仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第179話

 1910年(明治四十五年)十二月十七日

 パリ オペラ界隈 仏蘭西映画上映会 『オルレアンの乙女』

 中世、すでに仏英間で百年にわたる戦争が続けられた時代に仏蘭西東部の農村に、地主の娘としてジャンヌ=ダルクは生まれた。敬虔深いカトリック信者として彼女は、成長していったが、時代は仏蘭西にとって優しくはなかった。

 英吉利は、仏蘭西王の親戚であり、それを盾に仏蘭西領を我がものにしようと五代にわたって、仏蘭西領を侵略していった。その成果は、仏蘭西領の北半分を英吉利が手にしたことで英吉利国内での雑音を消すには十分であった。事実、英吉利軍はここ十年、戦えば常に勝ち続けており、仏蘭西は、パリを失い、連戦敗北を重ねており、指揮官は敗北を先延ばしするために、籠城戦に頼るばかりであった。

 そんな最中、ジャンヌ=ダルクは祖国回復を願う一国民であったが、彼女を止める者がいた。彼女と交信した天使ミッシェルである。

 「あなたは十三歳で農家の娘にすぎない。そんな娘の言葉を真に受けてくれる人は一人もいない」

 「でも、仏蘭西は後十年したら王国として存在できないと言われているわ。今、私は十三歳けど、今、動かなくて仏蘭西をいつ救うのよ」

 「後十年したら、仏蘭西が仏蘭西でなくなるっていう噂は英吉利軍が流しているのだけど、確かに英吉利の思う通りなら十年後、仏蘭西王国は王から諸侯に格下げされて、仏蘭西は英吉利の支配下に置かれる」

 「そう、天使のあなたが言うのならそれは確かなのね」

 「けれど、逆にいえば後十年はある。その間にあなたができることがある」

 「私にできることならば何でもするわ」

 「そう、ではこれを受け取りなさい」

 「これは、蚕のつがい。これでどうするというの」

 「あなたが信頼してもらうには、それなりの服装がいる。文字通り蚕から糸を紡いで誰からも神の使いとして信頼されるために」

 「では、この蚕を養蚕して服を縫えばよいのね」

 「とりあえず、四年間、蚕を繁殖させ、生糸を積み上げなさい」

 「わかりました。ひたすら養蚕に務めます」

 「では、四年後、その時に準備ができていることを願うばかり」

 

 

 

 ジャンヌがひたすら、養蚕と製糸に励む中、その作業をみた商人はすぐさま彼女にその生糸を売ってくれるよう商談に出た。しかし、彼女はすでにこの生糸の使い道はすでに決まっており売約済みと言い切った。商人はそれを残念に思い、またその声を各地に広めていった。金の生糸を紡ぎだす少女がいるといって。

 四年後、ジャンヌの噂は仏蘭西中に広まった。すでにそれを仕立てて出来る金の生糸量は、上着ならば四着できるかといわれる量であった。

 「では、これからが本番。その半分を使ってマントを縫いなさい。あなたが新世紀の王にふさわしいと思う人を戴冠式で戴冠させればよいのです」

 「その人はどこにいるのでしょう」

 「戴冠式の場所は決まっています。歴代仏蘭西王の戴冠場所となったランスの街にあるノートルダム大聖堂。それ以上はあなたが決めるのです」

 「マントに関しては了承いたしました」

 「では、残り半分であなたが戦場に出るために聖衣を縫いなさい」

 「縫い方がわかりません」

 「心の目で縫えばよろしい」

 「それは、目をつぶって縫えということでしょうか」

 「それで結構」

 「では、糸を紡いで織ります」

 「二年後、あなたはすべての準備ができて、全てが動き出すでしょう」

 「はい」

 

 

 

 二年後、ジャンヌは十九歳になった。その頃には、ジャンヌが戴冠式に使われるマントを縫い終わったことを知らない仏蘭西人はいなかった。そのマントをまとえば一介の農夫であろうと、仏蘭西王でなり得るというほどに。

 袴という金色の聖衣を着たジャンヌは、その足でシノンに向かった。シノンでジャンヌは、そこで王と出会ったが、

 「汝、そなたが戴冠式に用いるマントを縫い上がったときいた。それは余にそれを着せるつもりか」

 「今だその時ならず」

 「その時とは」

 「ランスの解放。そのために、オレアニンから英吉利兵の駆逐」

 「よかろう。その言やよし。五千の兵をそなたに遣わす」

 「では、早速オレアニンに向かいます」

 ジャンヌを旗手とする五千の兵は、秘密裏にオレアニンに向かった。オレアニンで歓喜に迎えられた救援兵は、それまでの籠城策を一転。旗手ジャンヌを先頭に次々と要塞を落としてゆき、ついにオレアニンの解放はなった。パリ開放を後回しにしてジャンヌ達は、一路ランス開放を目指し、前進していった。次々と仏蘭西の各都市を奪回し、ついにランスに五千の兵を与えてくれたシャルル七世をノートルダム大聖堂で黄金のマントをまとい、戴冠式をなすことができた。

 ジャンヌは、この後も各地を転戦していったが、仏蘭西人の裏切りに遭い、英吉利に魔女として売り払われた。魔女裁判で有罪となったジャンヌは、黄金の袴を着たまま火あぶりの刑に処せられた。ジャンヌの死、それは仏蘭西の怒りであり、仏蘭西は一丸となって英吉利兵をカレー海峡につき落としたのであった。

 

 「仏蘭西は、ハイカラの祖は仏蘭西にありといいたいと?」

 「いや、文化でジャポンに負けられないという気概が生み出した作品だね。ハイカラの祖はジャポンに譲るつもりらしい」

 「あくまで、この作品は戦争の意気高揚のため」

 「確かにジャポンとの共通点も多くみられたね。どちらも養蚕で有名な国だし」

 「それでだ。仏蘭西はより一層、総力戦を戦うために、女兵の礼服を袴にした」

 「ほう。仏蘭西は、総力戦で勝ち抜くつもりだね」

 「どうかな。これを作成するように要請したのは、女浮世絵の上客という噂でもちきりだと」

 

 

 

 

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