仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第187話
1912年(明治四十七年)一月十三日
パリ オペラ界隈 オテルアトランティック 第二会議室
「失礼いたします。ここにおられます大手仏蘭西映画会社六社の代表の皆さま方に急きょ、お知らすることができましたので、会議中に飛び込みをかけました」
「どこの部隊だ。ルージュ、ブラン、それともブルか」
「ブルです」
「「「ほっ」」」
「あ〜あ、まだだ、どっちだ」
「カレン=二―ル伍長、二階級特進。独逸戦闘機の攻撃によりメッス上空にて操縦席を撃ち抜かれ、即死」
「あんたんとこには気の毒やったな」
「せっかくのフラン箱女優で戦後に映画を撮るつもりやったんやが、全ては振り出しや」
「十一月にもルージュのサリー伍長が機体をバラバラになって、墜落死してしもうたな」
「これで残りは、ルージュとブルに各一人」
「ブランは、二人とも健在や」
「偵察部隊にいる六人のハイカラ姫、戦争終了まで無事にいてくれというのが、ここ仏蘭西映画業界の本音やったんやけどなあ」
「それぞれの映画会社から脚本を六本仕上げて、戦争終了とともに撮影に入る予定だったんだが」
「戦争のせいだといえば、それまでだが、独逸占領地をとぶのだから不幸な事故は避けられませんがな」
「しかし、堪えまんな」
「国家総力戦のおかげで、仏蘭西は戦争に関係あらへん産業は、弱り目にたたり目や」
「幸い、映画産業は国威高揚の旗振りの元、戦争賛美の映画なら戦闘員五百万人を中心に鑑賞してくれるだけましや」
「そんなわけで、戦争中同じ釜を食ったハイカラ姫六人は、仏蘭西兵五百万人を親衛隊に持っているわけで、観客動員も宣伝をする必要がないかといわれるほどだのに」
「戦死ばっかりはどうにもなりませんな」
「同じ釜を食ったといっても、後から任命される偵察部隊要員は、ハイカラ姫六人ほどの人気は期待できないでしょう」
「それに、人は死んで美化されるのもの。元々、ハイカラ姫を押していたそれぞれの親衛隊は、他の五人には気を許すかもしれないでしょうが、新しく入った新入りに心も身も捧げるというのはあり得ないでしょう」
「そういう兵は、二択か。死んでしまったハイカラ姫を一途に思う者と」
「他のハイカラ姫に忠誠を改めて捧げる者と」
「どちらが多いかといわれても本人以外は、答えられない問題だな。とりあえず、ハイカラ姫が死んだ時は、そのハイカラ姫に捧げる方が多いとみておくといいかね」
「それじゃあ、映画会社としては困るのだがね。せめて、ハイカラ姫の同僚に忠誠を捧げてもらいたいところだが」
「どちらにせよ、このままでは用意した脚本のうち、半数が無駄になりそうだ」
「大統領府にかけあって、彼女たちを後方に下げさせようではないか」
「それは、彼女たちが望んでないから駄目だろう」
「せめてさらに進化した偵察機を導入するか」
「弁士としての活動回数を増やすとか」
「「「それはいい考えだが、真のじゃじゃ馬が納得しないのであろう」」」
「ああ、ブランのアンナ伍長ね」
「金で、主演を演じてくれといっても、興味がないと断られ」
「名声を得られますようといっても、これ以上有名になりたくないと言われ」
「出世しか興味がないといって贈り物攻勢にもびくともしない」
「そう、真のじゃじゃ馬一人だけ、映画の出演に出てくれるのを認めないあのじゃじゃ馬ねえ」
「そんな奴が、兵士たちに人気が一番なんてどうしてだろうね」
「さあ、兵士たちは高嶺の花がお好きなのかね」
「他人に奪われる心配がない点がいいのかね」
「アンナ伍長に映画出演を承諾させるのが早いか、戦争が終結するのが早いか、彼女を引き当てたプランジャ社の会長、トレン、君の見込みは?」
「映画出演を軍からの命令にでもしてもらわないと引き受けていただけないほど、頑固者ですよ」
「では、軍にかけ合えば問題ないのでは」
「それは戦争中だからこそ、使える方法でしょうね。戦争中、撮影をひきうけてくれるほど、彼女は暇ではないでしょうし、戦争終結後、彼女が軍隊に残ってくれる可能性は低いと言わざるを得ませんな」
「では、彼女は野望がないといわれるのですか」
「少ないというべきでしょうか。彼女の偵察は無理、無駄がないというのが護衛機に乗っている連中からの評価です」
「では、彼女だけは、独逸占領地への偵察飛行で生き残れると」
「可能性は他のハイカラ姫よりは高いでしょうね」
「では、独逸戦闘機が進歩してゆけば、最悪、彼女一人が生き残るという場合もありですか」
「そうなってもおかしくありません。アンナ伍長は、飛行機を所持しているただ一人の偵察兵です。そのため、他の偵察兵よりも総飛行時間は群を抜いており、飛行技術もぴか一ですからね」
「じゃじゃ馬の中のじゃじゃ馬とは、アンナ伍長のためにあるのかねえ」
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