仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第176話
1910年(明治四十五年)九月一日
武田軍本陣
「長篠城、孤城じゃ。一日あれば落とせよう」
「殿さまに報告いたします。長篠城に詰めている城兵は、五百」
「ならば、ひとおもいにひねりつぶしてやる」
「で、弱点はないか」
「残念ながら、殿様は奥平の人質を殺しました。よって、これより降伏を願い出たところで無駄だと城兵は理解しております。ゆえに、城兵は死兵でございます」
「南は、豊川と宇連川との合流地点に本丸を構築。それはまるで錐の先のようにとがっておりまして、攻め手は北側の一方しか残っておりません。また、川に囲まれておる上、南からの攻めがないとなれば、水手を切るという手法は使えません」
「水手を切ったところで、城内に甕があれば一月はもつ。それは考慮しなくてもよい」
「後、本丸を最南端に、その北に二の丸、三の丸を配備。それらの連携は、廓でなされております。ただし、長篠城は、平城にて、攻め手は上り坂を文字通りはいのぼる必要はございません」
「要するに、第一の門、二の門、三の門を抜ければ、城は落ちると」
「御意」
「では、攻めるのみ。法螺を鳴らせ」
「ぶおおおおおおおおーー」
三の丸
「さあ、やるだけのことはやった。後は、勝に賭ける」
「皆のもの、よいか」
「亀姫様、女子衆で三の丸を守るのですか」
「ふむ、一の門まで二十間。ちょうどよいわ」
「しかし、我らは種子島を撃つことは出来るようになりましたが、一間も二間も外します」
「問題ない。敵は大軍。一間外れたところで敵に当たるのは確実」
「しかし、急所なぞ狙えません」
「むしろ、急所にあたらないほうがよい。出血の激しい箇所にあたれば、傷者並びにその運搬役として二名の介護者が戦場から消える。損傷率三割で部隊が消えるも道理」
「しかし、種子島で敵の侵入を止められましょうか」
「それはやってみなければわからん。敵のいる付近に弾を撃てればよい。敵のはみ出し者は、味方の武士に任せて、鉄砲はひたすら集団を狙え」
「やるしかありませんね。敵に寛容の心意気はなし。やるかそるか」
「そう、やらねば敵に殺される。ただそれだけ」
「さすがに川越えで攻めてくるものはいないだろうが、敵は騎馬隊じゃ。南方に逃げたところで、敵の騎馬に追い付かれる。ここら一帯で城内以外、安全なところはなしじゃ」
武田本陣
「で、戦闘が始まって二刻、一の門が抜けぬ理由は?」
「鉄砲の数が多すぎます」
「実測で、いかほどか」
「百」
「それほどの数が用意されておったのか」
「はい。一斉射撃から通常一分ほどの猶予が生まれます。しかし、敵の次射は二十秒後、これは部隊が三部隊待機していることを意味します。また、敵の射撃は一見素人、しかし、眉間や首といった急所を狙っているのではなく、わざと太ももや二の腕を狙っているように兵士たちは感づいています」
「それならば、前進できよう」
「いえ、皆勝ち戦というのを理解しておりますゆえ、例え軽症だとしても、決戦は武田と徳川との直接対決にこそ、褒賞がもらえるとあって後ろに下がっています」
「では、武田家の総力うち、使える兵士は半分以下か」
「それはやむをえないかと。元々、戦場の華である騎馬を任せられている人間にとって、馬から降りて戦う攻城戦というものは、先代の時から必要最小限になされていましたから」
「いうな、敵の弾切れを待つ余裕はない。このまま、力攻めで押すだけだ」
三の丸
「亀姫様、順調です」
「そうだな。女子衆のうち、掃除の得意な連中五名は、発射した種子島の掃除。火打石で鍋を焚くのがうまい五名は、撃ち手。籾すりの得意な五名が弾込め。それぞれ分担して、発射間隔二十秒じゃ。弾がなくなるまで、女子衆の出番じゃ」
「姫様、弾がなくなったらどうするので」
「その時は本来の役目でよい。弾が切れたら、後は織田徳川連合軍まで使者として走らせた勝の到着を待つまで、従来戦じゃ」
「城は何日もつでしょうか」
「勝が片道、二日で走破しよう。となれば、残り四日がんばれば助かる」
「では、勝利は近いですね」
九月三日
岡崎城城門
「開門、開門をお願いいたす」
「理由を訊こう」
「某、武田家に包囲されている長篠城からまいった亀姫の従者勝でござる。家康公はいずこ」
「ここで織田家と軍議をなさっている」
「拙者、奥平家の使者としてその軍議に出ねばならぬ。なにとぞ、開門されたし」
「待て、そなたを知っている者はいるか」
「某の兄、鳥居門左衛門が足軽組に所属いたしておる」
「門左衛門を呼びにいけ。本人確認が済み次第、軍議の場にお連れせよ」
「殿、それに織田家の皆さま方。たった今、長篠城より使者がまいりました。通してよろしいでしょうか」
「ふむ」
「おお、勝よ。いかがいたした」
「某、鳥居強右衛門勝商と申す。この場にいる皆様にお願いする要件はただ一つ。武田本陣に包囲されている長篠城を御救いください。それがかなわねば、ここで死すのみ」
「馬鹿、軍議が穢されるではないかぁ」
「その意気、気にいった。家康殿、すぐさま長篠にまいろうではないか」
「では、織田徳川連合軍としてすぐさま、北上いたします」
「では、拙者、この知らせを一刻も早く長篠に知らせようとおっもいます。では失礼」
「これ、そのような役目、他人に任せておけばよかったものを」
「いや、あれこそ三河魂の塊そのものでござろう。もはや、止めることはできまい」
武田本陣
「殿さま、奥平の雑兵と思しき武士を一人捕まえました。いかがいたします」
「あって、情勢を訊こうではないか」
「そなた、何奴じゃ」
「亀姫が従者、勝商」
「そなたの役目は、勝頼の首か」
「某は、奥平家の使者として徳川家へ援軍を要請しにいってまいった」
「首尾は?」
「某が一人というのが全てでござる」
「ほう、援軍はなしか。ではそれを長篠城の門前でいえば、開城後、釈放してやる」
「では、門前に参る」
三の丸
「あれは、勝殿ではござらぬか」
「敵につかまったのか」
「では、この籠城は無駄か」
「明日にでも開城やむなしか」
「亀姫様、長篠城の面々にお伝えいたす。この鳥居強右衛門勝商、岡崎城にまで往復してまいった。ここにいる兵士の二倍の兵を連れてこの城を救いに来てくれると織田家は約束してくれた。後、二日の辛抱ぞ」
「おお、よくぞ、使者の役割を果たしてくれた」
「ええい、そ奴の首をきれ」
「ぐはっ」
「勝のためにも後、二日の辛抱じゃ」
「「「「おおっ」」」」
九月五日
長篠の戦いで織田徳川連合軍が武田騎馬隊を破る
連合軍本陣
「亀姫、そなたはこの勝利の立役者じゃ。なんぞ、望みはあるか」
「我はすでに奥平の者。奥平にその栄誉を与えたもう」
「ふむ。では、奥平当主に我の『信』を与えよう。家康殿、問題はござるか」
「問題はございません」
「奥平当主、これより信昌を名乗らせていただきます」
「はいカット」
「やっと、撮影終了か」
九月二十日
オテル日本橋
戦国ハイカラ姫の上演会
「なあ、徳川の世でこのような神君を題材にした映画は問題ないのか」
「それは気にするな。この作品を作ったのは大奥だ。大老とて、大奥の外貨稼ぎには頭があがらないから」
「そっか、それをきいて安心した。しかし、劇場版というものはえらくテンポが早いな」
「そうだな。現実では、長篠城に武田が攻めてくるまで二年の猶予があったんだが」
「それは、ご都合主義というものだよ。それを待っていたら、ここにいる江戸在住の仏蘭西大使、露西亜大使、伊太利大使の要望を満たすために二年後に映画の完成となるぞ」
「それもそうか。お、終了だな」
「トレビアン」
「ブラボー」
「ハラショー」
「すぐさま、これを戦場の慰問作品としてヨーロッパにお送りしていただきたい」
「それはもう」
「いや、これはオタク並びに女のための作品ではござらぬぞ」
「左様ですか」
「一人の女のために兵士が命を投げ出す悲劇あり。その上で家門の繁栄あり」
「いえいえ、途中までは女の作品ですが、長篠の戦い、あそこでの火縄銃、やけに現実味がありましたな」
「それは、伝統を大事にする国ですから、火縄銃三千丁、全て本物を使用させていただきました」
「そうですか。あの長篠の戦い。火縄銃をライフル銃に、騎馬隊を騎兵隊に置き換えますと此度の大戦の構図をそのまま映し出しておりますな」
「たしかに、今現在、機動力を有した部隊が歩兵部隊に突撃しようとも守備側である歩兵隊にたどり着く前に撃破される、まさにそれが三百年前の日本あったとは。いやはや、恐れ入りました」
「でしたら、その言葉を継ぐのはこうですな。徳川天下太平三百年は、この大戦後にもたらせたものであると」
「なるほど、徳川日本は世界の三百年先を行っていると申されるか」
「いや、そうではござらぬであろう。戦争は、停滞を産み、平和に勝るものなしと」
「そのような解釈はご自由でござる。作品というものは多角的な視点で見てもらうのが浮世絵以来の伝統でして」
「全くその通りで」
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