仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第21話

 文久二年(1862)九月二十二日

 日本橋

 「てーへんだ、てーへんだ。下田で亜米利加人の殺しだ。詳しくはこの瓦版で」

 「ひとつくれ」

 「俺にもくれ」

 

 

 料亭梶

 「何々、(旧暦)八月二十一日、亜米利加人ポール=カマロが死体となっているのを当日、食事の誘いに来た同僚が発見した。死因は、ナイフで頸動脈を一撃。室内を土足で上がり、足跡多数を残し室内を物色した跡がうかがわれた」

 「前日、英吉利人であるカール=ロビンと激しく浮世絵の買い付けで応酬。ポールがカールの買値より高い値を提示したため、下田に持ち込まれた一枚の浮世絵は、ポールの手に渡った。このやり取りをした現場は、多数の見物人が目撃していた」

 「現場に残されたナイフが英吉利製であることのほか、現場に残された靴跡が英国製靴に特徴的な先端がとがった靴をしていたことから、下田にいた英吉利製の靴を履いた男性をしらみつぶしに探したところ、靴跡の大きさから該当する人物はカール一人ということとなり、下田の奉行所でカールは牢に入れられた」

 「かくて、浮世絵殺人事件は、現場死体の下に残された血塗られた浮世絵が残されるのみとなった」

 「浮世絵も罪深き品物になってしまったな」

 

 

 下田奉行所

 「全権大使に連絡をせよ。いや、私が下田奉行所を代表して水戸藩江戸屋敷に参る。外国人同士の犯罪の裁き方を習ってくる」

 「後は、そちたちに任せる」

 「ははっ」

 

 

 九月二十二日

 水戸藩江戸屋敷

 「会長、下田奉行が会見を要望されています」

 「会長室に御案内して」

 「失礼します。下田奉行の星野と申します。先日おきました外国人同士の殺傷事件に対するご意見をうかがいに来ました」

 「奉行にお伺いいたしますが、犯人が英吉利人で殺されたのが亜米利加人で間違いはございませんか?」

 「それは、間違いございません。下田は、長崎の出島と同じような街で用がない日本人は入ることができません。そのため、事件の関係者をしぼるのは簡単でした」

 「奉行は、この事件をどのようにしたいのでしょうか」

 「できれば、日本人と同じようにさばきたく思います」

 「強盗殺人としてさばきたいと」

 「ええ、はずみで殺したとかいった情状を考慮しない分気楽な事件ですが、相手は外国人です、バッサリ判決を出していいものかと」

 「出してください。日本人と外国人との間に起こった事件なら事件に対して当事国が口出しをする場合もあるでしょうが、外国人同士なのですから異国の者に対し領土をもつ国の法律で裁いたで良いではありませんか」

 「では、外国人としての配慮はいたさなくてもよいのですね」

 「ええ、英語に堪能な通訳さえいれば問題ありません。後は、日本人の時と同じで第三者からの突っつきを無視することですね」

 「ありがとうございました」

 

 

 文久三年一月八日

 江戸城大広間

 「皆のもの、本日集まってもらったのは他でもない。八年前、一橋家から一つ提案がされておった商人にも年貢を課すというものだ。これは全国一律でなさねば税がない藩に商人が逃げ込むことがあり得るゆえ、全国一律に法を執行してもらいたい。文久五年一月より施行いたす法は、店舗を構えている商人の売上一割を納税させるものとする。なお、これだけでは商人に一方的になるので鉄道が開通いたした関は廃止するものとし、士農工商を士平に変更いたすものとする」

 「ははっ」

 

 

 料亭梶

 「今回、将軍より提示のあった増税案をどうみる?」

 「幕府も金がなくなったというにつきるか」

 「三百年前に定められた法を次代に合わせて変えてゆかねばならぬのも事実よ」

 「商人が実質、借金で首が回らなくなった大名家を取り仕切っている例は多分にある」

 「その士農工商で一番下にあるはずの商人から税を取り立てるのは理にはかなっておる」

 「商人のうち、棒手売を課税対象から排除したのは中小業者を保護する意味で理解を得るだろう。最も零細業者から取り立てるのは骨が折れる割に身入りが少ないというのもある」

 「棒手売は、仕入れが相模沖で売るのが江戸というようにどちらで納めるべきか悩むという場合がある。こんな場合、店舗売りならば店舗のある場所を抱える藩におさめるというので統一すれば問題も回避しやすい」

 「では、商人が多い三都を抱える幕府が一番恩恵を得るか」

 「ああ、全国一律で実施せねば商人は本店を八丈島といった離島にでも移して税逃れをするだろうしな」

 「しかし、赤字を抱える大名が多いのだ。この法に反対する大名はほぼいまい」

 「大名の中には、まってましたと心の中でそう思うものが多いだろう」

 「しかも、増税案を一橋家に押し付けおったしな」

 

 

 二月一日

 日本橋奥村屋

 「へー、こんなのを出すんですかい」

 「ああ、再来年から導入される増税が実施されるまでに稼いでおかねばならぬからな」

 「いや、世間はますます末は浮世絵師か機関手かという風潮になるでしょ」

 ほんの少し昔のことじゃ、ある者が遠い遠い地に三十六枚の富嶽三十六景をもちこんだ。その地では万国博覧会が開かれており、多くの見物客であふれておった。展示する物がないと困ったことになるので、試しに富嶽三十六景を展示したところ、見物客はたいそうその絵を気に入り、その展示場は人でごったかえした。なにせ、明るい色遣いが好まれる土地柄ゆえ、プルシアンブルーを大胆に取り入れたその技法にその地の絵師たちまでもとりこにしてしまった。しかもそれは当時、時代の最先端を行く技法であり、多くの者たちが一日一枚日替わりで展示される浮世絵を見るために三十六回もその展示場を訪れることとなるほどであった。その展示場で解説をするものが一番多く述べた言葉が売り物にあらずという言葉にそれを手にしようとする者が多すぎたのがよくわかるじゃろ。その解説をする者の中に一枚の北斎漫画を茶碗の緩衝材にしてその地に持ち込んだ者がいた。そんな物に価値なんぞあるわけないと放置しておったが、すさまじい売り物にあらずという言葉に飽きてしもうたので試しに富嶽三十六景の隣に展示してみた。すると見物客は二倍に増えてしもうた。これではたまらんと海を越えてしまった北斎漫画をオークションなるものに託した。オークションというのは、皆の前でこの作品を売りますという宣言をし、最も高い値を示した者がその作品を手にすることができるという制度であり、皆が納得する制度である。最初は、時計の一つでも買えればいいと思っていたが、その北斎漫画は人気に人気を呼び、あれよあれよという間に値が釣り上がって銀にすれば、三十五万匁を手にすることができた。そこでその地で金に代えたところ、二万二千匁を手にすることができた。驚いたのは、その地に富嶽三十六景をもちこんだ人物であった。このままその展示が終わるまでにそれをどうこうすることができなったので、急ぎ日本に引き返し、古紙回収業者に命じて集めれるだけの浮世絵を船いっぱいにして十八万枚その地に引き返してきた。その地では、北斎漫画が競りに負け見知らぬ土地へと渡ってゆくのをたいそう残念がっていたところを、船いっぱいにした浮世絵が入ってくるという情報が入った。そこでその地にいる人々はたいそう芸術というものに興味をもっておったので船にある浮世絵を全て船が届く前に買うことに決めた。その対価は、北斎漫画の三百倍だったそうな。

 

 

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