仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第189話
1912年(明治四十七年)三月二十日
英吉利軍司令部
「海軍航空隊並びに陸軍航空隊に命ずる。速やかに両者は英吉利空軍として独立するように」
「「ははっ」」
「世界大戦のとばっちりが英吉利軍にまで及びますか」
「世界が航空戦力にそれだけ、注目している証拠だよ」
「それはそうだが、本音は航空機開発で仏蘭西と独逸においていかれそうになったせいだろ」
「実戦は、何にも勝る航空データの収集場だからな」
「そして、新しい理論ができあがればすぐさま予算がついて、試験飛行。はあ、うらやましい」
「上にとっては、航空戦力の進化に危機感を覚えたんだろうな」
「情報局がつかんだだけでも、エンジンは水平エンジンから星型エンジンへ、四気筒エンジンから五ないし六気筒エンジンへの進歩か」
「まだ、実戦には出てこないが、後二年もすれば戦局を一変させる性能を持つ戦闘機が登場するかもしれないとな。それ以外にも地道に馬力上昇手段が取られている」
「時速百キロそこそこで、百馬力では、空気抵抗もそれほど気にする必要もないが。星型エンジンに戦闘機が進歩するのは、空気抵抗を少しでも減らしたいがゆえという話だ」
「確かに、回転翼を中心に気筒を配備するとすれば、四気筒以外、疑似円の中心をするため、振動が抑えられる利点もある」
「というわけで、英吉利が兵器開発で後れを取るようでは、大戦で疲弊した仏蘭西と独逸に戦争を仕掛けるべきではないという論が持ち上がるのも必然」
「航空戦は、新兵とエースとの差が激しすぎるだろう。航空偵察を好き放題されて、軍事機密が丸裸にされたまま、両国とは戦闘に入れないだろう」
「そうだな、敵対兵力の三倍をもって攻めても負けることもあり得るか」
「それと卑怯な戦略だとして、敵がい心はこれ以上ないほど高いだろうな」
「ああ、両国の停戦後、英吉利は独逸と仏蘭西双方を相手にしなければならないとみてもよいだろうな」
「それに拍車をかけるのは、双方で海軍戦力がほぼ無傷で残っていることだ。いくら、世界最強の英吉利海軍といえども、ヨーロッパに侵攻するには制海権を確保しなければなるまい」
「さすがに、連合国の海軍戦力が集結した場合、ヨーロッパ大陸周辺部を網羅する艦隊戦力は、英吉利といえども分が悪い」
「海軍としては、男の夢。艦隊決戦をしたいところだが、世界帝国を標榜している大英帝国が勝てる保証もない対ヨーロッパ大陸戦を仕掛けるわけにはいかん」
「では、残存海軍戦力が後出しで英吉利が参戦する機会を奪うか」
「空軍としては、世界水準に後れを取らない戦闘機の開発とパイロットの育成だな」
「それと爆撃機の開発を急げという話だ。五十キロを空爆できるようにとのおたっしだ」
「上は命令するだけだから楽なものだ」
「それでも空軍なら、魚雷(800 kg)を搭載した航空機の開発をしたいな」
「まて、今世界最大の航空機はどのくらいだ」
「来年、商業的に亜米利加で飛行艇が人一人を運ぶ旅客機を運航する計画が持ち上がっているな」
「人一人なら、搭載重量は百キロまでだろ。どうやって、八倍の重量を運ぶんだ」
「そうだな。八百キロを運ぶとしたら必要な馬力は、四百馬力。単純に百馬力エンジン四つで」
「まっとうな開発発者なら、掛け算でいくだろうな。二百キロ、四百キロ、そして八百キロ爆撃機を開発してからだな」
「そう遠くない未来に実現しそうな勢いだが」
「空軍の未来は果てしないほど可能性が詰まっていると大風呂敷を広げて予算を集める方法に使おう」
「そうだ。魚雷を載せるエンジンを開発した技術者には報奨金を支払うニンジンをぶら下げようではないか」
四月一日
サンクトペテルブルグ 四姉妹館
「お父様は、映画館の名前まで替えたのね」
「期間限定だけどね」
「映画が当たれば、その限りでないと皮計算している商売っ気は否定しないそうよ」
「どっちだろ。私達を映画に出させたかったのか、戦争鼓舞の映画をつくって戦争に勝ちたかったのか」
「前者が三、後者が一」
「勢いで若草物語を映画にしてしまったけれど、この三部作でおしまいよね」
「後二年は、言い出さないでしょうけど。その後は保障できないわ」
「とりあえず、心構えとして候補作は?」
「そうね。お父様としては、父を訪ねて三千里とか」
「うは、周りがそれを止めてくれないと」
「逆況に向かって明日をつかむというのなら小公女かしら」
「お父様を誰も止められそうにないわ」
「戦争孤児でも問題なく国家が後ろ盾となるのを保証するというのなら、あしながおじさんかしら。これ、亜米利加の新作だって」
「お父様は、軍と組んでやりたがりそう」
「とりあえず、後二年で戦争が終わるのを望みましょう」
「そうね。続編の若草物語を撮影している最中は、他のことを考えたくないわ」
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