仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第172話

 1910年(明治四十五年)六月二十五日

 パリ カフェ モンブラン

 「なあ、この戦争の終わりはみえないが、戦争終了後、女の地位は高くなるのか。それとも相対的に男の地位が高くなるのか」

 「歴史は繰り返す。普仏戦争のけりをつけにきたか」

 「時系列的にいこうか。この大戦が開始されて以降、独逸は対戦相手を仏蘭西一本に絞り、仏独国境線から侵攻してきた」

 「仏蘭西は、独仏国境線の他、この大戦で一気に噴き出した弱兵伊太利兵の支援のために、仏伊国境線も気にしている」

 「それは、墺太利にも言えることではないか。伊太利に攻めたいが、地上兵力で二倍の開きがある露西亜の攻勢を支えねばならない」

 「だが、露西亜は墺露国境線を守るだけで攻め手を地中海の制海権確保に全力をあげた」

 「おかげで、墺太利で向けられる矛先はアドリア海の制海権を握るべしとする意見から、海軍の出撃命令を下位将校がつきあげている」

 「少しばかり、無理があるな。アドリア海の海上決戦となれば、墺太利対伊太利なら何とかなるかもしれないが、墺太利は、露西亜黒海海軍と伊太利海軍の片方と撃ち合えば、双方戦闘継続不可能になるとみている」

 「となれば、丸々、アドリア海の制海権を露西亜あるいは伊太利海軍に渡すことになるのを恐れて、ひきこもりですか」

 「そ、ちなみにトルコ海軍は、戦艦なんてないからね。あって、装甲艦までだが、英吉利海軍将校が引き揚げた後、錆びてしまったという」

 「どこかで聞いたような話だね」

 「独逸将校が引き揚げた清軍をほうふつさせるね」

 「そうだね。清軍は独逸将校が鍛え上げた虎の子の騎兵を反乱軍にうち破られた後、装備の更新は進んでいないという話だよ」

 「それで、世界中は非白人で初めて戦艦を建造したジャポンを驚異の目で見たのか」

 「というわけで、東南アジアの仏蘭西植民地軍は、安心して引き揚げ後をジャポンに託すことができたのさ」

 「そうか、太平洋で薩摩に対抗する兵力は英吉利東洋艦隊もしくは同仏蘭西艦隊ぐらいなものか」

 「清は、内戦が過激化しつつあるからね」

 「どうせなら、清はそのまま独逸将校にいてもらえばよかっただろうに。少なくとも国内に敵なしの治安維持部隊は維持できただろう」

 「実権を抱える皇太后さえも庭園造りを一時中断されたほどだからね。いわんや下級支配者層には、戦艦購入のためにしわ寄せがいってたんだろ」

 「だから、独逸将校が引き揚げるのをひきとめなかったといわれるほどだ」

 「それが今となっては、反乱兵に負けるとわね。身内だけでは弱兵製造所に戻ったか」

 「ともあれ、清と国境線を抱えるベトナムが安泰で、仏蘭西は助かったよ」

 「露西亜もその恩恵を十分に受けてるね」

 「ああ、清はウラジオストークに陸揚げされる貨物に手を出す力はない。露西亜は、国をあげて第二のシベリア鉄道を構築するために、海の地中海航路を取りに来た」

 「問題はないのか?」

 「トルコ領のボスポラス海峡を支配しなければならないことだ」

 「南北三十キロに及ぶ海峡の最狭部では、幅一キロを切ってしまう」

 「水深は、三十メートル以上あり、船の航路としては問題ないが」

 「陸上部から大砲を好き放題にうてるのか」

 「そこは、言い換えることができる。戦艦からの砲弾がトルコ領にも十分届く」

 「そこは、単純に火力にモノを言わせた方が勝つか」

 「伊太利兵の弱兵と世間は言うが、兵器が最も貧弱なのはトルコに違いはない」

 「なろほど、この戦争の転換点は、ボスポラス海戦の結果次第か」

 「スエズ運河を抑えにかかったトルコ兵が本拠であるイスタンブールを落とされるようなことがあれば、攻守が入れ替わるだろうな」

 「うーん、長いこと戦争なんぞしたことないばかりに、話は大きくそれてしまったが、仏蘭西と独逸の戦争は、只今弾切れというのが本音や」

 「兵站線が破たんもしていないが、両国の備蓄していた弾薬は、開戦一カ月で備蓄切れ」

 「そして、両軍の損傷は、攻撃側でありかつ騎馬で突撃した独逸の方が大きい」

 「一言で言うなら、それらの要因となっているのは、歩兵に持たせたライフル銃と機関銃のおかげだ」

 「ペルティア小銃とルベルM1886小銃で、双方に使われる弾は、共通だから使いきるまで問題ない」

 「騎馬が突撃する距離をはるかに超える三キロメートルの飛距離を有するものだから、騎兵隊の一斉突撃で突進するまでに、ルベル1886なら、装弾数である八発を新兵でも使いきる」

 「集団こそ、騎兵の力であったが、射程二キロで馬を撃たれてみろ。後続が巻き込まれないために、迂回しなければならないわけで」

 「一斉射で騎兵の先頭三騎が倒れた地点で、その騎兵団百騎はライフル銃の的という表現が正しい」

 「少なくとも、騎兵隊の方に損傷が大きくなる。一斉射を命令する歩兵隊長は、騎兵隊隊長より、地位が高くなってしまう」

 「騎兵隊の仕事は、斥候と輜重隊に格下げ」

 「騎兵隊隊長とは大半が貴族だったわけで、実質彼らは降格扱いさ。ここで、貴族である男の地位は相対的に女に近づいた」

 「そして未亡人となった彼女らをまっているのは、人的財産の奪い合いさ」

 「食っていくために、バスあるいはタクシーの運転手へのあっせん」

 「独逸が憎ければ、軍需工場への動員」

 「亡夫を知りたければ、輜重部隊への志願」

 「で、彼女たちと知り合いになりたいお前に向けて言うとだな、競争相手は殺し文句を見つけてきたぞ」

 「そんな殺し文句があるんで?」

 「ああ、男にも女にも効果抜群のうたい文句さ」

 「そんな口説き文句があるなら、あっしにも教えてください」

 「ほらそこに浮世絵で描かれてるじゃないか

   少尉にならないか   仏蘭西陸軍」

 「あ、あのジャポンで人気の連載浮世絵で一躍人気が出た階級、少尉ですか」

 「そう。輜重部隊の昇進を重ねてゆけば、少尉にもなれるさ。なんせ、未亡人が任される運搬車両は、トラックでハンドルさえまわせられれば、男だろうと女だろうと関係ないのさ」

 「あっしはどうすればいいんで」

 「何もしないのも手だな」

 「そんな、他人に出し抜かれるのをみていろと」

 「そうじゃない。この戦争、両軍合わせてすでに五十万人が死んだという噂が出ている」

 「つまり、それだけの男が死んだんだ。それだけ、未亡人が量産されたわけで、戦争に生き残った男はあふれた女に囲まれるようになるぞ」

 「いいことききやした」

 「ただし、一点注意しておく。職を得た女は強いぞ。そのまま浮世絵の中の少尉に恋をしたまま、未亡人を続けるかもしれない」

 「何か策はないんですか」

 「そうだな。お前が軍で少尉になれば鬼に金棒だ」

 「よし、俺も徴兵に応募するぞ。ではさらば」

 「しまった、数少ないカフェ友達が旅立ってしまった」

 「しかたがない。誰かを口説きに行くか」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誤字脱字・感想があれば掲示板へ

humanoz9 + @ + gmail.com

第171話
第172話
第173話