仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第181話

 1911年(明治四十六年)三月一日

 仏蘭西陸軍司令部

 「さて、ここに集まった諸君は、人事権を発動する立場にある方々だが、これからある人材の取り合いをしてもらう。これは人事部長をしている自分には持て余してしまう件である故、なるべく大多数の賛成を得てもらいたい故、会議を始めることにしたい」

 「それは、我々全員の責任か」

 「これではそもそも、ことの始まるとなる掲示を改めてみていただく。戦争が総力戦となることを実感した上層部からの指令で次のような国家総動員に貢献する浮世絵を仏蘭西各地に掲示しました」

 

 

 

 少尉にならないか 仏蘭西陸軍

 「ああ、全体としては功の部分が多かったな。この文面をみて、此度の戦争に対する国民が一致団結してくれるようになった」

 「軍需工場の生産能力があがったのも大きい」

 「そうだ。此度の戦いで地上戦を決めるのは、まずは火力。それを可能にするのは、ひたする軍需工場での製造あるのみ」

 「はい。この掲示により独逸との戦争は、騎兵隊による独逸軍の奇襲をライフルによる火力によって跳ね返すことができるようになりました」

 「おかげで、前線にいる歩兵の仕事の八割は、塹壕掘りになってしまったがね」

 「戦争が持久戦に移行したのは、海外に植民地を抱える仏蘭西の方が有利だ。少なくとも海外に金のなる木をたくさん抱えていられるからね」

 「独逸の海外植民地がアフリカ南部にあるのはつくづく残念だよ」

 「ああ、まわりを英吉利の植民地に囲まれているため、北アフリカにある仏蘭西植民地から攻撃する手段がない」

 「独逸の海外植民地は太平洋を除くとアフリカにある三か所とだけだし、無視してもよろしいでしょう」

 「話は、最初に戻しますが、少尉になる方法を仏蘭西陸軍が明示しなければならないということです」

 「出世したい連中か」

 「そういう連中は、行動に対する慎重さが足りない場合が多くて、使いづらい連中ですなあ」

 「陸軍が求める歩兵は、一にも二にも何にまして塹壕を掘るだけで一カ月が経過しても文句を言わない一言でいえば、文句の言わない無口な兵だ」

 「はい。それは人事部も重々承知しています。そういう連中を徴兵検査の時、厳選しているつもりです」

 「今回、その選考に引っ掛からない連中か。そういった連中は、軍需工場か、輜重部隊にでも配属しておけばよろしい」

 「いえ、そうではございません。此度問題にしております連中は、一言でいえばハイカラな連中です」

 「女なのか?」

 「はい。一言でいえば、前線を希望するじゃじゃ馬で」

 「どのような連中は、輜重部隊までだ」

 「そうだ。前線に補給する物資は様々だ。例え、彼女たちが飛行機乗りだったとしよう。前線に、飛行機を輸送する部隊でよいではないか」

 「なかなか適切なコメントをありがとうございます。此度、前線勤務を希望した女性兵士は、三百人を上回り、なおかつ飛行機乗りといった極めて極少の技能を持ったひと癖も二癖もあるような面子です。それでは、その一覧を記した履歴書をご覧ください」

 「うーん。看護婦もいるのか」

 「はい。その資格を持つ女性兵は、赤十字部隊として活躍していただく予定ですので、前線勤務を希望する彼女の要望を満たすことができ、なおかつ、他の男性兵との間で軋轢が生じない少数派の人材といえます」

 「飛行機乗りの資格を持った人材六名をどうするかだね」

 「はい。飛行機乗りは最終的には五百人部隊を予定していますが、人材育成に時間がかかる技能職です。そのため、飛行機の輸送部隊に一律配属というのも全体の士気という点で問題が生じまして、人事として頭を悩ませています」

 「彼女たちが輸送部隊に配属されて納得する理由がいるのであろう」

 「はい。全体として士気が向上する方法を提示していただければ幸いです」

 「慰安部隊はいかんのか。仏蘭西陸軍前で曲芸飛行をすればそれで納得しないか」

 「慰安部隊という名前を受け付けないメンツでしょう」

 「じゃじゃ馬ですから、今度はそのような人事を決めた連中にまで直談判しにくるでしょう」

 「はは、そのような面談はこりごりだ。うちの妻だけで十分だ」

 「よろしいですか。私はこの中で飛行機乗り以外の技能職として、弁士に注目しております」

 「弁士とは、また美男美女が多いときくが」

 「多いですね。映画の主演女優に選ばれる最終予選にまで勝ち残った面子が四名います」

 

 「じゃじゃ馬とは、美貌ゆえ増長した連中か」

 「それでですね、前線に必要な才能として弁士ですが、今ちょうど『オレアニンの乙女』の弁士をこのじゃじゃ馬どもにやってもらえば、一般兵も多いに納得してくれると思うのですが」

 「なるほど、このじゃじゃ馬を弁士に。それは一石二鳥だ」

 「じゃじゃ馬がオレアニンの乙女の弁士をしてくれれば、少尉の位をやってもいい」

 「しかし、誰がその連中に鈴をつけるのだ。慰安部隊という名を出した地点で、剣を抜きかねんぞ」

 「確かにこれはうかつでした。命名する立場の名誉も守らなければなりませんね」

 「あのう、それに関して私に策があります。新しい軍を造ればよろしいのです。ただし、その任務の半分は、弁士とすればいかがでしょう」

 「でしたら、空軍という名はいかがでしょう。そこにじゃじゃ馬を押し込むのです」

 「なあるほど、仕事の半分は、弁士、もう半分は飛行機を使った偵察だな。女には偵察までとせよ」

 「だとすれば、空軍の頭には男で弁士ということになりますかな」

 「おお、一人いるぞ。弁士をしていたが首になって軍に入った変わりモノの男が」

 「では、厄介事をこの空軍に押し付けましょう」

 「これで、女性初の少尉も何とかなりました」

 

 

 

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