仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第20話

 文久二年(1862)三月三日

 東海道鉄道株式会社 株主構成

 徳川慶喜 53%

 水戸藩 18%

 島津斉彬 18%

 仏蘭西政府 10%

 その他少数株主

 

 中山道鉄道株式会社 株主構成

 近江商人 49%

 紀州藩五十六万石 21%

 彦根藩三十五万石 14%

 会津藩二十三万石 9%

 高松藩十二万石 5%

 信州上田藩五万石 2%

 

 

 四月一日

 中山道鉄道株式会社本社 摂津 梅田

 「私こと下村彦衛門は商人として、大坂と京との間に鉄道を敷くことを提案いたします」

 「それは、紀州から線路を延ばす初期の約束が果たせない」

 「京と大坂を結んだ後、和歌山まで線路を延ばせばよい」

 「将軍の言葉を無視するつもりか」

 「会社として最大限の利益を追求するのが使命であって、手順は前後してもよい」

 「なぜ、そうまで固執する?」

 「会社の権利を過半数確保しておれば商人の理屈が通るからだ」

 「では、その中身は?」

 「近江商人と信州上田藩の持ち株である」

 「信州松平藩から派遣された松平寛治殿にお聞きする。先の言葉に偽りはござらぬか?」

 「偽りはござらぬ。藩主が内政をないがしろにしておったため、当藩の金庫は近江商人が管理しておる。ゆえに我が藩の持ち株は、近江商人の決議に従う」

 「では、議事進行を円滑にいたすために当社の代表権を専務である私に付与いたす提案をいたします。下村彦衛門が代表にふさわしいと思われる方は挙手をお願いします。では、過半数の賛成があったとみなして、私がこれ以降代表を務めさせていただきます」

 「革命だ」

 「では、わが社の方針を述べさせていただきます。仏蘭西からの機材が到着するまでに梅田から淀川に橋を掛けて京の四条河原町までの線路用地を買収し更地にしておきます。仏蘭西からの船が戻り次第、線路を埋設してゆきます。それまでに、飛脚及び馬借と協力して馬借便を始めることを周知してください。なお次回の取締役会は二ヶ月後にします」

 

 

 紀州藩大坂屋敷

 「松平寛治殿、貴藩はいつから商人に藩政を預けるようになったのですか」

 「決定的になりましたのは、南紀派に固執しました前藩主が藩政を顧みないで幕府にのめりこんだせいです。我が藩はたかだか五万石。それなのに琉球を支配し砂糖を独占している島津藩と張り合うのです。たちまち借金で首が回らなくなりました」

 「‥‥‥」

 「高松藩はどうですか、その点に関して」

 「我が藩は、特産品として讃岐三白(和三盆、塩田、綿)がありますから幾分余裕があります」

 「では、石高で負担を割り振った我々の過失もあるやもしれぬ。とりあえず、相手の過失を待ちましょうか」

 「やむを得ないでしょう。世間に将軍が公表した鉄道会社ですからいまさらやめるわけにはいかぬし」

 (((そうか、気前よく近江商人が金を貸してくれたのはこういったお膳立てがあったせいか。はて、我が藩に貸してくれた分は元が取れるか。今は傍観もやむなしか。第二の信州上田藩候補は高松藩であるな。あそこは、現藩主の正室が彦根藩出身でありながら水戸藩の分家といつ一橋派に寝返るやもしれぬ振り子ゆえ)))

 

 

 中山道鉄道株式会社本社 摂津 梅田

 「よき時代となりましたな、専務」

 「いえいえ、これからでございます。結果を出さねば武家が騒ぎ出すでしょう。最初に代表権を渡せと言ってきますでしょう」

 「そうですな、しかも敵は強敵ですし江戸を押さえられている分、我々に有利な点がない」

 「この際、先達は利用させていただきましょう。あちらと同じ規格と商法を使いましょう」

 「うちの番頭がつてを使って、あちらの機関手に一本釣りをしかけたのですが駄目でしたな」

 「私のところは、年棒五十両でしかけましたが断られました」

 「それはやむをえないでしょう、師範機関手は仏蘭西で同じ釜を食った仲、そうそう特別な事情がなければ寝返りませんでしょう。万に一つ寝返ってくれればよいというこちらに損はない良き手ですが」

 「で、東海道鉄道株式会社とことを構えるのですか?」

 「あちらは、創始者が株の過半数を確保しているのです。結束は固く、社長は我々並みかそれ以上の知恵袋。我々は、二匹目の泥鰌を狙いましょう。畿内をいただいてからあちらのことを考えましょうか」

 「そうですな、本音を言えば株と地代を交換する鮮やかな手腕も導入したかったのですが、はした株といえど、武家に株を買われてはそのうち過半数を押さえられてしまいます」

 「我々も兜を締めなければなりませぬな」

 「ええ、二年目から黒字にするのを当面の目標とおおもいください」

 「開国しておれば、我々も仏蘭西に機関手を修行の旅に出すのですがね」

 「仏蘭西の御機嫌も取らねばなりませんな。線路の埋設、ダイヤグラム、機関手、総支配人でざっと仏蘭西人に払う金が初年度四千両、次年度以降二千両」

 「いやはや、師範機関手をひきぬきたくなりますなあ」

 

 

 五月五日

 仏蘭西軍、プエブラでメキシコ軍に敗退する

 「すこし、三世は一世を意識しすぎの感がある」

 「インドシナとメキシコの同時作戦をすると、てんてこ舞いになってしまう」

 

 

 六月五日

 仏蘭西がベトナムで三省を獲得する

 

 

 七月一日

 小田原駅

 「小田原駅発府中行き、一番列車が発車いたします」

 「御殿場線にできた駅が松田駅、次の御殿場駅。この御殿場駅はしばらく停車していてもいいかとも思うね」

 「ちょうど、富士山と箱根山の中間にある駅ですから見晴らしもいいですし」

 「会長、府中まで一度の乗り換えでいけるようになりますと富士山頂にのぼる人も増えるのでしょうか」

 「頑張る人は、日本橋駅を早朝出て御殿場駅で降りれば山頂で翌日の御来光を拝めるかもしれないね」

 「しかし、箱根の関所はこれからどうなるのでしょうか」

 「関所に詰めている定番の大半は国府津駅と三島駅に異動になっている。これからは文字通り山の上からの監視業務が主体となるだろう」

 「そのうち、箱根の関所を通る人数が減れば廃止になるのでしょうか」

 「品川沖で入港する船に武器を隠す方がたくさん抜け荷も入れられるし、そちらを優先すべきだろう」

 「私でしたら、開国するような事態になれば箱根の関所にいた人員から入管管理を担当する人員に割り当てますよ」

 「町民は蒸気機関車で西洋に触れたからねえ。自由に国外に出たいメンツも現れるだろうし、申請さえすれば蒸気機関車を仏蘭西から購入して樺太で鉄道会社を運営したい商人もいるだろう」

 「そうですねえ。わが社に関連いたしますと機関士から樺太産の石炭を使いたいとの要望があがっております」

 「筑豊では不足か?」

 「量としては問題ありません。機関士達がいいだしたのは、御殿場線の急勾配をのぼるために多量の石炭を必要とし始めたのが原因です。良質の石炭を使えば使用する石炭が半分で済むようになります。逆に泥混じりの泥炭になりますと火力を蒸気圧に変換できなくて列車が勾配をのぼれない事態に陥ると申しております。機関士達は質のいい石炭が採れる樺太産の石炭を使いたいといってきています」

 「思わぬところから樺太開発に寄与することになりそうですねえ。樺太に入居した連中のためにも樺太から石炭を購入いたしましょう」

 「しかし、我々は幕府のしりぬぐいをしている感もします」

 「富士川には、61mの橋げたを九連結でつなげていますが、幕府が橋をつくっておればもっと作業ははかどっていてもよいはずです」

 「ひとつには技術的に未熟だったせいもあろう。日本三大急流のひとつである富士川に木製の橋をかけた場合、いつ何時流されるやもしれぬ。だったら、最初からかけぬ方がいいという考え方もある」

 「しかし、多すぎます。富士川の次に待っているのは、安倍川、大井川、天竜川と来年の工事は、山越えから川越えと名前が変わっただけで難所が続きます」

 「それでは、中山道を通すか?」

 「それはもっとご勘弁を、これ以上の難工事ときいております」

 「鉄道の線路で川越えができるようになれば、歩行者向けに橋をかけぬわけにはいくまい。我々が東海道沿いに橋をかける先達になっておると思えば文句も出まい」

 

 

 七月八日

 仏蘭西経済・財務・産業省

 「我々は、日本を代表して仏蘭西から鉄道一式を導入したい」

 「規格は?」

 「前例踏襲でよい。慶喜と同じ寸法でよい」

 「で、予算は?」

 「小判百万両、銀で百万両」

 「中村喜助訳→洋銀で五百万枚相当であり、三千万フラン」

 「では、こちらが薦める距離は、四十キロに線路をひくというものだが」

 「問題ない。摂津梅田と四条河原町間は四十八キロである。それとこれはその路線図だ。河口に橋を架ける必要がある」

 「了承した。では、線路と機関車を購入する前に確認するが前例踏襲ということなので標準軌でよいのだな」

 「問題ない」

 「では、三ヶ月後に機関車十台とその付属設備一式をジャポンに輸送するものとする」

 「後、機関手等にあてはあるか」

 「残念ながら、貴国で研修をしておった連中に渡りをつけたが逃げられた。何とかそちらで専門家を派遣してもらいたい」

 「わかりました。しかし、ジャポンに派遣するとなると彼らの人件費を御存知で?」

 「機関手で百両、差配役ともなれば千両を超すとか」

 「我が国の相場を御存知ならよろしい。こちらから有資格者にあたってみましょう」

 「ところで、話はかわるがジャポンといえば浮世絵。この『裏切り』という話を御存知かな?」

 「中村訳→邦題は、関ヶ原です」

 「慶応九年に戦った天下分け目の決戦でしょう」

 「この表紙を陸軍の参謀に見せたのだが、見事に予想を外した。だれが浮世絵で陣形を描かれているのを見て、西軍の見事な鶴翼の陣が負けると思うだろうか」

 「そうですねえ、我々はその決戦で勝ち戦をした者たちが作った社会で生きているので仏蘭西でそのような西軍が勝つだろうという発想はできませんでした」

 「なるほど、日本人であれば反対に客観的な判断が出来ぬというものか」

 「では、お主が薦めるこの話の盛り上がりはどこに置く」

 「我々からしてみれば、正午になっても寝返りに応じない小早川軍に鉄砲を打ちこんで戦況を一変させたところです」

 「ふむ、それも一興。しかし、薩摩の撤退ぶりはいかがか。私は、敗戦が決まった後で見事な殿を務めた薩摩隼人に称賛を与える」

 「そうですなあ、仏蘭西では騎士道にあたりますか?」

 「主君に忠誠をつくす点で実にすばらしい」

 「このため、薩摩の大将を逃がした東軍は戦後の処罰で薩摩に罰則を突き付けることができませんでした」

 「ふむ、薩摩の騎士道に敬意を示したと言えるのでしょう」

 「後、寝返りをした小早川軍ですが、西軍にその本家といわれる毛利軍がいたことも面白いと言えるでしょう。当時、戦争に参加した勢力の多くは両方に一族の兵を送りどちらが勝っても一族の繁栄を願った点でも興味深いものがあるかと」

 「なるほど、多くの者はその戦いでどちらが勝つか測りかねていたというわけですね」

 「後は、西軍にまとまりがなかったのも事実です」

 「この浮世絵にはでてきませんでしたが、西軍の副大将とも言える宇喜多軍は東軍の激しい切り崩しにあって、武将を三、四人ほど出奔されてしまっています。東軍は調略によって、西軍の戦力をかなり削っています」

 「なるほど、版画にできぬ部分まで教えてもらいかたじけない。今日は有意義な話し合いでした」

 

 

 シャンゼリア

 「中村殿、仏蘭西でも浮世絵ははやっているのでしょうか」

 「お二人にご案内したいところがございます。隣の区画までついてきてもらいたい」

 

 

 オペラ界隈

 「‥‥‥」

 「仏蘭西語はわからぬが、浮世絵を展示している宮殿でござろうか」

 「正式名称を富嶽三十六景美術館といいます。浮世絵の展示では世界一の美術館でございます」

 「あの、庶民の見る浮世絵でござるか」

 「中に入れば、北斎漫画等、広範囲にわたって浮世絵の展示がされております」

 

 

 富嶽三十六景美術館

 「これは、中村殿。本日はどのような御用件で?」

 「ジャポンから機関車の買い付けに来た同僚のパリ見物を案内しておる」

 「そうですか、ごゆっくりとどうぞ」

 「お主、この美術館の顔か?」

 「私も浮世絵関係者よ。お主は、ここに売りものとなっている浮世絵作品『ダルタニャン物語』を御存じか」

 「もちろんよ、翻訳者がかわったがなかなか読ませる話よ」

 「では、私がその翻訳者と言ったらどうだ」

 「お主、日本では浮世絵で丘蒸気が買えるという話が流れておるがその中の一人か」

 「丘蒸気を一編成買うまでには至っておらぬが、一両であれば買えるかもしれぬ」

 「ではお主にきく。末は機関手か浮世絵絵師になれという昨今の日本の風潮をどう思われる」

 「平和でよいではないか。浮世絵に国境はない。どの国にいっても受け入れてもらえるぞ。そうそう、たまにこの美術館に展示されておらぬ浮世絵の作品を下田で手に入れた商人がこの美術館にないことを確認するために来る。そうすると、この博物館にないとわかるとその商人は一攫千金を手にしたこととなる。日本に浮世絵の買い付けにいくのは平和でかつ日本にその魅力があるという点ですばらしい」

 「ちなみにこの博物館にない作品を手にしたらどの程度の評価を受けるのだ」

 「千両箱がいくつ積みあがるかな」

 「「ひゃあああ」」

 

 

 

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