仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第190話
1912年(明治四十七年)五月十六日
ベルリン カイザー=バルヘイム教会
「主よ、この戦争で死んでいった者の魂を慰め、主の昇天に従い、安らかなる死後にたどり着くことを願わん。アーメン」
「「「アーメン」」」
「カイザー=マーチン、お前の同僚もたくさん死んだな」
「ああ、さっそうと貴族として馬に乗り、仏蘭西領内に攻め込んでいった連中は、大半が死んだ」
「お前がベルリンに残ったのは、第二騎兵隊としてロシアが墺太利に侵攻する際、墺太利兵だけでは支えきれないという危惧のために遊兵として残ったが、あいにく露西亜は攻めてこなかったな」
「おかげで、貴族として残った俺は相対的に位が高くなった」
「貴族として、軍の階級として留守番役のお前がな」
「居残って出世とは無縁のはずだった俺がねえ」
「しょうがないさ。露西亜は、戦艦の大砲をぶっ放してイスタンブールを獲った。一番効率よく立ち回った軍隊さ」
「あーあ、軍馬に乗ってさっそうと陣地をとってくるのが今までの戦争じゃなかったか」
「馬の機動力では、ライフル銃の前では動くまとでしかないんだからしょうがないだろ」
「貴族としての矜持が全くいかせんとはなあ」
「しょうがないだろ。貴族と平民の差は、多少いい馬に乗っているか、馬の乗ってた貴族をまととして撃ちぬくかの差だけさ」
「そのまとがいなくなった戦場は、モグラ同士の戦いさ」
「それは否定せん。いかに塹壕を丈夫にできるかが生死の分かれ目といわれてはなあ」
「地下に潜れば、ライフル銃は届かない」
「天敵は、手榴弾に大砲という時代のおかげで、軍需工場の生産品目は、金がかかる物が増えるばかりさ」
「戦争に勝つためにはやむなしだが、前線の連中に例のモノはいつ届きそうか」
「戦線の膠着を打開する兵器か。あれは数がいるだろ」
「だったら、後一月では無理か」
「農場で動いているトラクターとたいして変わらないんだが、今のところ、数が足りないし、防弾に難あり、キャタピラの稼働距離にも難なりといくつ弱点があるのかね」
「それに、搭乗するのは、平民か」
「なにぶん、試作品ゆえ、貴族の乗る乗りモノではない」
「いいさ、前線から声のかからない俺の出番じゃない」
「露西亜が墺太利国境から侵入するまでお前は、俺たちの安心材料さ」
「ま、俺が戦場に出てこない限り、予備戦力があるって寸法だからな」
「戦争もまだ、二年目さ。そのうち、泥沼になるさ」
六月四日
仏蘭西ナンシー北方三キロ アンナケスタ
「仏蘭西を仏蘭西たらしめるもの、それはワインである」
「そのワインをつくるために最適といわれるのが、ケスタ地形の崖の部分」
「ジャポン文化でいう『へ』の左側で、傾斜が急なために水はけがよく、葡萄畑に最適なんだが」
「ま、そのために東側と西側をそれぞれケスタという崖が南北に走る地形では、幅一キロの盆地地形が生まれる」
「その葡萄を栽培したい土地は、今、マース隊長のやけ酒のためにあると言われては、立つ瀬がない」
「気持ちはわかるよ。あんなに応援していたブルのマリン偵察兵がこの上空で戦死したとあっては、やけ酒を飲みたくなるのもわかる」
「死因は、飛行機の空中分解とあっては、悔やむに悔やみきれんといいたいが、これで偵察部隊も六人中半数が死んだ」
「それでも、大砲の名手マース隊長の腕は、やけ酒を飲もうが落ちんな」
「問題は、大砲というのは弾がなければ仕事にならないんだが、輜重部隊の隊長もマース隊長と同じくマリン偵察兵親衛隊の一員だったということだ」
「悲しみを同じくする者が憎しみの先を独逸兵に向けた時、周りの大砲隊より二倍の弾が融通されることだな」
「大砲というのは、隊長は楽だ。照準を合わせて撃てといえばよい」
「名手というのは、ちょいちょい微調整をして標的にほぼどんぴしゃりと命中させることができる」
「真の被害者は、その換装作業を担う隊員と二倍の弾が降ってくる独逸陣地にやつらだな」
「俺たちと敵対する独逸兵とどっちが不幸だ」
「俺たちではないか。独逸兵は、視界からはみえないところに隠れるようになった」
「そうなんだよな。大砲の発射音が聞こえてくるようになったら、さっさと塹壕の奥深い所に隠れるようになったよな」
「大砲も地下にこもる独逸兵には届かない」
「それがわかっている隊長は、敵さんの大量破壊兵器である機関銃にあてる」
「隊長のすご腕はわかった」
「確かに、敵陣地のライフル銃陣地を吹き飛ばす凄腕だから、弾の補充も切れない」
「おかげで換装作業もひっきりなしだ」
「「不幸だ」」
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