仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第19話

 文久元年(1861)六月六日

 御殿場 とある庄屋

 「だから土地は売ってもよい。その対価に東海道鉄道株式会社の株をくれと言ってるのだ」

 「‥‥‥」

 「わかりました。上司に検討してもらいますのでまたきます」

 「おう、いい返事を期待しておるぞ」

 

 

 六月七日

 水戸藩江戸屋敷

 「社長、御殿場の地主から土地を売る対価として東海道鉄道株式会社の株を求める要望がありました」

 「そうか、御殿場だからな。将来、熱海経由で東海道線が走ってみろ。さびれるのは目に見えている。だったら、成長性著しいわが社の株を取得したい気にはなるな」

 「いかがいたします」

 「会長に話を通さねばならぬが多分、話は通せるであろう。問題は、わが社の株の評価だ。土地代に見合った株を渡すとなると、額面で渡すと筋が通っておらぬ、ここが厄介だ」

 「いや、額面で渡すとこちらの損か。土地代の代わりに額面で株を放出するのだ。時価より渡す株が増えてしまう。こちらが損をするのであればよい。土地代に見合った分だけわが社の株を額面で渡してやれ。わが社の株が一株を二つに分割できるようになったとき、積極的に分割する。そうすれば、時価の株が額面株の二倍を超えないようにできる。つまり、土地代の対価として渡す株は、時価評価の二倍量までですむ。以上の方針で取り組んでくれ」

 「了解しました」

 

 

 七月一日

 小田原駅

 「国府津と小田原間は複々線化ですか」

 「将来、東海道線が熱海経由で走るようになるのを見越しての話だ。御殿場線を小田原まで走らせる支線扱いにするためそうなるようだ。最も機関車が二つ必要な路線だ。乗客の皆様に当分の間、御殿場線に乗り換えてもらうための措置よ。会長が尽力したおかげで御殿場線に関所改めを乗車してもらえる話にまとまったからな」

 「おう、箱根の関は、馬で越えるんじゃない。御殿場線に乗ってる最中に検札してもらうんだ」

 「工事も難航してますからねえ。最大勾配が1/40。これ以上の数字を出すなというのが会社の方針になりましたし」

 「トンネルが七つもあるからなあ。山道区間は複線分購入したが、当分の間単線だろう」

 「トンネル掘り名人二人を呼んで競わせてますから」

 「後は、雨期に山崩れが落ちた時に複線のうち片方の線路が残るのを期待するために複線にするつもりだがこれは、駿河に乗りいれた後の話だな」

 「三島に乗りいれるのは早くて一年後、先に駿河城のおひざ元府中まで用地買収と線路埋設が済んでしまうな」

 

 

 八月八日

 御殿場 とある庄屋

 「なんだい、あんたのとこに土地は売ってしまったが、なにかまだあるんかい」

 「本日は、樺太麦酒からお願いにあがりました。まずは、この麦酒なる飲料をお試しください」

 「これは、夏にぴったりの飲み物だね。仕事が終わった後に一杯といきたいねえ」

 「実は、ようやく国内でこの麦酒を生産できるようになりましたが、ホップは冷涼な気候を好みまして、ぜひこの富士と箱根に囲まれた御殿場でこのホップの生産をしていただきたくて参りました」

 「これは、村いっぱいに生産してよいのか」

 「今のところ駅を利用される方々のために生産をしています。東海道線が全通すればその時は、村一面に植えられたホップを買い取らせていただくことになると思われます」

 「よろしい、これを生産して御殿場駅まで運べばいいんですな」

 「はい、ぜひともお願いします」

 

 

 十月二十日

 桂御所付近の民家

 「和宮一行の出発か。しかし、えらく指図が細かいな」

 「十四代目の権威を高めるために宿老様が考え出した策よ。おかげで行列が三万人、十二里に渡って続くらしい」

 「えらい出費や。東海道筋の大名がぼやくやろ。警備に駆り出されてなあ」

 「付近の住民もえらい迷惑や。住民の外出も見物も駄目やて。犬も猫も通りから排除やて。火の用心に鐘も鳴らすなとわね」

 「犬公方みたいや」

 

 

 十一月三日

 小田原駅

 「和宮様、八つ時となりましたが今日中に江戸城内の清水屋敷に入っていただきます」

 「ここはまだ小田原でしょう。後三日はかかるのではないんか」

 「和宮様一行は、これより蒸気機関車に乗車していただきます。日本橋に到着予定時刻は夕暮れ六つ半になります」

 「そちのゆうことを信じましょう」

 「ありがとうございます。一行は蒸気機関車一編成を貸し切り、日本橋駅まで一刻半の列車旅をお楽しみください」

 

 

 日本橋駅

 「これからは、大名行列も意味ないな」

 「ああ、小田原から日本橋駅に列車一編成を借り上げてそのまま江戸城に御挨拶に行く。諸藩の勘定方はえらい喜んでるそうや。そら、ものすごい経費節減やしな」

 「庶民も『下――に、下――に』と言われないし、大名同士が街道ですれ違うこともない。列車でほんの瞬きの間にすれ違うだけだしな」

 「おかげで和宮様の一行は、東海道経由や。警備のことを考えたら、川止めに遭いかねない東海道は遠慮する予定やったけど、はやく江戸城に入ってもらうためには、鉄道に乗ってもらう方が早い。庶民にも迷惑をかけなくてすむしな」

 

 

 十一月十三日

 京都御所

 「陛下、和宮様より陛下宛に文が届いています」

 「どれどれ」

 前略、桂離宮を出てから江戸へ到着するまでの十五日の日数が必要でした。初めて京を出た旅が江戸を目指す旅で、幕府と朝廷の威厳を示すために、道中の民には様々な不便をかけてしまいました。私たちの行列を見物するのも外出に商売も禁止。気の重い旅でしたが旅の最終日に気が晴れることがありました。八つ時に小田原に到着いたしたときは、この旅も後三日と思っておりましたが、そこで駅なるところから一行は、鉄道で蒸気機関車なるもので暮れの六つ半には、日本橋に到着いたしました。男の方なら馬で一刻に十里を進まれる方もおられるでしょう。しかし、わたくしは女、馬に乗ったことなどございません。私が知っているのは牛車で移動したぐらいでしたが、この蒸気機関車は男女関係なく一刻に十四里を走ることができます。しかもすいすいと進む中を周りの風景を見るのが楽しくてなりませんでした。この鉄道なるもの、江戸では十年もすれば京まで線路を延ばすという噂でもちきりだそうです。これこそ皇族の乗りものだと思いましたがわたくしにも楽しみができました。京まで一日でいけるようになりますと、兄様に会いに帰京するのを楽しみにしておきます。此度は無事に江戸に着いたことを報告いたしたく筆をとりました。 

 

 

 文久元年十一月四日 和宮

 「和宮が無事、江戸に着いた報告をしてまいった。そして、蒸気機関車なるものに乗ったのが楽しくてならなんだとある。これに乗れば江戸から京まで一日とあるがどうだ」

 「江戸との往復をしたものは幾人かすでに利用しているとのことです。まだ小田原までしか線路が延びていませんが、京まで線路が延びますと確かに一日で京から江戸へ行くことができると利用したものはそう述べていました」

 「そうか、そんなに素晴らしいものか」

 「ただ、これは我々の技術ではございませぬ。通商条約を結ぼうとした際、攘夷を唱えた者が対象とした夷荻の技術であり、それゆえ陛下の口上にのぼるのを控えておりました」

 「ふむ。では、その攘夷を唱えた者が蒸気機関車に乗るとどうなるのだ?」

 「これはこれですばらしい。しかし、攘夷はやめぬ。という者もいます。また、このような技術を習得せねばこれを発明した文明に対抗できぬと現実論を唱える者もいます」

 「そうか、世間は攘夷一色から蒸気機関車に称賛を与えるまでに変化しはったか」

 

 

 文久二年一月五日

 江戸城

 「幕府も焼きが回ったな。身分は降嫁した内親王和宮の方が高く、将軍はその下という位置づけ」

 「では、これからおこなわれる将軍と内親王との婚儀は、前例がないものになるのか?」

 「なるだろう。おおざっぱにいえば、よくぞいらっしゃいましたご主人様、臣下である将軍は、この日を一日千秋の思いでお待ちしておりました。どうぞこれからも大奥を自分の家とお思いでお使いください、てな具合かね」

 「竹取物語ではないが千年の年月をさかのぼったような感じかね」

 「武士が貴族の番犬であったころの話かね」

 「婚礼の儀の最後に、将軍よりお言葉があります」

 「此度の婚礼に多くの者が参加してくれてその苦労に礼をいう。さて、京より正室がまいったが、こちらからもその礼をせねばならぬ。そして考え抜いた後、こちらからも京に働きかけをせねばなるまい。我は紀州からやってきた者であり、京は和泉と摂津を越えればその次の国にあたる。よって、紀州から鉄道をひき京までの道をつくるものとする。そして、これをなす組織を中山道鉄道株式会社とする。京より東の道はその名前の通りじゃ」

 

 

 一月二十日

 日本橋 料亭梶

 「で、臣下たる将軍様が発表いたした中山道鉄道株式会社の中身はどうでしたか」

 「その前に、あの発表は見事だね。世間の注目は、二番目の鉄道会社に向かった。臣下たる将軍の地位に目をくれるものはいなかった」

 「なるほど、畿内最初の鉄道会社になるのですからねえ。ほうほう、そのもくろみは成功でしたか。で、中身はどうなのさ」

 「これは、赤鬼が考え出した策略の匂いがぷんぷんするね」

 「やはりそう来たか。やっこさん、相当追い詰められておったからな」

 「南紀派の結束を維持するために、皇族を担ぎ出しおった。大坂から中山道を経由させて江戸まで線路をひけば自前の藩も通り、一橋派に負けない結束を得ることができる」

 「が、ここで問題となるのは神輿に担ぎ出した十四代目よ。十四代目が支持しなければ大老の地位もない。そして紀州も黙っておらぬ」

 「そこで紀州と京を結び付けるために、皇室との婚儀か」

 「この場合、紀州に鉄道を走らせますと言われれば、神輿の十四代目も納得するわ」

 「で、金は誰が出すの?」

 「近江出身の豪商だね。近江の国が線路沿いから外れるとわかっているため、故郷のために一肌脱いだようだ」

 「どれだけ?」

 「百万両と後は紀州藩、彦根藩、信濃上田藩、会津藩、高松藩が負担した百一万両」

 「ほう、形の上では武家が過半数か」

 「そう、社長は高松藩主で、会長は会津藩主」

 「ま、そうしなけりゃ、路線上にない会津藩と高松藩は納得しないわな」

 「なるほど、近江商人といえば多くが彦根藩と重なる。藩主から持ちかけたのかそれとも金の匂いを嗅いだ商人から持ちかけたのかわからんが双方の思惑が一致したと」

 「そういうこと、事務方は複式簿記の得意な近江商人が担当するから金の管理はしっかりするというわけさ」

 「そうすると、建設はいつからになりそうなのか?」

 「これから仏蘭西に線路と機関車の買い出しで戻ってくるまで一年。その間並行して用地買収を仕掛けるとして、一年半ほどかね。となると列車が走りだすまでに最低一年半」

 「で、東海道鉄道株式会社の対策は?」

 「うーん、対策を練ってる最中だろうね。俺だったら、先に大坂と京の間を先に鉄道で走らせるね。先行利益は大きいからね」

 「なるほど、先に三都を押さえる手か。先手必勝というやつね」

 「俺は、中山道株式会社といいつつ紀州という南海道から始める会社に対抗して、水戸まで線路を延ばすよ」

 「そういえば、水戸藩江戸屋敷は線路がまだない」

 

 

 三月一日

 水戸藩江戸屋敷

 「昨年度の鉄道収支を発表してもらいたい」

 「財務担当の並木幸二と申します。今年は、仮に今稼働している部分を小田原線とします。この区間での収支は、一日当たり一万六千人。九十万両の旅客収入と十二万両の貨物収入がございました。後、手数料などで一万両の収入がありました。支出は、小田原区間で三十万両。御殿場区間で六十万両でした。営業収支は、小田原区間で百両の収入を得るために三十両を必要としました。新設工事を含みましても黒字を計上いたしました」

 「此度は、中山道鉄道株式会社への対抗策に意見を求めたい」

 「我々も水戸まで路線を延ばすべきです」

 「先に大坂と京を結んで客をごっそりいただきましょう。後、二年の猶予があります」

 「渋沢、京と大阪を結ぶ案だが魅力的か」

 「私は、大坂と京の人口を合わせても江戸の人口に及ばないことを考慮いたしますと、魅力的とは言えません。御殿場線に手を出していない地点なら三都を押さえる利点は大きいかもしれませんが、今は御殿場線に協力していってくれた人々を満足させねばなりません。また、今年の貨物収入は、旅客収入よりも伸びが大きくなっています。これは協力してくれた飛脚便の尽力が大きいと思われます。彼らのためには江戸発の貨物を増やすことです。このまま路線を延長させるのがいいと思います」

 「では、水戸まで線路を延ばすか?」

 「これにも反対します。仮に水戸まで線路を延ばすのを先にしますと我々と友好的な名古屋藩がへそを曲げかねません。我々の今いる水戸藩江戸屋敷でさえ鉄道が来ていないのです。このことをもって水戸藩江戸屋敷まで線路を延ばすのは当然とお思いの方もいるでしょうが、その場合、本社を品川に移せばよいのです。水戸藩でさえ鉄道の恩恵に預からず、ひたすら名古屋を目指したとき、名古屋藩から最大の支援をいただけるでしょう。今はひたすら名古屋を目指して西進すればよいと考えています」

 「では、並木に問う。名古屋に乗りいれるまでどのくらいの日数が必要か?」

 「今年七月に駿河府中に乗りいれ、岡崎に来年七月、名古屋とここ水戸藩江戸屋敷までの伸長を翌々年の七月というのはどうでしょうか」

 「では、中山道鉄道株式会社への対策は、一路名古屋を目指すこととする。名古屋へ線路を延ばすと同時にここ水戸藩江戸屋敷に線路延長をおこなう。ここは武蔵の国ゆえ、新たな届は必要ない故な」

 「また、昨年の用地買収の際、御殿場の庄屋から求められた東海道鉄道株式会社の株式を地代と交換いたす方法は、今後も継続し地代に見合うだけの株式を額面価格で交換するのを可能とする。なお、わが社の損害を最小限といたすために額面の二倍の評価をいただいた時には株式を分割するものとする」

 「以上をもちまして第二回決算報告を終えます」

 

 

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