仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第178話
1910年(明治四十五年)十月十九日
独逸外務省秘密諜報部
「それでは、現在中立を宣言しているセルビアは、我らにオスマン帝国がついているため、同盟国側に引き込むのは無理か」
「それが、セルビアに滞在させている諜報員によりますと、かの国はスラブ系のセルビア人が人口の四分の三を占め、セルビア人の考えが通る国です」
「多民族国家である墺太利がうらやましがる人口比率だな」
「スラブ系でありますが、セルビア人は南セルブ人となりましてまとまりはバルカン半島というくくりです」
「オスマン帝国下で住民反乱は、他国が攻め込む度に起きた国だから、実に熱しやすい性質を持つ民族と言い換えてみてもいいんだがね、此度、中立を崩さないのはどんな理由があるのかね」
「それが利で誘われています。戦争以前、我が国は露仏間を通過する列車の通り道でした」
「ああ、それなりに線路利用料が支払われていた。それに、露西亜向けに輸出する路線として多いにつかえたものだ」
「それが戦争勃発後、露仏間の輸送経路は、バクーより伊太利領まで海上輸送を使うようになりましたが、バクーで海上輸送用に積み替え、またさらに伊太利で貨物の積み替えをするなど、繊細な貨物であれば荷主は戦争非常時では我慢するでしょうが、平時ではスエズ運河経由との比較を当然行うでしょう」
「荷主としては当然だな」
「露西亜と仏蘭西がうまくいっているのは、鉄道輸送による利益を相互に享受しているわけです。スエズ運河経由となりますと露西亜に利益はなく相互の関係もぎくしゃくしかねません。そこで、両国は新たな鉄道輸送経路を独逸抜きで構築することを思い立ちました。一言でいえば、シベリア鉄道とオリエンタル急行との乗り継ぎです」
「なるほど、それで露西亜はオリエンタル急行の終着駅ともいわれるイスタンブールの確保で大いに満足したのか」
「これには現在、戦争のきっかけとなりました伊太利領も通過するため、伊太利、露西亜、仏蘭西の連合国は経済的にも戦争終了後も連携を強めることがかないまして、我が国に泣きついてきたオスマントルコと我が国の関係以上に親密であります」
「なるほど、セルビアがおとなしいのはその利益の共有に加えてもらうつもりで、話が進んでいるせいか」
「はい、連合国三国とセルビアが加われば、セルビアと伊太利間を領有している墺太利領を分捕るだけで、世界最長のユーラシア鉄道がかなうわけです」
「しかも、独逸や墺太利といった戦時に敵対する国家がない路線ときたか」
「そうか、オスマントルコがギリシアを退けたという同盟国側が盛り返したという情勢をもってしても、セルビアを同盟国側に引き込むことはかなわないか」
「それに日本が同盟国周辺国家で秘密上映会というものを開催しておりまして、将を落とさば駒からといわゆるからめ手を担当しておりまして、セルビアでもその秘密上映会というものを耳にしました」
「それは、同盟国では上映しないということか」
「はい。浮世絵で上客と言われる方々に特別上演会という名目で、案内状が送られてきます」
「ほう、限定というものに女は弱い。そこをついてきたか」
「で、上映会となれば当然、パートナーを連れてきます」
「当然、男だな」
「もう、一番着飾って、一番見前がよい奴を連れていくわな」
「そうなりますと、上映会で出会うメンツは、国政を担う連中や実業界の大物らがばったり出会う場となりまして『やあ、君も来ていたのか。そうなんだ、こればかりは断れなくて』といった会話が交わされます」
「そこで上映されるのは、戦国ハイカラ姫。中身は、女向けかと思えば、後半から戦争ものとなり、連れの方が熱くなってゆく。で、最後の感想は様々だね。男は、現状、塹壕戦に移行した世界を三百年前に遭遇した世界を経験した日本への驚嘆もあれば」
「ハイカラという始祖は三百年前の日本に遭ったという感動を口にする者もいる」
「現状をかえるには、三百年間の間に進歩したものを使う必要があると技術の進歩の必要性を確認する技術者もいれば、様々な議論が上映後に会話が交わされるという社交場に一転する」
「はは、その場にいたような報告だな」
「いました。その場に臨場感だな」
「いました。いけなくなった連れの代わりに見栄えの良い自分が上演会に出席しました」
「ほう。ではその上映会が同盟国周辺国家でおこなわれるのか」
「はい。あくまで上映会という形式をとり、一般には連合国以外、上映されません」
「うまい広報であり」
「かつ、連合国への支援を狙ってますね」
「はい。その場で、セルビア経由で新しい夢のユーラシア大陸横断鉄道の広告も出ます」
「戦後処理の話もその場ででてきたか」
「では、その新しい鉄道の建設は、連合国が勝った場合、同盟国に押し付けましょうね」
「賠償金代わりに、金がなければ強制労働という形で」
「同盟国に回せ。戦争に負ければ東欧で強制労働が待っていると」
「それに、利権から排除されると、同盟国の結束を高める役目をしてもらおうか」
「そして、君には緘口令だ。もし、そのようなことが私の妻に入ってみろ。君はその妻に向かって上映会の一部始終を一切合財詳細に報告する義務を課す」
「そのようなことがないように、気をつけさせていただきます」
「君には期待しているよ。君の将来がかかっているからね」
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