仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第23話

 文久三年(1863)十一月四日

 名古屋城

 鉄道埋設許可証

 幕府は文久三年十一月四日をもって尾張及び加納藩より申請があった名古屋と岐阜を結ぶ鉄道を開設する許可を与えるものとする

 「よし、正式に許可が下りた。機関手の養成が順調か?」

 「花形職業につけるとあって優秀な人材が小田原線で機関助手から務めているとのことです」

 「ふむ、士族の子弟からも応募があったのは少し驚いたものだ」

 「少なくとも部屋住みよりは高級とりでございますゆえ。いえ、下級武士ならば機関手の方がもうかりますゆえ。ちなみにおなごもほおっておかなくなったとのことです」

 「だぶついた士族が新しい職に挑戦か。時代は変わったのう」

 

 

 一月二十日

 日本橋 蔦屋

 「番頭様、大奥よりお使いがまいっております」

 「客間にお通しして」

 「番頭の沢です」

 「大奥より使いに参った菊と申す。此度、一つの物語を浮世絵にしてもらいたい」

 「大作でしょうか」

 「五十四帖の作品といえばおわかりか」

 「平安時代の源氏物語ですね」

 「どうだ、やるか」

 「これは博打ですか。大奥からの依頼であれば五十四帖を全て浮世絵にしなければならないでしょう。しかし、これが外れればこの蔦屋もこけます」

 「三千部を大奥へ納める約束をしよう。さらに幕府の通詞も派遣しよう。英語と仏蘭西語訳をさせる」

 「つまり、販路も用意いたした。国外に売る準備もやる。話がうますぎませぬか」

 「なに、版元を大奥にしてくれればよい」

 「つまり、投機をするのは大奥であって蔦屋はその手助けをすればよいというのですか」

 「合意に至らねば奥村屋にいくが」

 「この場で了承させていただきます」

 「ふむ、楽しみにしておるぞ」

 「大仕事が舞い込んだ。浮世絵師を集めれるだけ集めなさい。浮世絵師は何人集められましたか」

 「十名です」

 「よろしい。源氏物語の初帖から十帖までを各一帖を請け負ってもらいます。すぐさま、使いを出しなさい」

 「いってまいります」

 「番頭様、大奥がこのような投機をするのはなぜなんでしょう」

 「ひとつは幕府の借金が四分の一になったせいです」

 「なるほど、借金が減れば金が回りますねえ」

 「次に、浮世絵がもうかるという噂です」

 「それは事実でしょう。我々も浮世絵師の確保に苦労しています」

 「三つ目は、大奥が暇なせいです」

 「あの、なぜ大奥が暇なのでしょう」

 「大奥の最大の使命は次の将軍を産むことです。しかし、いまだ十四代目の後継ぎは生まれていません。後継ぎが生まれなければ、三代目を争った時のように春日局のような女傑は生まれません」

 「なるほど、大奥の三千人が血眼になる事態が生じていないせいですか」

 「暇だから、浮世絵で一攫千金を狙ったのでしょう。最も彼女たちこそ暇を持て余している時間を浮世絵で慰みたいのでしょう」

 「大奥の三千人が半分失業状態ですか。おかげでこちらは三年間てんてこ舞いとなるのに」

 「彼女たちは単なる便乗者かもしれませんが、この国で一番有名な作品です。案外百万部の売り上げを期待できるかもしれません。最もそれほどの博打をうてるほど蔦屋は余裕がありませんが」

 

 

 文久四年一月三日

 中山道鉄道株式会社 四条河原町駅

 「昨年の円騒動は商人の独り負けだったな」

 「徳政令では、新たに金を借りられぬ武士が泣きついてくるのだが、物価が四倍になったので、武士は喜々として新しい借金をしてくる。ま、信州上田藩は、四分の一になった借金でも借金によって負債が膨張するので委任状はこちらが確保したが」

 「後、我々は銀を投資に換えておったせいで鉄道事業に関して影響は軽微だったのが救いだ」

 「我々の生命線は、京と大坂の二都を押さえている点だ。この区間を金の卵を産む鶏にしなければ、路線延長もない」

 「堺がなければ、京から和歌山まで奈良経由で路線を延ばしたいくらいだ」

 「沿線に人口が多いので天王寺経由でゆくことになったが、幾分内陸路線だな」

 「海岸線沿いであれば、河口が大きくて橋が大量に必要になる。そんな金食い虫は、御勘弁だ」

 「とりあえず、今日はお召列車に乗っていただいて四条河原町駅と梅田を往復してもらう」

 「畿内にいる人々に認知してもらうにこれほどの晴れ舞台はない」

 「おかげで京のど真ん中まで路線を延ばせた。最初は八条という町外れを打診されたが皇族の理解があって助かったな」

 「梅田行きお召列車、発車いたします」

 「ほう、なるほど。これなら和宮のお気に入りになるのもうなずける。尊王攘夷がてんではやらないのもいっぺん鉄道に乗ればもうそれを振りかざすこともあるまい。はて、幕府はいつ開国するのやら。十年で世相がかわったのう」

 

 

 一月四日

 オペラ界隈 富嶽三十六景美術館

 「館長、ジューヌ=ヴェルヌという方が面会を求められています」

 「会いましょう」

 「館長のティエールといいますが、今回はどのような御用件で」

 「昨年、処女作の気球に乗って五週間という小説を書いたのだが、どうもかゆい所に手が届かないというか、読者に想像をしてもらうのが下手なのか、文章ではうまく伝わらないところがあるので、作品を浮世絵にしてもらうことを思いつき、絵で読者に語ろうということになった」

 「つまり、ここにある竹取物語のような作品にしてもらえればよいのですかな」

 「そうなのだ。これからも小説を書くのでどうだろう、作品ができるたびに浮世絵にしてもらう契約は成立するだろうか?」

 「絵師に原稿を送ってから、浮世絵にするまで一年ほどかかりますがよろしいですか」

 「おお、それは聞いている。ジャポンにいる絵師に送る必要があって時間がかかるのは仕方がない」

 「では、シャンゼリアにあるジャポンの貿易商への紹介状を書かせていただきます。ここで話を通せば浮世絵にしてくれるでしょう」

 「おお、ここに来てよかった」

 ジューヌ=ヴェルヌが自身の小説を浮世絵にする契約を結ぶ。本人の印税より日本から得られる著作権料の方が多かったという

 

 

 三月一日

 水戸藩江戸屋敷

 「昨年度の鉄道収支に関する数字を発表させていただきます。まず、当社の営業区間は、府中と岡崎間が開通いたしまして、日本橋と岡崎を結ぶ区間がつながりました。百円の収入を得るために二十九円の支出が必要でした。御殿場線も複線化できましたので、全路線が複線となりました。今年の七月には、日本橋と名古屋を結ぶ路線を開通できると思われます。また、その一月後には名古屋と岐阜間が開通する見込みです」

 「日本橋と名古屋が開通した折、何かすべきであろうか」

 「人事部より報告させていただきます。わが社の機関手に対する引き抜きがあったといくつか報告がまいっております。彼らをひきとめる策をお願いしたい。今後、水戸藩の出身者が相対的に減りますと、高給にひかれ競争相手の会社に就職する者も出るでしょうから」

 「機関手の貢献に対して給金をあげますか」

 「それしかないのであれば、名古屋開通に伴って給金体制を改めればよいかと」

 「社長として提案させていただきます。従業員にも株を持たせればよいのです。従業員に持ち株比率で一割の割り振りをいたします。従業員でなくなれば株価があがっても株の値上がりに対してその権利を行使できません。また、株価に自分たちの仕事具合が連動しているとなれば、仕事も丁寧になるでしょう。なお、営業収支が三十を切りましたので株主に対して、利益の一割を配当するようにしたいと思います。この株主の中に社員を含めればやる気にもなるでしょうし、引き抜き防止にもなるでしょう」

 「一割の利益を配当に回すものとする。一割の新株を交付し従業員持ち株会に割り振る。今後、配当が出るようであれば、従業員にもこの持ち株会を通して配当されるものとする」

 「機関手より提案があがっています。名古屋と日本橋間で急行を走らせたいとのことです」

 「ちなみに急行であれば両区間の走行予定時間はどれほどか」

 「予定では、神奈川、国府津、沼津、静岡、浜松、豊橋に停車いたしますと、十二時間です」

 「では、すでに出来上がってるのではないか」

 「機関手がいうには、急行列車に急行富士とか急行燕とか列車に愛称をつけたいとのことです」

 「なるほど、誰がそれを決めるかということだな」

 「従業員から募るか」

 「沿線から募りましょう」

 「命名者には日本橋と名古屋間を往復する副賞を与えれば、応募数も増えるでしょう」

 「では、瓦版にして今年の六月中には愛称を決めましょう」

 「社長からの提案です。日本橋駅に隣接するオテルを建設したいと思います。オテルは、西洋旅館と訳せるでしょうか、鉄道と同じく土足で部屋に出入りする宿泊施設です。鉄道との相乗効果を期待できると思います」

 「あのー、土足で部屋に入られると部屋が汚れませぬか」

 「部屋に入るまでに歩くところは全て大理石なり煉瓦なり土がつかない構造です。また靴につく泥などの埃は、マットという敷物をしてそこで防ぐようになっています」

 「西洋浮世絵で拝見したことがありますが、資材は仏蘭西からですか?」

 「資材は二年後になるでしょう。まずは、人づくりからです。二十名をパリのオテルにて研修をしてもらう必要があります」

 「オテルの従業員見習いを二十名募集して、パリにて研修してもらうものとする」

 「資材部より報告させていただきます。線路の国産化を検討していただきたくあります。目下、御殿場線でしばしばがけ崩れが起き、線路を新しいものに換える事態が発生しています。早急な交換に対応するには国内で線路をつくってもらうのが早道だと」

 「今年の収支が好調なので路線を大幅に延ばす際も仏蘭西からの線路がないという事態のためになくなく断念する場合もあります。線路を早急に確保するすべを望みます」

 「社長から質問するが、線路の国産化にかかる費用に見積もりは出したか」

 「推測では、三十万円あれば、国内一大きな工場ができます」

 「パリにいたころ、友人にはかったことがある。二十五トンの高炉をつくるのに百万円かかるとのことだった。しかも、製鉄のできる国は英吉利、仏蘭西、独逸、亜米利加といった白人国家ばかりだ」

 「では、オテルのように一回の鉄道会社が製鉄を仕入れるのは無理でしょうか」

 「年間利益が三百万を越えたら挑戦して失敗してもかまわんが」

 「では、製鉄に関しては調査のみを許可する。来年までに見積もりを出してみたまえ。その見積もりをもって検討するものとする」

 「以上をもちまして、第四回決算報告を終えます」

 東海道鉄道株式会社株主構成

 徳川慶喜 47%

 水戸藩  16%

 島津斉彬 16%

 仏蘭西  10%

 従業員持ち株会 10%

 その他少数株主

 

 

 三月十五日

 日本橋駅

 告示

 今年の七月に日本橋と名古屋間を急行列車により十二時間で結びます。同急行の愛称を各駅に設けた投書箱で受け付けます。皆さまのご応募をお待ちしております。なお副賞として日本橋と名古屋を結ぶ一番列車の往復乗車券を贈らせていただきます

   東海道鉄道株式会社

 「日本橋と名古屋が半日か。てーことは、日本橋から京まで何日か」

 「名古屋と京の間が三十五里。一日半歩ける者がいれば、何とか二日で京までいけるな」

 「では、それにちなんだ愛称で都鳥にして応募だ。都を望むという名前だ」

 「俺は、ず――と沿線から見える富士だ」

 「いやいや、飛燕の方が速いだろ」

 「沿線は東海だろ。だったら東海」

 「夏から走るんだ。雷鳥だ」

 「やまびこならだれにも負けない速さ」

 「駅をとびとびゆくのなら白兎だ」

 「よし、俺は鶴で応募する。なになに愛称名と名前、住所を書いて応募すればよいと。当選者には飛脚便により通知されると」

 「なにはともあれ、応募せねば始まらない」

 「結果は三ヶ月後だ」

 

 

 品川車庫

 「班長、俺たちが株主とはどんないい点があるのだ」

 「株は時価で判定される。株価があがれば当然俺たちの持ち株も上がる」

 「「「おおっ」」」

 「これが引き抜き対策というのはどういうわけだい」

 「従業員でなくなればその地点の株価で自分の分の株を従業員持ち株会に買い取ってもらうことになる。ようするにそれ以降株が値上がりしても値上がり分を受け取るわけにはいかない」

 「もし値下がりしたら損をするのですか」

 「元々、俺たちが払った株ではない。元はただだ。だから損をすることはあり得ない」

 「では、株価があがるように我々も努力せよというのですか」

 「お客には丁寧に説明せよ。消耗品を丁寧に扱え。それと大坂まで線路を延ばしたとき、競合会社から客をひきぬけという方針かね」

 「あ、三年後の大坂乗り入れをするこの時期に従業員持ち株ですか」

 「それだけではないぞ、利益の一割を株主に配当するようになったようだ。要するに利益の百分の一が従業員に配られる。賞与というやつだ」

 「すげー」

 

 

 元治元年七月十九日

 太平天国の乱終結

 

 

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