仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第191話
1912年(明治四十七年)五月十六日
江戸城 三の丸
「それでは、馬を使った戦術は仏独戦に関して無意味だと」
「はい。さながら、長篠の戦いの再来というべきです。あの時から馬の機動力は基本的に向上していません」
「が、鉄砲に関してはその百倍以上性能が上昇したか」
「はい。ライフル銃を最低限十発はじかなければ、距離を詰められないか」
「そのライフル銃の射程距離は、百メートルか」
「だから、歩兵同士の戦闘ではモグラになって射線をさけるか」
「ふむ、世界の戦争から日本は百年遅れていたものがさらに五十年遅れるか」
「その代り、土木水準は世界水準まで達したかと」
「イスタンブールでボスポラス海峡を掘れと言われたのだから、これに完成した後のことだろうな」
「測量は開始していますが、工事開始は戦争終了後のことになります」
「今回、同盟国仏蘭西からの要請だが、今回に限って国内が乗り気だときくが」
「それはもちろん、戦争は傍観者に限りますな。陸海空の武器の資料が大量に日本に流入しております。もちろん、軍機に引っ掛かっておりますものもありますが、そこはそれ、日本あてに部品の製造割り当てがありまして、その部品をあれこれといじってゆきますと、武器の全体像もなんとなくわかるものです」
「それに、日本は八番目の戦艦建造国でございます。これ、対外的にはそれなりの船舶を建造する国家として認定していただいたようなものです。欧州からの輸出先が仏蘭西や独逸になってしまいましたので、近隣諸国からの精密機械の製造、輸出を請け負うようになりました」
「ですから、海底部二キロのトンネルなぞ、国内にもたらされた好景気の手間賃と割り切ってよろしいかと。もちろん、この機会に国内の産業は十年分を一気に近代化できそうです」
「そうか、日本からは連合国向けに輸送経路が確保できているのはそのような副次効果を産むか。露西亜のイスタンブール奪取作戦は、はかりしれない恩恵を被っておる。今回の大戦、殊勲賞は露西亜かのう」
「ですから、今回、日本に割り当てられましたトンネル工事ですが、幕府は必要最低限な人員で大丈夫ではないかと。もちろん、資金面での工面は大変でしょうが、人員に関しましては心配無用かと」
「それに、露西亜と仏蘭西を結ぶ線路は、イスタンブール経由となりまして、その線路工事に敗戦国である同盟国が駆り出される予定です。日本もこれを手伝えと言われる前に、トルコに現地入りして工事を始めるのがよいかと」
「もちろん、アジアとヨーロッパをつなぐトンネルを開通させるのは、ヨーロッパとアジア並びにアフリカで世界地図に詳しくない平民にも大きな衝撃をもたらします。大国日本といわれるために、そして戦勝記念に、鉄道輸送量の増大のために早々と予算を確保すべきです」
「よくわかった。しかし、諸君、仏蘭西が大戦に勝ったという前提で話を進めすぎではないかという一縷の懸念はあるが、これほど反対意見のない大規模工事というのも珍しい。とりあえず、予算と人員の見積もりを出せ」
「では」
六月六日
仏蘭西空軍司令部
「じゃじゃ馬は納得したか」
「予想通りというか、二つに割れました」
「ふむ、わかりやすいな。偵察機に乗っているのも俳優家業の一部と考えると、命あってのモノだねと割り切れば、上層部からの命令とあっては、偵察機に乗るのを停止しますと返答してくれるのが模範的な兵士だ」
「陸軍兵士ならば、全員こうでなくてはいかん」
「はい、俳優志望の偵察兵はそれですんだのですが。問題は、真のハイカラ姫の方でして」
「軍で一番人気のアンドリュー=アンナ伍長は、あくまで空に固執するか」
「彼女の理屈でいえば、空が飛べないのであれば弁士活動はしないという単純明確な理屈です」
「弁士活動を盾に取られるとはね。もし、弁士活動が取りやめになった場合、どうなるかね」
「アンナ親衛隊は、仏蘭西軍一の陣容を誇っています。仕事を取り上げられたアンナ伍長に同調して、職場放棄、詐病、輜重部隊の遅延による物資の停滞。果ては、偵察部隊への復帰を盾にストライキもあり得るかと」
「では、仮に彼女の命令違反をとがめず、今まで通り偵察任務と弁士活動に従事させた場合どうなるか」
「弁士活動に専念したじゃじゃ馬が持っていた親衛隊を三分の一ほど取り込み、仏蘭西兵の半数近くがアンナ伍長の親衛隊になるのではないでしょうか」
「つまり彼女のためなら、例え、火の中水の中に入ってゆく死兵が出来上がるのではないでしょうか」
「偵察飛行兵というものは、補充のきかない職種に近い」
「はい。死んだ偵察飛行兵の穴埋めは全て、男性兵が埋めました。飛行経験のない女性兵の技能では偵察飛行兵になれる技能を持っていません」
「仏蘭西兵の士気を左右するのは、一人の女性兵か。とんだところに、弱点を抱えたものだ」
「それは仕方がないかと。兵というのは、同じ釜で食ったという連帯感が大事です。偵察兵でなくなってしまっては、その連帯から外れたというべきです」
「その弱点を抱えながら、毎日偵察飛行か。なんとかならんか」
「偵察飛行をさせる際、一度にたくさん出して、敵の迎撃機を分散させるしかないかと」
「毎日、胃が痛くなりそうだな」
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