仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第184話

 1911年(明治四十六年)七月二十三日

 墺太利軍司令部

 「謎だ。墺太利軍を攻撃する部隊がない」

 「それは語弊があります。墺太利は、戦争の勃発国です。それゆえ、攻めてゆかねばならないのです。当然、戦争を吹っかけた国である伊太利に」

 「それはわかっている。それが戦争の目的であることに。だが、単純兵力で二倍の露西亜に背後を取られている我が国が、伊太利に攻めていってよいものか」

 「ですから、それは独逸の電撃作戦で鉄道を利用し、露西亜が攻めてくれば国境線で防御線を敷き、墺太利軍が露西亜の正面を支え、独逸が横っ腹をつくという取り決めがあったではないですか」

 「だが、露西亜は我が国に興味を示さず、地中海軍をもってトルコのイスタンブールを占拠してしまった」

 「では、伊太利を攻めるしかないのではございませんか」

しかし、伊太利の最前線に向け、兵力を集結しますと露西亜は必ず、背後を襲ってくるでしょう」

 「では、陸軍の都合はわかった。海軍を進軍させるしかあるまい」

 「地中海の制海権は、黒海露西亜海軍及び伊太利海軍が握っています。単純に言うと、こちらの海軍戦力が一に対し、先方の海軍戦力は、一たす一です」

 「つまり、援軍なしでは勝てぬと」

 「残念ながら、現状、墺太利海軍に許されている制海権は、ギリシアと伊太利に囲まれたアドリア海のみです」

 「そうだ。その海に制限されているため、ギリシア軍は安心して、トルコ山間部に攻め込んでいった」

 「そのことがよかったかどうかは、疑問符がつくようになりました」

 「トルコは、イスタンブールを失ったもののギリシア軍を退けて、勝利を得ました」

 「独逸は、仏蘭西に攻勢をかけているな」

 「ですので、守勢に回るばかりの墺太利軍は、肩身の狭い思いをしているわけで」

 「挽回の策はないのか」

 「やはり主戦場は、仏蘭西と独逸の決戦場という考えでしょうか。仏蘭西国境での勝利が同盟国と連合国との勝利を決定づけるという方針でいくしかないかと」

 「この戦争、独逸頼みになってしまったか」

 「ただ、独逸も騎兵隊の大半を失いましたので、新兵器に賭けるしかないといった風で」

 「二度目のクリスマスを戦場で越すことになりそうだな」

 「じわじわと厭戦気分が舞い上がっています」

 「こんな時、多民族国家は不利だな」

 「はい、常に戦争目的をかかげねばなりませんので」

 「唯一の救いは、国土を奪われていない事実だけです」

 「慰めにはならんな」

 

 

 

 

 八月四日

 露西亜宮殿

 「これより、露西亜帝国も戦争に協力するために、皇族を映画出演させる」

 「はは。パパ、本音を言わなきゃ」

 「そうそう。『戦国ハイカラ』と『オレアニンの乙女』をそれぞれ」

 「日本と」

 「仏蘭西が製作したから」

 「悔しがってるんでしょ」

 「いや、断じてそうではない。今度のクリスマスも戦場で年越しをするようでな。その兵士たちを戦争終結まで、挙国一致で頑張らせるためにこの映画は必要なのだ」

 「はいはい。建前はそうでしょ。でも、そんなうまい具合に使える台本があったかしら」

 「亜米利加南北戦争を今度の戦争に置き換え、銃後を守るために出演者は、四姉妹とその母親という形で主演は五人だ」

 「パパ、いつか撮ってみたいと狙っていたわね」

 「多分、四女のアナスタシアが生まれた時から構想を練っていたんだわ」

 「うん。それは否定しない」

 「そして、ちょうど長女の私が十六歳のうちに狙ってたのよ」

 「確か、若草物語は四部作よね」

 「四部作全部、私たちを出演させたいのかしら」

 「そうね。仮に一年で一作として、四作目が完成したころ私は二十一歳。いき遅れね」

 「そうか。それほど、出演には前向きとは、パパはうれしいぞ」

 「でも、パパのためじゃないからね」

 「だったら、ママのため?」

 「それも違うわ。アレクのためよ」

 「アレクは、病弱。でも、映画なら揺り椅子に座っても見ることができるわ」

 「そうか、パパはうれしいぞ」

 「で、パパは撮影中どうするの」

 「原作で、四姉妹の父親はどうしてたかい?」

 「戦争に従軍してた」

 「奴隷解放のために奔走してた」

 「というわけで、お仕事です」

 「え、本当、絶対撮影についてくると思ってた」

 「「「私も」」」

 「パパは悲しいぞ」

 「あなた、本当に仕事ですか」

 「ふむ、ママもそう思うよね」

 

 

 

 

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