仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第175話

 1910年(明治四十五年)八月二十五日

 浜松城天守閣

 「父上は、御在宅か」

 「はい。只今、書類仕事をされています」

 「亀が相談に参ったと、伝えてくれぬか」

 「はい、ただいま」

 「亀姫様、家康公に会ってどうなさるつもりで」

 「善は急げと申すではないか。婚約が決まる日にちを訊きに参っただけのこと」

 「では、姫様はすでに奥平にと嫁ぐ気でいるのですね」

 「亀姫様、お殿様がお会いになるそうです」

 「案内せい」

 「こちらへ」

 「お殿様、亀姫がまいられました」

 「通せ」

 「亀姫、入ります」

 「亀、今日の用事はなんじゃ」

 「父上、奥平に嫁ぐ日はいつか、訊きに参りました」

 「織田家がもたらした極秘情報をよくつかんでおるのをほめてやりたいところだが、嫁ぐ心構えができたというが、その心境に至ったのはなぜじゃ」

 「今日、長篠城まで出かけ、その目にみてまいりました」

 「そこで誰に遭った」

 「警邏隊と奥平の殿様と言われる人に」

 「その人物は、お主の婚約する場合、義父といわれる定能殿だ。今現在、長篠城当主だ。亀よ、そちは某が織田家で二年の人質、今川家で実質十三年間、人質同然の生活をしてきた故、じゃじゃ馬に育とうと咎めがせぬ。しかし、そちの行動で巻き起こされる現実に責任を取らねばならぬ。その答えが嫁入りか」

 「はい」

 「では、三日後にこの城を訪れる人物に奥平貞昌殿に嫁ぎますと自ら報告せよ」

 「ありがとうございます」

 「そこの者。正信を呼べ」

 「ははっ」

 「正信参上いたしました」

 「要件は、じゃじゃ馬姫の出しゃばりじゃ」

 「どこからか、亀姫様は、自身の婚約相手が奥平家に決まりそうなことを織田家とのやり取りで入手されていたのですね。と、いうことでそこは亀姫様ゆえ、ご自身で見分に出かけられましたか」

 「いかにも、その場で見つかって警邏隊に誰何され、最終的に城主の計らいで無罪釈放されてきたという」

 「でしたら、衆人監置の下で城主がそのような手筈を取るのでしたら、先方は腹をくくったといえますな」

 「左様。我が方に味方するという方針を一番上が徹底したのだ。もはやこれはひっくり返りますまい」

 「しかし、これで奥平の方針が各国に伝わった」

 「当然、武田家も監視を長篠に放っておりましょう。明日までには甲府まで奥平家の寝返りが露見いたすでしょう」

 「そちの見立てではどうだ」

 「勝頼の将器次第でしょう。将器が大きければ、まだ使い道があるとして奥平の次男坊以下二名の存命がかなうでしょう」

 「その場合、三日後に届く使者は織田家からとみてよいか」

 「しかし、将器が小さい場合、浜松城にやってくる使者は奥平家からの者となりますでしょう」

 「その場合、徳川家に奥平の勇兵五百が加わるが」

 「殿には、奥平に大きな借りができてしまうでしょう」

 「そのようなことを減らすために根回しをしていたのだが、我が国と武田家の国境を越えるのが忍びにとっても難儀でな」

 「はい。諜報が入りにくい国ですから、甲斐という国は」

 

 

 

 八月二十八日

 「お殿様、奥平定能殿がお見えになりました」

 「そうか、亀も同席させよ」

 「はっ」

 「亀がまいりました」

 「では、奥平殿からの報告を訊こうか」

 「武田家からの通達ですが、武田家に預けていた我が家の人質三名、磔にされました。さらに長篠城を攻め落とそうと全軍をもって進軍を開始いたしました。よって、奥平は徳川家に頼るほかなく、本日より城主は、息子の貞昌に譲り徳川家に差し出す人質には某が務めさせていただきます」

 「亀、そなたの行動で国が動く。ワシは三日前に今日到着する使者に報告せよと申した。しかし、長篠はこれより戦場だ。それを踏まえたうえで、奥平殿に返答せよ」

 「亀は、今日より徳川家ではなく奥平の一員です」

 「よかろう。亀は奥平のために動けばよろしい」

 「誰か、織田家に援軍を要請せよ」

 「はっ」

 

 

 

 その日の夕刻

 「何、あのじゃじゃ馬は、長篠に向かったというのか」

 「はい。亀は責任をとると申して」

 「わざわざ、戦場に出向いたか。で、わが城からは何がなくなった」

 「鉄砲が二十丁。それに十分な弾薬もなくなりました」

 「それが亀の言う責任か。仕方がない、父としては織田の援軍を待つ以外にないのが歯がゆい」

 「はい、カット」

 「本日の撮影はここまで」

 

 

 

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