仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第174話

 1910年(明治四十五年)七月十日

 江戸城

 「ここにお集まりになられた方々に、作業部会での検討会を経た後、露西亜が占領したイスタンブールのアジア側とヨーロッパ側を連結せよとの通達ですが、双方をトンネルで接続する以外に方法は、見つかりませんでした」

 「一つ質問してよいかな。露西亜黒海海軍が地中海にでてくるために埋め立ては駄目だというのは理解している。しかし、前提条件として、なぜアジアとヨーロッパを接続しなければならぬのだ。経済的な利点が大きいからか」

 「はい、それではなぜトンネルを掘らねばならないかを含めて説明させていただきます」

 「露西亜は、ヨーロッパ側とアジア側の双方を占拠いたしました。これは、片方でも残せば、輸送船が海峡の最も狭い所を通航する際、安全を確保するために必要なことです。なお、この海上航路で最大の利益を得ているのは、日本です。なぜならこの航路で浮世絵を運んでいるといえば御わかりいただけるでしょう」

 「では、この双子都市で最大の懸念をあげさせていただいます。双方に守備隊をおくのは、愚の骨頂というか、戦力の分散という好戦国家を相手にする際に一番おかしてはいけない理由ゆえです」

 「しかし、この戦力を一つにする手段があれば、片方への退却戦という形でもしくは戦力の一元化という点で欠点が最大の利点に変わるわけです」

 「なるほど、わしにも両岸を一元的に運用することが必要なことはわかった。では、海の下までトンネルを掘るしかなかったのか」

 「前例がないわけではありません」

 「トンネル技術は日進月歩しておりますが、海底トンネルというのは前例がありません。しかし、英吉利は水底トンネルとして、全長七キロ。水面下で三キロという長大なトンネルを86年に完成させておりまして、技術的には可能であると検討会で結論を出させていただきました」

 「ちなみに、脱線するがなぜ水底トンネルというききなれない名前なのだ」

 「はい。英吉利のセヴァーントンネルは、海底トンネルのつもりで河口を掘っておりましたところ、途中水底部でわき出した水が淡水であったために、このような名前になったとのことです」

 「で、何も世界初でというのなら、海上部を橋でつなげば問題ないはずだが」

 「世の中、機関車の時代です。そして、橋の下を露西亜艦隊が通過するとなれば、海上部で海面下から最低五十メートルの余裕が必要です。そして、全長よりも大事なのは、橋の両端を支える支柱間距離である中央支柱距離が一キロと試算されました。つまり、二編成の列車が通過する際にも耐え、そして海上部で五十メートルの空間を確保するとなりますと、つり橋を鉄橋で建設する必要があります。残念ながら、トンネルは数多く建設してきた日本ですが、技能の蓄積のない全長二キロのつり橋を国際公約で建造しようとする度胸はございません」

 「もし、それでもやれと言われたら」

 「関門海峡が練習にちょうどよろしいかと。関門海峡大橋を三回ばかり練習させていただきたくあります」

 「わかった。選択肢はないのだな。それでは、戦争の終結とともに、トルコで海底トンネルを掘ってきてくれたまえ」

 「はい。西洋と東洋をつなぐ希望のトンネルとして大々的に宣伝されるような世界初でありたいと思います」

 「では、建設期間だけ聞いておこうか」

 「トルコは、日本に並ぶ地震国だときいております。地震に振り回されるようなことがなければ、単線で四年。複線化で六年と見積もっております」

 「そうか。パナマ運河建設時のような国家存亡をかけるような事態にはならずに済みそうだな」

 

 

 八月二十四日

 三河設楽郡長篠近郊

 「亀姫様、御約束では、長篠のご様子をうかがうだけと聞いてついてまいりました。長篠城を拝見するとは、お約束違いではございませんか」

 「そうでもいわねば、勝はついてこなかっただろうが」

 「それ以前に、長篠の地に姫様をお連れするわけがございません」

 「なんだい。これから婚約する奥平の跡取りを見に来るのは当然の権利」

 「そううまくいきますかね。いいですか、姫が婚約するまで奥平は武田側なんですよ。姫を生け捕りにして、武田家に差し出し、武田家に忠誠を尽くすといってもこちらは文句を言えないんですよ」

 「いちいち勝は、うるさいね。いいかい、私が婚約する相手がそんな家なら、いいさ、武田家に差し出されて命がなくなっても文句はないさ。そんなわけで、顔を拝みに行くよ」

 「捕まっても文句はなしですよ」

 「いいさ、勝の奮闘むなしくつかまりました。それでいいじゃない」

 「家康様のご長女がこんなじゃじゃ馬に育つなんて。家康様は、二カ国の大名。おしとやかにさせる方法はないんですかね」

 「父上は、岡崎に凱旋するまでに十年間も人質暮らしだったからね。それに私は、今川の血をひく少し微妙な立場の人間なのよ。徳川が織田家についた以上、今川の血が入っている人間は、一言でいえば出生街道から外れたわけで、織田家についていく以上、私は奥平に押し付けられたわけよ」

 「そうじゃありません。姫様は徳川家の長女。姫さまが嫁ぐ一族が出世すれば問題ありません。私、勝もそれに助力いたします」

 「では、奥平の偵察に参りますよ。私たち二人の将来がかかっているのですから」

 「おかしいです。なぜか言いくるめられたとしかいいようがない」

 

 

 長篠城近辺

 「そこの怪しい二人。神妙にいたさぬか」

 「それは小娘の私と警護の勝に言っているのですか」

 「ああ、今は武田と徳川と織田の三家がうろついているんでな。どこのものか白状してもらおうか」

 「逃げられないみたいだね。しょうがない、はいこれ」

 「姫様、そんなに簡単に家紋を出さないでください」

 「人間あきらめが大事な時もあるさ」

 「ほう。これは葵の家紋。では、お縄にしてもよろしいですな」

 「しょうがない。お縄にしてもらおうじゃないか。そうすれば、城の中をうかがえるというものさ」

 「はは。威勢の良い娘さんだ。これ、警邏隊長、ワシに免じて見逃してやってくれんか」

 「しかし、お殿様、それでは武田家に示しがつきません」

 「そういうな。たまたま、葵の紋が入った小柄をもった小娘に出会った。今日のところはそうしてくれないか」

 「いいね。話のわかるおっちゃんだ」

 「これ。この人はこの城の持ち主だ」

 

 「「「カット」」」

 「はい。今日の撮影はここまで」

 

 

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