか。はあ、信州越えは今では難しいのか。では、関ヶ原を経由して名古屋で東海道につなげるのはどうだ。これなら、支持を取り付けられるだろう」
「それこそ我田引鉄よ。いいか、赤鬼だけならそうしてもよい。大老の特権だ。東海道鉄道株式会社に関ヶ原経由で線路を引けと命令したとしよう。補助金を出してくれるなら東海道鉄道会社も関ヶ原経由でやるかもしれん。しかし、それはすでに南紀派ではない」
「そうか、南紀派は紀州、信州上田藩、会津藩があった」
「そうよ、紀州と信州上田を通過させる鉄道はない。もし彦根に線路をひかせたなら、もはや、赤鬼は本当に孤立無援よ。南紀派からの支持を全て失う」
「では、赤鬼が大老でいられるのはあと何年だ」
「それはわからんが、草津まで鉄道が延びるまで十年かと皆噂をしている。名古屋と草津を東海道沿いに鉄道が走ってみろ、その時から彦根の衰退がはじまる。少なくとも草津に経済の中心はうつる」
「では、ここにいるメンツは何を求めてここにいるのだ」
「二つあると思う。一つは、薩摩藩は東海道鉄道株式会社の大株主だ。東海道線が全線開通したら九州にも鉄道を引いてくれといい出すかもしれない。となれば、ひかれる線は二つかな」
「博多から熊本経由で鹿児島に至る経路と小倉から宮崎経由で鹿児島に至る経路のことか」
「まあ、これは熊本経由でほぼ決まりだろう。熊本から宮崎まで支線を延ばすかどうかというところかな」
「もしかしてもう一つは、仙台を目指す経路か」
「ああ、斉昭公も鉄道で水戸にいけなかったのを残念と言われておった。これは遺言とも言える。日本橋から水戸を経由して磐木経由で仙台を目指す経路のことか」
「では、路線経路はもう決まったも同然ではないか。余人が介入する余地はない。磐木経由であれば会津藩も無視できるではないか」
「そこまでは決まっている。しかし、地域振興のために例えば、我が藩は日本橋から高崎まで線路を引きたく幕府に願い出て許可が下りたとする。この後、お主ならどうする?」
「機関車と線路を買って機関車を走らせる。それだけのことよ」
「お主、機関車はどうやって手に入れる?」
「決まっておる。仏蘭西から買えばよい」
「それは、慶喜公が全権大使だからできたのだ。今だに日本では開港はしたが開国はしておらぬ。堂々と高崎に機関車を走らせてみろ、抜け荷を犯したとして領地没収よ」
「わかった、それは慶喜公に頼む」
「線路も慶喜公に頼んだとしよう。で、どうやって機関車を走らせる?」
「機関手を雇って走らせるにきまっておるわ」
「どこにその機関手がいるのだ」
「今度は、慶喜公に仏蘭西から機関手を雇ってもらい、慶喜公の機関手には頼らんぞ」
「その場合、おひとり機関手を雇うだけで百両がかかるという話だ」
「それはどこの上級藩士の話だ。石高表示にすれば、千石取りにも匹敵する」
「だから、仏蘭西人でなく日本人にしておけ、一桁少なくて済む。つまり、慶喜公のところにいる師範機関手に習うんだ。二年もすれば正機関手になれる」
「お主のいいたいことはよーーーく分かった。つまり、金があっても鉄道を走らせるのであれば全て慶喜公に頭を下げよといいたのであるな」
「しかし、頭を下げれば日本橋と一日でつながる。お主も小田原が大繁盛しておるのを聞いておろう。二匹目の泥鰌をみんな狙っておるのよ」
「そうか、それで高崎藩主、熊本藩主、長崎藩主、福岡藩主はあんなにそわそわしておるのか」
「お主は気楽でよいのう」
「ああ、四国はいつになったら鉄道が走ることやら。お主、予想してくれないか」
「そうよの。四国山脈は急峻ときく。本州の次が九州、それから北海道、次に樺太に鉄道が走って二十年かね。四国はその後でどうだ?」
「ああ、うちの連中もそうなると言っておった」
「良かったではないか、琉球より早いだろ」
「お主、琉球に鉄道を走らせるつもりか」
「いや、ない」
「よござんす、うちは最後尾よ。そわそわできる連中がうらやましいね」
「あ、それ本音だろ」
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