仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第182話
1911年(明治四十六年)四月二十日
ヴィルヘルムスハーフェン
「独逸帝国海軍、出陣。目標、仏蘭西ブレスト」
「出陣します」
「さて、石炭燃焼船を除く戦艦十五隻、総勢五十二隻が一堂に集結した艦隊だが、その戦力を有効活用できるか」
「やはり、机上での結果を引きずっていますか」
「二時間も進攻すればわかるさ。結果は寝て待てとな」
「考えることは、三国とも同じですかね」
「だろうな」
二時間後、アムステルダム沖
「総督、わが軍の飛行船より伝令です。露西亜海軍がサンクトペテルブルグより西進」
「やはりそう来たか。全軍、面舵いっぱい、引き返すぞ」
「世界二位の独逸艦隊をもってしても仏蘭西領海に侵攻するのはかなわずか」
「仏蘭西海軍のみならば、勝てるでしょうが」
「独逸を挟むように仏蘭西海軍を前面に、背後を露西亜海軍に押さえられるように布陣されますと、独逸までの帰路を失いかねません」
「かといって、バルト露西亜海軍が到着するまでに仏蘭西海軍と決戦を急ごうとも、その挑発に仏蘭西海軍は応じないでしょう」
「敵は、後の先を取ることを優先するさ。独逸海軍が仏蘭西領海にくぎづけされる時間が長いほど、万全の挟み撃ち体制が敷けますから」
「一言でいえば、仏蘭西領海に進出した独逸海軍は釣針を飲み込んだ魚だ」
「その釣り師は、右手が露西亜海軍、左手が仏蘭西海軍という連合国さ」
「陸軍からの突き上げがないので、決戦を急ぐ理由もありませんしねえ」
「手柄は、全て陸軍がいただく。海軍は邪魔をするなと言わんばかりさ」
「敵海軍は、独逸領に進出してきませんからね」
「敵にとって、地中海の制海権が第一ということさ。北海は危険を冒さないのが基本だ」
「中立国所属の船舶を巻き込まないので、輸出入に不自由していないため、陸軍が海軍に要求することはありませんし」
「あえていえば、自国付近を航行する船舶の保証ができていれば、海軍は沈黙していろということでしょう」
「世界二位の海軍戦力が泣きますね」
「仕方ないさ。我が海軍の戦力を露西亜と仏蘭西海軍を合わせると上回られるせいさ」
「今回の戦争。海軍乗りならばやはり活躍の目立つのは、露西亜海軍ですか」
「正確にいえば、露西亜海軍でもバルト海所属ではなく、黒海艦隊だね」
「確かにうらやましいですね。主砲をぶっ放して、一国の州都たるイスタンブールを海軍戦力のみで陥落させたのですから」
「おかげで、海軍とは海上をうごめく要塞砲という風潮が強くなった」
「それに引き換え、陸軍国家独逸は戦争開始以降、新しく建造しようという予算がつかないほどで、この差は何なんでしょう」
「戦力に余裕がなければ、三年先の戦艦よりも明日のライフル銃ということか」
「理不尽です」
「そうは言うが、陸軍の歩兵になりたがるやつの気がしれん」
「それには同意いたします。海軍兵が兎小屋に押し込められた兵ならば、歩兵はモグラですから」
「海軍は軍港で飯を食えるが、歩兵は塹壕という穴の中で携帯食だ」
「どうにもこうにも北海の制海権を維持しているだけでよしとすべきか」
「決戦をけしかけられないだけ、ましというものでしょう」
「さて、独逸領に引き返したときには、露西亜海軍もサンクトペテルブルクへと引き返してしているだろうな」
「はい。それは間違えなく誰だろうとそうします」
「独逸、一大決戦を望むにもその場を与えられずか」
「私は、声を大にして言いたい。機雷を使わせてくれれば、露西亜海軍がバルト海を出てゆくのを阻止できるものを」
「確かに、デンマーク領の一番狭い所に使えれればわが軍の勝ちは動かないだろうな」
「それをやると、一時的には優勢に立てるだろうが、中立国家の領海を犯すことになるわけで」
「北欧からの輸入がとだえるだろう」
「北海に入るまでの船舶を連合軍が止めるだろうな」
「中立国家を敵対勢力に近づけることになるだろう」
「では、海上戦力でなく潜水艦で露西亜海軍を待ち伏せということに」
「待ち伏せする所に適したところは、中立国の領海だね」
「雷撃が判明したところで、証拠を突きつけられれば、機雷と同じ結果が待ってるよ」
「うっ、自給国家がうらやましい」
「亜米利加のことを言っているのかな。儲かっているという話じゃないか」
「俺も戦争中、独逸に所属していなければ、亜米利加の株を買うだろうな」
「戦争って、儲かりませんね」
「戦艦をつくってくれないせいかな。ただ、国家総戦力ぶつけるという発想は、戦争開始時には予定されていなかった」
「誰でしょうか。半年で戦争が終結するという法螺を吹いた人間は」
「上の連中さ。戦争がもうかるとそろばんをはじいていた連中さ」
「そういっていた連中は、騎兵隊の突撃で死んだから、死人に口なしさ」
「よかったじゃないか。男が減ってもてるぞ」
「気休めはよしてください」
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