仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第193話
1912年(明治四十七年)七月二十八日
露西亜陸軍司令部
「諸君、局面が動き出した。独逸が仏蘭西に攻勢をかけた」
「では、独逸は予備戦力のかきだしをおこなったということですね」
「ああ、この攻勢での失敗いかんにかかわらず、墺太利への独逸軍の援軍はないか、例えあってもごくわずかとみるべきでしょう」
「では、ついにモグラ戦術をやる時で」
「そうだ。今、墺太利陸軍に襲いかかるのは、五つの次期を得ているからだ」
「一つ、露西亜海軍にいいかっこをさせすぎた。歩兵の士気はすこぶる高い」
「二つ、連合国仏蘭西が苦境に陥っている。この局面で墺太利に攻勢をかけるのは、例え、サンクトペテルブルグの宮殿でさえ止められまい。これは、仏蘭西を救う義の戦いである」
「三つ、兵装で露西亜陸軍は墺太利を上回っている」
「四つ、兵力は墺太利兵の二倍を有している。局面で三倍の兵力を投入できるのであるから、攻勢側が守備側の三倍を投入する原則を満たしている」
「最後に、今は夏季である。亜寒帯の夏は日が長い。昼間戦闘時間は、十六時間を越え、守備側に休息の時間を与えない」
「つまり、この時以外、墺太利国境を攻めるのに最適の時があろうか」
「ありはしない。今こそ、陸軍大国露西亜の力を見せつけるのだ。そして、予算を分捕ってくるのだ」
「よし、陸軍の意地をみせてやろうではないか」
「それ、前線に指示を出せ」
墺太利東部戦線
「なあ、この塹壕掘りって、いつ終わるんだろうな」
「独逸と仏蘭西の国境線はすでに端から端までを掘ったという話だぞ」
「うへ、あっちはたかだか二百キロほどだろ。こっちは、単純にその三倍?」
「だったら、後四年は塹壕掘りかもな」
「俺、二十代が終わっちまうぞ」
「だったら、前線でにらみ合うのが嫌なら、独逸への義勇軍を募集してたな。あっちでパリを占領して、シャンパンを戦時徴発して、パリジャンをはべらすか」
「冗談を言え。巴里っ子は東欧を見下しているさ。俺は独逸語しか話せん。田舎者に向ける目は厳しいし、その前に独逸人にとって俺は雑用係でしかないだろう」
「わかってるじゃないか。だったら、文句を言わず塹壕を掘れ。死にたくなければだ」
「へい、へい。せめて、よく冷えたシャンパンがあればな」
「おい、あれはなんだ。敵の塹壕戦が横でなく縦に走りだしたぞ」
「とりあえず、上官に報告いたしますか。塹壕掘りよりましでしょうし」
「そうだな、いってこい」
「で、お前の報告から三時間がたつが、敵はどれくらい移動した」
「わが軍の陣地に向かって三十メートル接近したかと」
「だったら、戦闘開始はこの後七時間後か。午後五時の開戦か。それでも戦闘時間は日没まで四時間あるが」
「上官、質問であります。接近してくる敵を攻撃しないのでありますか」
「なら、お前がためしに撃ってみろ」
「では、僭越ながら撃ちます。ドドドドドドドドドドド」
「で、お前の感想は」
「機関銃はすべて土に阻まれたかと」
「時速十メートルで墺太利陣地に接近してくるが、敵さん、塹壕にいる状態で接近してくんだよ。いうなれば、塹壕に塹壕をぶつける戦術だろうな」
「では上官どうすればいいんでしょうか」
「効果的な武器は、敵が近接した後なら手榴弾を上からほおり投げることだな」
「それまではどうされますか」
「どうもこうもない。大砲をあの塹壕の幅の間に落とせる技術がある砲手はまあ、期待できんわ」
「では、長い一日が始まるのを待つ以外にないのですか」
「ああ、いいじゃないか。人生最後の一日になるかもしれないんだ、最後の晩餐にうまいものを食わせてもらえよ」
「上官、それでは我々が死んでしまうように聞こえますが」
「だったら、おまえ、あっちの塹壕線が同接近してくるのかをみてから判断しろ」
「ええっと、各塹壕線は三十メートル間隔で、心なしか、真ん中の一本はまっすぐ。その左右にある塹壕線は、その真ん中に接近してきつつあります」
「つまりだ。百メートルの塹壕線の中心に向かって敵は三倍の兵力を集中的に投入しようとしている」
「ええーと、それは」
「つまりだ。守備側兵力一に対して攻撃側兵力三倍を投入する戦いだ。ま、敵も我々の死傷者数を上回る損失を出すだろうが、三倍の兵力うち、三分の一は残って墺太利軍を食い破るつもりだろうな」
「我々の対抗策は?」
「せいぜい、敵よりたくさんの手榴弾を投げてやれ」
「はい」
「そうはいっても、敵の投げてくる手榴弾の方が多いと思っておけよ」
「それは頭に入れておきます」
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