仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第24話

 元治元年(1864)六月十五日

 水道橋駅 東海道鉄道株式会社本社

 「ただいま各駅から回収された投票箱が回送列車で水道橋駅に到着しました」

 「やっと、藩邸から駅舎に移行か。鉄道会社といえ、五年は長かった」

 「はい、ずーっと鉄道に乗れない鉄道会社でしたから」

 「そして、最初に届いた荷物が急行列車の命名用投票箱か」

 「急行名の候補に挙がった上位のものは、『富士』『桜』『東海』『隼』『錦』となっております」

 「さて、どれを選ぶか。まずは日本橋と名古屋間にふさわしくないのは、錦だな。錦絵といいたいところを錦にしたと言うべきだが、ここは蚕の産地から外れるので外す」

 「富士と桜は、東海道線が全通した際に取っておきたい。となると、東海か隼か。会社名と重ならないほうがいいだろ。急行隼に決定する。当選者八十七名の中からの選択は任せた」

 「了解しました」

 

 

 七月一日

 日本橋駅

 「名古屋行き急行隼、一番列車が発車いたします」

 「京大坂まで乗りいれるめどがついたな」

 「競合会社が和歌山まで乗り入れるまで二年か三年。となれば、京都の四条より東に線路を延ばす前に大坂まで足を延ばせそうです」

 「我々が京で割り当てられた駅は八条になりそうだ」

 「京の中心街は御所付近を一条としますと、四条が有利ですな」

 「京と大坂間で二番手の我々は、中山道鉄道株式会社と競争しないことですな」

 「具体的には?」

 「競争相手が確保した客を奪わないことですね」

 「奪う手段は、区間値下げに景品ですか」

 「ええ、中山道株式会社が我々に対抗して値下げをしてもこちらからは対抗値下げをしないことです」

 「それでは、客を奪われてもよいのですか」

 「よくはありませんが、値下げ合戦で泥沼になって双方が大赤字を抱えるよりましです」

 「元々、大坂から京に向かう客は四条で降りる方が有利なのです。我々は、少数派ですが京から近江に向かう客を拾うべきです」

 「狙いを東海道線を利用する客に絞るのですね」

 「ええ、名古屋や日本橋を目指す遠距離客を獲得すればよいのです。大坂から名古屋までなら京の四条経由では少し遠まわりになりますので、八条経由を最大に生かすにはあくまで東海道を走らせるという利点を訴えるべきです」

 「敵は、来年一月に売り上げ税導入に伴う値上げをしてくると思うか」

 「どうやら京と大坂間は貨物輸送が多いようで我々より営業係数が低くなる見込みです。我々が値上げを発表しなければ、値上げをしなくてもやっていけそうです」

 「なるほど、我々が江戸発の荷物を扱う際、海運と競合する。が、京に大坂から荷物を運ぶとなれば淀川水運を利用するのみだ。淀川水運を大坂から京に上るとなれば、川沿いに人力で引っ張ってもらわなければならない。これでは鉄道に対抗する勢力にならないから、京と大坂は貨物輸送で多いに潤うか」

 「話はかわるが、決算報告の議題となった製鉄所を鉄道会社が持ってよいのか」

 「鉄は国家なりという言葉があります。鉄道に蒸気機関、そして戦争をするには鉄が必要です。元々、英吉利では製鉄に使う鉄鉱石と石炭を運ぶために鉄道が発達した歴史があります」

 「確かに資材部にしてみれば、機関車はともかく線路を購入するたびに仏蘭西まで出向かなくてはならないのが悔しいのでしょう」

 「それと地震、大雨に伴う洪水や土砂崩れ。東海道線に平野部が多いといっても御殿場線にみられるように梅雨や大雨のたびに不通になる路線は資材部にしてみれば現代の箱根の関といってもいでしょう。土砂崩れのたびに線路を用意する必要があり得るのですから、国内で線路を調達したいのでしょう」

 「しかし、需要がないな。いまだに国内で必要な鉄は鉄道を除き、釘や南部鉄瓶だ。製鉄所を立ち上げたところで、売り先がない」

 「昔ながらのたたら製法といえば、中国山地で集めた砂鉄をふいごで吹いて鉄にしたもので、手作業ですから」

 「先に産業を興すしかないかな」

 「もしくは戦争で鉄を必要とするか」

 「それは回避したいことだ」

 「地道に産業を興しましょう」

 「それしかないだろう」

 「二年後にはパン=フランセを食べれますかね」

 「懐かしいな。あのひたすら堅いパンか。最初は、ご飯と対極とも言えるぱさぱさで堅いパンが好きになれなかったが」

 「いや、仏蘭西料理にあのパンだけは入れたくなかったほどでした」

 

 

 八月一日

 ルイ=パスツールが微粒子病の研究を始める

 岐阜駅

 「豊橋行き一番列車、発車いたします」

 「しかし、本当に岐阜と豊橋間を走らせているのだな」

 「名古屋と岐阜間は七里半。少し短いな。岐阜と豊橋間で二十五里。このくらいだと、走行時間が三時間ほど。蒸気機関車が一度に走る距離としては適切かな」

 「先に岐阜を押さえる策は策として、京と江戸の最短時間を目指すなら二年ほどは岐阜経由で旅をする者が増えるだろう」

 「岐阜と京の距離と京と名古屋間はほとんど変わりない。俺はそれほど岐阜経由に流れぬと予想する」

 「問題はこれからだ。日本橋と水道橋も開通した。江戸幕府が貿易を独占しているせいで、今まで二社しか鉄道会社は存続できなかった。しかし、既存の鉄道会社に応援を頼めばいいと割り切れると、領内の夫役で線路建設をすれば元々藩の土地であるから、すんなりと線路さえ買ってくれば、後は機関手と機関車を用意すれば鉄道を走らせることができる」

 「その地点での課題は二つかな。幕府がすんなり埋設許可を出すかという点と機関手の教育が間に合うかという点だ」

 「候補として、水道橋と八王子を結ぶ線と日本橋と前橋を結ぶ線が有力だ」

 「後者は、中山道と一致するから少しひねる必要がある。日本橋を起点とする奥州街道に沿って小山まで延ばし、そこを経由して前橋に延ばすべきかな」

 「はてさて、許可が下りなければ開国すればいいのだという極論が出なければよいのだが」

 

 

 十一月四日

 日本橋 料亭梶

 現代の名人

 御殿場線は、開通した後も大雨が出たり台風が通過したりするとがけ崩れのために数日間の不通となる陸の難所である。勾配も1/40と東海道一の難所であって、この区間には燃料となる石炭も最優先で質のいいものが遠く樺太から輸送されている。図示すればすぐわかるように、富士山と箱根山の真ん中を進むことを考えただけで困難が待ち受けているのに、トンネルは七つ、橋梁は十か所とますます列車の通行を困難にする箇所が待っている。事実、東海道の交通量は御殿場線を通過できる車両の数に決められている。目下、蒸気機関車が動力であるうちは、一日に八百八十両を超すことはできない。いいかえれば、御殿場線のみを使っているうちは、大坂と日本橋間が開通しようと九百両の列車があれば、線路上にあふれてしまうのである。

 では、実際にこの区間の苦労を車掌から見てみよう。御殿場線の勾配区間にかかると、先頭列車とは別に最後尾に補助列車がつく。そうしなければ馬力が足りなくて御殿場線を越えることができないためのやむを得ないための手段である。しかし、それでも1/40の勾配にかかると機関手はみるみるうちに速度を落としてゆく。シュッシュと蒸気の間延びした音が聞こえてくると今日も車掌の苦労は避けることができない運命を帯びてくる。車掌がいるのは視界を確保するために窓の開いた板の中にいるだけで、モクモクとした煙が車掌室に侵入してくる。白いワイシャツがみるみるうちに黒くなってゆき、この地獄から解放されるのは、御殿場線の終点である小田原と三島に到着する以外にない。その時初めて黒くなった顔が本来の顔色に戻るのであるから。車掌はまだよい。機関手になれば列車を後戻りさせるわけにはいかないから、命がけでこの難所のために機関手見習いを怒鳴りつけ、火力をあげさせるのである。しかし、地獄は黒煙をあげる場所に最も近い機関手に襲いかかる。トンネルに入り、車輪が空転すると蒸気が一団となって機関手を襲う。窒息を避けようと床にはいつくばってやっと息ができるのである。誰もがそのうち機関手の死亡事故が出ると思っているが、それに該当するのを回避するのに精一杯である。だから、この路線では二十両を越える車両をつけて山越えはできないのである。

 しかし、このような路線であるから普段は、急行にこんな技をする人物はいない。というより、客の前ですることが許可されていない秘技を公開しよう。まずすごいのが時間短縮という名のもとに補機を運転中の機関車に連結してそれを離す研究を繰り返していた。練習を繰り返すうちにこれをものにする機関手が現れた。もちろん会社としては、こんな非常手段を客が乗った列車では認めていないが。

 もちろん釜炊きも一流がそろっている。この達人の手にかかると補機を走行中の列車に連結し、国府津から1/40の最高難度の勾配にかかる。他の機関手が亀の歩みだとすればこの速度はどうであろう。兎よりも速い時速五十キロでこの急勾配区間をすいすいとのぼってゆく。この区間の最高進行速度であった。なお、この秘技を見た人物はごく少数である。なぜなら目下、このような芸当を乗客の目の前でするわけにゆかぬゆえである。今回は、あえてこの秘技のできる人物名を伏せさせてもらう。彼は現役の機関手である故。

 参考文献 『北川敏和の鉄道いまむかし 川上幸義の鉄道史』ホームページより

 「この『現代の名工』は、一連の作品となる予定だが、大人が読んでも楽しい浮世絵だな」

 「この他、線路をひくときの技とか、石垣の名人の話とかが次々と話になるようだ」

 「子供たちはさっそく上り坂でやってるよ。一人が家から石臼の臼を縄つきで調達してくる。一人がそれを引っ張り上り坂をのぼってゆく。しかし、ここが難しいようだ。今にも絶え絶えといったふいんきの出る勾配を探さないといけないようだ。そしてもう一人が新しい縄のついたところを引き上げ『合体』といいつつ協力して坂を登りきることに意義を感じるようだ」

 「いつかは、これが蒸気機関車になり、もう一本の縄が補機になりますようにてか」

 「機関手人気がさらに上りますか」

 「後で母親からこっぴどく怒られるけどね。こんなに石臼を傷つけたらもう使えないでしょう。ほれ、また石臼を磨って平らにしなさいと」

 「それが懲りないんだよ。すりつぶして平らになった石臼をまた上り坂に持っていって合体機関車ごっこをやってしまうのさ」

 「おかげで今年は、石屋がもうかるかもしれないと早くもそろばんをはじいている人物がいるそうだ」

 

 

 十二月三日

 『気球に乗って五週間』が浮世絵で発表される

 「むむ、子供たちが新しい遊びにかかりそうだな」

 「ああ、原理が書いてある。熱を加えると空気は軽くなり上空へと上昇してゆく」

 「だから、和紙に強度をあげるために漆やら油を塗って袋状にする。穴のあいた方を下にして空気を熱すると、和紙でできた気球はあれま空高く飛び立ちました」

 「子供はどこまで気球もどきを大きくすると思う」

 「最初は、半紙を二枚すり合わせたもので納得するだろうが、そのうち二十枚の大作をつくるかもしれない」

 「墨で黒くした和紙は使用済みだからこれを使って熱気球もどきをつくるのは大人も目こぼしするだろう」

 「しかし、墨で重いし、すぐ燃えるとなるとこれは使えないものにならない」

 「かくして、真っ白な半紙を使って気球もどきをつくったところ、母親から大目玉を食らいました」

 「めでたしめでたし」

 「しかし、今度はナイル川とはいかないでも、近くにある坂東太郎の源流探しをしだしたらえらいこっちゃ」

 「水が流れるところを全て、子供たちが追ってしまうかもしれない。水道が壊されなければいいが」

 「これは、版元に意見しておこう。すぐさま、坂東太郎の源流を浮世絵にしなさい。さもないと子供たちが群馬まででかける理由にされかねないとね」

 

 

 元治二年一月十二日

 コレージュ=ド=フランス

 「どうやら、微粒子病の感染拡大をするには、目に見えない微生物という概念が使えそうだ。要するに、微粒子病に罹病している蚕はもう諦める。しかし、感染していない蚕を罹病している蚕から引き離すといいようだ。はて、そのような手段はどうしたら軌道に乗るか」

 「いっそ、蚕同士が接触しないように離して飼いますか」

 「問題になるのは、やはり繁殖時だな。よし、卵を産む蚕を個別に袋詰めすれば母蛾が他の蛾から微粒子病をうつされることもないだろう」

 「博士、おめでとうございます。これで仏蘭西の養蚕業が救われそうです」

 「うむ、ジャポンから持ってきた蚕の卵が役に立った。ぜひ、ジャポンにもこの成果を教えてやらねばなるまい」

 

 

 二月八日

 メンデルが遺伝の法則を発表する

 

 

 三月一日

 「昨年の決算にまつわる数字を発表させていただきます。営業区間は、水道橋と名古屋を結ぶことができました。百円の収入を得るために費やした費用は、二十七円でした。この数字に、一割配当を実施した数字を加えますと、来年の投資に回せる数字になります」

 「仏蘭西に社員を派遣いたしまして、高炉の製造費用について聞いてまいりました。その前に断っておきますが、日本で採れる鉄鉱石は仏蘭西で採れる鉄鉱石と質がかなり違うようで、仏蘭西製の装置を導入しても日本で初年度から生産をあげれるかとどうか懸念をされてました。高炉一式を導入しますと二百五十万円の費用が必要との回答を得られました」

 「これは、日本の鉄鉱石を仏蘭西で試す必要がありそうです。仏蘭西で成功しないで日本での生産は認められないでしょう」

 「では、此度は日本の鉄鉱石を仏蘭西までもってゆき、高炉で使っていただくようにします」

 「昨年中に、江戸周辺の商人なり大名から日本橋駅なり水道橋駅から路線の延長を求められました。これは議題に値するとして決算発表の議題としたくあります」

 「具体的にはどんな?」

 「水道橋から延ばしてほしいとの要望は、武蔵周辺の地域からありました。日本橋駅から延長してほしいとの要望は、関東平野にある大名家が要望しております」

 「二者一拓はできそうだが、それぞれの利点と欠点は?」

 「水道橋から西へ路線を延ばすと八王子につきます。この場合、幕府直轄領が多く埋設許可がおりさえすれば、すぐさま工事に取り掛かれます」

 「日本橋から延ばすとすれば、三択です。中山道と奥州街道、水戸街道です。中山道なら前橋まで平坦でありそこまでなら線路がひきやすくなっています。奥州街道と水戸街道はそれぞれ、欧州に路線を延ばす準備になります」

 「武蔵の国を出ないという条件で、八王子方面に路線を延ばすのを許可します」

 「只今をもちまして、第五回決算報告を終えます」

 

 

 

 

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