仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第22話

 文久三年(1863)二月八日

 日本橋 料亭梶

 「うすうす感づいていたことだが、浮世絵師人気が一段と高まりそうだな」

 「もう下田に浮世絵をもちこむ日本人はいないだろ。ただし、ここ最近は一作品の刷る枚数が多いから生産枚数が少なかった古紙限定だけどね」

 「しかし、浮世絵が世界の最先端をいくというのを信じれるか?」

 「信じる信じないは、個人の自由。しかし、噂であった鉄道が浮世絵で走っているという事実を突き付けられた時、信じないという者は鉄道の原資を説明せねばならぬ」

 「では新しい説明が出ないとき、噂が真実味を帯びるというやつか」

 「しかし、この時期に奥村屋からネタをばらす理由がわからぬ。これが対抗する版元ならわかるが」

 「この文中にある銀三十五万匁を金二万二千匁に換えたとあるのがその理由であろう。この場合、金と銀の交換比率は一対十六で、国内相場の一対四と大きくかい離しておる」

 「もし、利にさとい商人がいれば国内で手にした金をこの万国博覧会が開催された仏蘭西に持ち込めば千両が四千両分の銀になるのだ。皆の者、外人と取引する際、小判で払った場合、十六倍の銀を受け取りなさいという親切心かもしれぬ」

 「いや、日本の国益を考えたのだろう。日本から金が流出すれば物価が高騰するのでそれの防止だろ」

 「いやいや、鉄道も二番手が出てきた。では、それに金を出した商人をたたいとけという話でないか」

 「たしかに、銀を貯めこんでいたものは大損だ。関西では旅籠にとまった際も昔は、両替商で小判を銀に換えてやっと受け付けてくれたものだ。最近は、一分銀や二分銀があるから助かるがな」

 「では、幕府はどうする?ほっとけば、一分銀が一朱銀へと周りはみなすぞ。銀でなく金で支払ってくれ。銀は信用ならんとね」

 「仏蘭西に小判をもちこんで銀貨を買ってくるか?」

 「幕府の蔵には金はないからそれは無理だ」

 「いまだ開国しておらぬゆえ、商人に朱印状を与えて小判を銀貨に換えてこいというのもできぬな」

 「では、これはのそりと開国を要求する策か?」

 「いやいや、あれだろ。一橋家の要請に基づき商人に売上税を課すという南紀派の嫌がらせに対する腹いせだろ。南紀派の大老さん、そんな嫌がらせよりほっとけば幕府の通貨制度が破たんしますよてな具合で」

 「はてはて、大老はんはどないしやすやろ」

 

 

 江戸城

 「すぐさま、勘定奉行を呼べ。(このままでは、近江商人が大損をするだけではない。一つ誤れば、わしの首もとぶ)

 「ははっ」

 「お呼びにつき、勘定奉行の都筑越前守、参上いたしました」

 「まずは、お主にきく。仏蘭西では金と銀の交換比率は一対十六か?」

 「それは、国内問題ではございませぬ。それにお答えするのは、長崎奉行もしくは海外に住んだことがある者でなければ答えようがございませぬ」

 「ふむ、ではそちにあらためて問う。長崎は遠い故、最も早く返答をしてくれる者はだれか?」

 「外国奉行の菊池殿でしょうか」

 「では、菊池を呼べ。用件は仏蘭西の金銀交換比率を聞きたいとな」

 「菊池です。今回の御召しで答えれる人物である勝を伴ってまいりました」

 「ふむ、ではまず、事実確認だ。仏蘭西での金と銀の交換比率を教えてもらいたい」

 「勝は、仏蘭西までいったことはございませぬが、英吉利でも金と銀の交換比率は一対十六でした」

 「では、その比率が世界の比率とみなしてよいのか?」

 「世界の富は英吉利と仏蘭西に集まっております。いいかえれば、世界中の金と銀も両国に集まっております。両国の比率が世界の比率といってよいかと」

 「では、この場におる者に問う。世界の相場を金銀交換比率に取り入れねばならぬか?」

 「私見ですが、開国していない間は国内の相場である一対四でよいといいたいところです。が江戸もしくは大坂の相場が一対十六に動けば幕府もそれに習わねばなりますまい」

 「では、相場が動くといいたいか?」

 「動くでしょう。商人は開国を待って千両小判を仏蘭西まで運ぶために蔵にしまう者も出てくるでしょう。かつて日本でもありました。小判を改悪するたびに古い金含有量の大きい小判が商人の蔵で眠る事態になったはずです」

 「この事態を丸く収めるいい手はないか?」

 「一つ提案してよいでしょうか」

 「越前守、この事態を打開する策があるか?」

 「まず、相場を見守ります。もし相場の交換比率が一対八を上回る事態になった事態で動きます。我が国の貨幣は四進法を採用しております。一朱銀と一分銀はそのままで流通させます。一朱金と一分金を今までの四倍の相場を採用いたしまして、一分金と一両とします」

 「理屈は通っておる。では、小判はどうなるのだ?」

 「小判は四倍の価値をもたせて、四両と同等の一円という新しい通貨単位を適用させます」

 「つまり、金貨のみ、それぞれ新しい通貨単位にして四倍の価値をもたせるというのか」

 「その通りでございます」

 「越前守、そちも悪よのう。いつの間にか幕府の借金も四分の一となるではないか」

 「いえいえ、大老様には負けます。後は、現在流通している金貨を回収して極印を換えるのみですみます」

 

 

 三月一日

 水戸藩江戸屋敷

 「昨年度の鉄道収支に関する数字を発表させていただきます。まず、当社の営業区間は日本橋と府中を結ぶ区間となりました。百両の収入を得るために三十二両の支出を必要といたしました。今年の上半期中に岡崎までの延長ができる見込みです。なお、樺太より購入いたしました石炭を優先的に使用するようになりました。この結果、良質の石炭を使えるようになり、燃料費の軽減ができるようになりました」

 「再来年に予定されている売上に対する一割の税を納める対策を問いたい」

 「財務といたしましては、一割の値上げを申請したいところですがあえてしないのもよいかと」

 「それは、利用者の立場をくんでか?」

 「鉄道は、初期投資がかさむ業種です。初めの三年を乗り切れば競合相手がいない場合、支出が少なくなり営業係数が暫減する傾向にあります。事実、営業係数は四十から三十一歩手前まで減少しており、ここで一割の減収であろうと十分吸収できる数字であるといえます」

 「では、ここしばらく運賃の値上げはおこなわないものとする」

 「以上をもちまして、第三回決算報告を終えます」

 

 

 六月四日

 日本橋 

 告示

 当節、金の高騰はすさまじく、金と銀の交換比率は一対八を越えてしまった。四進法を採用しているうえで、これは無視できないことであり新しい通貨制度を設ける。銀貨はそのままの流通を認める。一朱金は一分金、一分金は一両として流通させるものとする。一両小判は四両とし、新しい通貨単位として一円とする。この場合、旧一両小判は四両となり、一円と等価とする。このお触れは一週間後から採用されるものとする

 

 

 勘定奉行

 六月十二日

 日本橋 料亭梶

 「新しい通貨制度が始まって二日目だが、幕府はうまいことやったな」

 「詐欺ではないのか?」

 「それが通貨を管理する者の強みと言われれば苦情を申し立てようが金座と銀座を使い分けられてしまう。『幕府に用立てた借金に関することですが』と言われれば、『はい、銀座を管轄する役人を通して』『私どもが幕府に貸した借用書はどうなるのでしょうか』『何も変わらん。今まで一万両を幕府に貸していた者はこれまで通り一万両の借金である』『それでは大損でございます』『やむをえんだろ。金が高騰したのだから幕府はそれを追認したのみだ』『そ、そんな』逆に『あのあっしらの賃金に関してですが』『はい、金座を管轄する役人を通して、これ以降、今の貨幣制度円にならう金額をもらいなさい。具体的には今までの賃金の四倍額を受け取りなさい。そうでなければ奉行所に訴えよ。すぐさまそれ以外の賃金を渡そうとした雇い主をひっとらえるゆえ』『ありがとうございます。それさえ聞けば用はないでやす』てな感じかね」

 「要するに、金を貸していたやつが損をするといいたいのか」

 「ああ、後、銀でお金を貯めこんでいたやつも資産は四分の一さ」

 「では、石見銀山をはじめとする銀山が多い西日本ほど大損害か」

 「そういうことだ。幕府をはじめとする貧乏大名は借金が四分の一になったのだ。貧乏人ほど今回の措置を喜んでいるだろう」

 「つまり、幕府に対する支持もあがると」

 「ついでに、東日本は佐渡金山をはじめとする金本位の地域だ。今回の損害を受けない商人もいることだろう」

 「なるほど、金で毎日の支払いをしていた商人は今回の措置で関係ないですしね」

 

 

 西日本の隠れ百万石大名

 「やられた。我が藩も遅ればせながら英吉利に留学生を送り出したが三年遅かったようだ」

 「そうですね。留学してから二年あれば、我が藩が倒幕用に蓄えた資金を銀から金へ交換しておくべきであると書簡を送ってきてくれたことでしょう」

 「間に合わなんだ。我が藩は、決済をするのは大坂だ。我が藩が貯めこんだ資金も銀が多い」

 「ええ、銀が三分の二、金が三分の一でした」

 「それなのに銀が三分の二から六分の一へ大幅な下落だ」

 「金と合わせると、倒幕資金が半分になってしまいました」

 「赤鬼め。商人の敵よ」

 「これでは幕府に戦争を仕掛けられません」

 

 

 日本中の商家

 今まで一両に対する値で表わしていた価格を一円に対する値に直す。銀製品以外今までの四倍の値段をつける。賃金支払いもそれにならう

 

 

 七月一日

 岡崎駅

 「慶勝殿、そう緊張せずに」

 「これが来年には名古屋に入ってくるのですな」

 「いえいえ、尾張藩はもうすでに我々が購入すべき土地をはやばやとわが社に売り渡した株主でございますから、一番列車に乗るのは当然でございます」

 「そうでしょうか。まだ水戸藩のみならず水戸藩江戸屋敷にも鉄道をひかないうちに名古屋まで線路を延ばされるとのこと、この慶勝感激しました。よって我々尾張藩が全てさきに予定地を購入いたしまして株券と交換してしまいました」

 「実は、慶勝殿にお願いがございましてこうして一番列車に同乗してもらいました」

 「何でござろう。もう、尾張藩に購入する土地はござらぬとおもえるのですが」

 「府中行き一番列車、只今をもって出発いたします。ゴトン、ギ―、シュッシュッ」

 「実は、慶勝殿、尾張藩で鉄道を走らせませぬか」

 「それは突然のことですな。順を追って考えてみましょう。金は問題ございません。此度の円騒動で借金も四分の一になりました。商人も鉄道をひくと言えば金を貸してくれるでしょう。で、どこに引くのですか」

 「我々の会社はあくまで東海道鉄道株式会社であって大坂を東海道筋に沿って目指しております。どうでしょう、誰も手をあげていない名古屋と岐阜の間で鉄道を走らせませんか」

 「それは魅力的な提案ですな。当事者は、尾張藩、加納藩と後少数の関係者ですな。これは我が藩がやると言えば問題ないでしょう。しかし、それぞれの藩の区分で分担をいたしましょう。そうすれば関係者全員が納得するでしょう」

 「後は、機関手ですな。我々には、機関手も機関車もない」

 「実は、この件をわが社でも検討させていただきました。どうでしょう、仮に名古屋と岐阜を結ぶ鉄道を岐阜線とします。この会社の株式を我々東海道鉄道株式会社が貢献した分だけ株式でいただくという風に考えました。わが社の機関手を同線で走らせた場合、その分を株式でいただきます。わが社の機関手を派遣した場合、後継が育つまでに一割の株式をいただきます。今回は、一年以上の余裕がございますので、わが社に機関手見習いを預けていただけるのならば、二年で一人前の正機関手が育ったとしたら、わが社が受け取る株式は五分ということになります」

 「ふむ、それでしたら、業務委託という考えはなかったのですか?」

 「もちろんございます。この場合、機関車も機関手も貸し出します。一日に同線路を走らせるごとに委託料を払っていただきます。短期の場合や一日に走らせる便数が数本の場合、こちらの方がお得でしょう。もしくは、この路線が赤字であって株式の価値がないという場合は強制的にこちらになります」

 「では、仮に機関車も機関士も借りるとなりましたら二割の株式を払うというものですか」

 「ええ。どの方式を採用されるかは依頼主の自由です」

 「悩みますなあ。しかし、これは東海道鉄道株式会社にとってもよいことがありますねえ。岐阜と大坂、江戸を結ぶのです、競争会社に先駆けて岐阜線の客をごっそりといただくというわけですな」

 「ええ、できれば運賃はわが社の路線扱いでお願いします。岐阜線で三駅、東海道線で一駅利用した場合、東海道線で四駅利用した場合と同じ料金でお願いしたい。ここだけは利用者の便宜を払っていただきたい」

 「その通りですな。では、私から質問させていただきます。もし二年後、岐阜線を運用する会社が岐阜と府中を結んで列車を走らせた場合、線路利用料を払えば中にいる客の運賃売り上げは、岐阜線の運用会社がいただいてよろしいですかな」

 「おっしゃる通りです」

 「では、加納藩との協議は、一年間機関手を派遣していただく方向でまとめます。名岐鉄道株式会社の株式を五分東海道鉄道株式会社に譲渡いたしましょう。そして二年後、名岐鉄道株式会社は岐阜と豊橋間で走らせます」

 「お手柔らかに」

 「今日は、梅ヶ島温泉で前祝いですな」

 「それはきついですな、駿河と甲斐の境ですね。府中で降りて徒歩で丸一日がかりですな。箱根で温泉にいたしましょう」

 「やむを得ん。三保の松原で一泊だ。これなら問題ないでしょう」

 ((元気の有り余っている殿さまだ))

 

 

 八月二十日

 加納城

 「お殿様、尾張藩より文がまいっております」

 「どれどれ」

 突然の文であるが失礼いたす。来年、七月に名古屋まで鉄道が引かれる予定である。それに合わせて東海道鉄道会社より一つの提案があった。名古屋と岐阜間に鉄道をひかないかというものである。もし、貴藩が同意していただけるのであれば、鉄道埋設距離に応じて出資をいたしたい。機関車を購入できないのといのであれば、東海道鉄道株式会社が(仮名)名岐鉄道株式会社より機関手及び機関車の貸し出しをしてくれるという。しかし、同会社の株式を二割も持っていかれるのは面白くないので、二年かかる機関士要請課程のうち、間に合わぬ一年分だけを同株式五分を支払うだけにとどめたい。そして、将来的には豊橋まで乗り入れて東海道鉄道株式会社の客をごっそりといただきたい。この提案に同意していただけるのであれば、幕府に名岐鉄道株式会社の申請をしてもらいたい

  加納藩主永井殿           尾張藩主徳川慶勝

 

 

 九月十日

 江戸城

 名古屋と岐阜間に鉄道をひきたく申請をいたす

 文久三年九月十日 

 尾張藩主 徳川慶勝

 加納藩主 永井尚服

 

 

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