仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第186話

 1911年(明治四十六年)十月十七日

 仏蘭西空軍ブラン(白)映画館アンナ弁士控室

 「アンナ伍長、本日の予定表です」

 「はい、なるほど、今日は午前中、弁士として映画館勤務、午後から飛行機による偵察任務。了解いたしました、ミッシェル差配」

 「ええ、体調が悪ければ、午後からの偵察飛行を休んでも結構ですよ」

 「なんで、その逆を言ってくれないのかしら。午前中の弁士を休んでもよいと」

 「それは、あなたが出世したいからでしょう」

 「いや、出世したのであれば偵察による任務を達成する方が少尉に近づけるというものでしょう」

 「いえ、アンナ伍長が出世に一番近い方法は、弁士をやり、あなたの親衛隊を増やし、御返事を書き、彼ら親衛隊の一族からの情報を得るのが一番ですよ」

 「それって、もしかして私の偵察飛行より情報が集まるとか言わないですよね」

 「その通りですよ。男はスケベで、あなたのお返事がいただけるのであればそれはそれは独逸占領地での抵抗活動は激化するわ、占領地からの生の情報が文字通り郵便箱いっぱいになるほど集まります」

 「それって、暗に弁士の時、もっと親衛隊を増やす努力をする方が出世に近付くなんて言わないですよね」

 「なあるほど、それが一番とわかっていらっしゃるのであればこちらからは言うことはないです」

 「ミッシェル差配は、意地悪です」

 「意地悪でしょうか。軍としては、国一番の情報を集めるようになった空軍に期待していまして、できるだけ安全なところにいて欲しいのですが」

 「では、我が愛機も武装を」

 「何度言えばよろしいのですか。いいですか、貴方達の機体は、性能は仏蘭西一。時速百三十キロを出せるのですよ」

 「わかってます。護衛機とか独逸軍機が時速百キロどまりなのは重々承知しています。だからこそ性能が最高なのですから、機関銃を装備してはいかがでしょう」

 「何度説明すれば納得していただけるのでしょうか。いいですか、相対的にあなたの乗っている機体は、時速換算で三十キロも速い。しかし、そのうち半分は機関銃の装備の有無による軽量化でなしているのです」

 「はい、はい。だからこそ、敵が接近してきたら逃げ出せとおっしゃるのですね」

 「そうです。偵察飛行は、独逸軍占領地でおこなわれる危険な行為です」

 「それは重々了承しております。なんせ、偵察機が逃げ出せないと、護衛機が逃げ出すことができませんので」

 「その通り。護衛機二機と偵察機が無事帰還してこそ、偵察飛行が初めて成功したということです」

 「もちろんです。最近、偵察機を執拗に独逸戦闘機が狙ってくるようになりましたから」

 「それは敵が焦っている証拠です。偵察飛行以下、あらゆる角度から総合的に集められた情報を基に大砲をぶっ放しているのです。それ相応の成果をいただけなければ意味がありません」

 「しかし、敵もさるモノ、塹壕の下に爆発物以下人員を全て押し込めるようになったとか」

 「塹壕というものは厄介ですねえ。塹壕に隠れてしまえば、大砲の効果がかなり削がれてしまいますから」

 「ですよね。最近、偵察を重点的に飛んだ地域では猫一匹見かけないくらい、塹壕の下に逃げ隠れてしまうことが多くなりました」

 「ということで、安全第一でお願いしますね」

 「了解いたしました」

 「では、弁士を頑張ってください。私は退室しますので」

 

 「はあ。ハイカラ姫、一人でもきついのに。なんだ、この手紙の量は。有益な情報が二割、ガセネタが三割。後は、みる必要はないな」

 「よう、色男。少将が呼んでいたぞ」

 「それではいってきますか。あまり、よい呼び出しではなさそうですが」

 「そうだな。また仕事が増えるとか何とか」

 「うへ」

 

 「失礼します。ミッシェル中尉、参上いたしました」

 「入りたまえ、中尉」

 「それでは」

 「では早速、仕事の話に入る前に、じゃじゃ馬の調教は順調か」

 「苦戦中ですねえ。話は良くきいてくれますが、理由がなくては納得してくれません」

 「そうはいうが、もはや国家総動員をかける上で、彼女たちはなくてはならない戦力だ」

 「そうですね。空軍が仏蘭西で一番、情報を握っていませんか」

 「それも大きい。が、彼女たちが前線に出てきてくれて以降、国家総動員の半数を占める御婦人方の後方生産力が明らかにあがってきていてね。この話は、大統領官邸からの話だから確かだ」

 「はあ、ハイカラ姫どもには、安全第一で偵察にいってこいというのですが、危険の隣り合わせの仕事に放り込む私は、鬼でしょうか」

 「こればかりはどうにもなるまい。なんせ、前線を支える陸軍五百万人の心のよりどころだが、まだ空軍は空で機関銃しか相手がいないからね」

 「そうですねえ。時速百キロで相対する世界では、機関銃はあっという間になくなりますし、死傷率はそれほど高くありません」

 「で、その差配という役目の下に、外務省から諜報課が配属されるようになった」

 「よく、外務省が納得しましたね」

 「大統領令というやつだ。ま、そういうわけで仏蘭西中から集まる情報整理の件をよろしくな」

 「なんか、中尉では割に合わないような気がしますが」

 「いやなら結構。君の同級であるレオン君がぜひともと差配への転属願を出しているのをこの引き出しにあるのだがね」

 「いえいえ、やる気が満ちてきました。それではこれより情報整理に戻ります」

 「ふむ、ひきとめて悪かったね」

  

 

 

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