仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第185話

 1911年(明治四十六年)九月九日

 仏蘭西空軍ブラン(白)映画館アンナ弁士控室

 「ねえ。戦争で最前線にいて、偵察機に乗っている時は最高なんだけど、なぜ、弁士と一蓮托生なの」

 「アンナ、それは私たちが新参者だから、歩兵部隊という先輩にお許しをいただくには、歩兵部隊を慰安するのが一番でしょ。あなた、映画俳優に応募したことはないの」

 「残念ながら、じゃじゃ馬路線まっしぐらなもんで。乗馬、自動車、飛行機を運転できるようになったんだから、その流れで戦争にしゃしゃり出てきた口。にっくき独逸を倒すといっていた兄が騎兵隊隊長で戦争が始まってすぐの頃、クリスマスまでには帰るといっていた言葉を信じていたいたいけなあの頃の私が一年前の話だなんて、この一年は中身の濃い一年だったのね」

 「ふーん、お兄さん、元気なの」

 「騎兵隊で突撃をかけた時の傷で、膝が不自由になって、一族の会社経営に専任しているわ」

 「それは不幸中の幸いねえ。もしかして、いいところのお嬢様でしたか」

 「じゃじゃ馬をするには、それなりの道具が必要なの。飛行機まで買ってもらったのは事実」

 「そうか。では、あなたには他人にもてたいという欲求が希薄なのかしら」

 「そうねえ。弁士をしているともてるのは実感するわねえ。でも、いろいろ贈り物をもらったけど、心が揺さぶられるものはなかったわ」

 「そうか、最初から自分用に買ってもらえる立場にいる人間なら、高価な贈り物とて道に転がる石と同じ扱いか。そんな恵まれた立場にいる者をときめかせる贈り物って、難しいわね」

 「それが何で、男の仕事場である戦場になんかいるのかしら。空軍を出たら周りは男ばかり。それも贈り物をどかどかとくれるのだけれど。物では満足させられることはないのかしら」

 「あなたとは立場が違うけど、弁士って映画俳優未満、街一番の人気者という位置づけにあるのよ。だから、もてるために、人に認められるために、人気者になって次の俳優募集につなげるためにあるという、人気者になるための登竜門という考え方もあるわ。だから、贈り物をたくさんいただけるというのは、それだけ人気者になったという証拠だと喜ぶ者がほとんどだけどねえ。今のあなたに興味ある物は」

 「出世かな。少尉になりたい」

 「男前な考え方だね。偵察機での出世か。となれば、どれだけ偵察時に情報をもちかえってこれるかにあるわね」

 「そうなのよ。ほら、偵察部隊って、ルージュ、ブラン、ブルの三部隊で競い合うようにしてるから、他の部隊より優れていないと出世できないわ」

 「上も考えたものねえ。仏蘭西国旗の三色に合わせて、成果を競い合わせるようにしたのだから」

 「それぞれ、ルージュが仏蘭西東部、ブランがパリ周辺というわけで、仏蘭西中央部、ブルが仏蘭西西部出身者で偵察部隊を構成している徹底ぶりだからね」

 「おかげで私たちをおっかけている連中もパリ周辺の連中が多いわね」

 「心が揺さぶられる贈り物なら御返事を書いてもいいわ」

 「それって、難問よ」

 

 

 

 十月五日

 とある仏蘭西陸軍陣地

 「みろ。ついにこれがアンナちゃんからのお返事だ」

 「ほ、本物か?」

 「この御返事に使われている封蝋は、アンドリュー家のモノ。アンドリュー家で戦争に参加している人物は、目下アンナちゃん一人。だから本物だ」

 「おお。ここに英雄が生まれた。あの御返事を一通も書かないアンナちゃんから御返事を貰うって。師匠とよばせてもらいますぜ」

 「しかし、どうやってアンナちゃんの心をわしづかみしたのか」

 「アンナちゃんは、百本の黒バラを贈ってもツンデ」

 「では、宝石ならばと五カラットのダイヤモンドを贈ってもなしのつぶて」

 「パリ一番のシェフに作らせたモンブランも野郎の胃袋に消えた」

 「自動車を贈った車屋もそれを軍に寄贈されてたな」

 「搭乗服を贈った服屋も同僚のお下がりさせられてたよね」

 「映画出演をほのめかした映画会社の御曹司もディナーをすっぽかされ」

 「出世をちらつかせた上司は俺たちが闇うちしておいた」

 「飛行機乗りの技術でせまったイケメン飛行士も操縦技術でアンナちゃんに及ばず」

 「ジャポンから取り寄せた浮世絵もメモ用紙にされた」

 「では、アンナちゃんからの御返事を読ませていただきます」

 「おいおい、それをここで発表するって。どんだけ、自信家なんだ」

 

 

 

 トーマス様

 此度は、貴殿のもたらせた独逸占領地の詳細な情報に感謝いたしますわ。貴殿がもたらした情報により、いち早くマネージャーが情報を処理し、未然にその弾薬が使用される前に爆破することができました。貴殿のおかげで仏蘭西の同胞は、数え切れないほどの人命救助がなすことができました。今度、休日に昼食を一緒になさいませんか

    アンドリュー=アンナ

 

 「「「おお、うらやましい」」」

 「アンナちゃんが欲しいのは、偵察飛行の情報を補完する情報だったんだ」

 「俺、独逸の占領地にいるおじさんから情報をもらうぞ」

 「いや、次にアンナちゃんから食事に誘われる情報を得るのはこの俺だ。レジスタンスの兄貴から生情報を送ってもらうんだ」

 「俺が」

 「俺が」

 「僕が」

 

 

 

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