仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第195話
1912年(明治四十七年)七月二十八日
仏蘭西陸軍総司令部
「諸君、アンナケスタに攻勢をかけた独逸軍は、仏蘭西軍が構築した塹壕を乗り越え、それを占拠。これを可能にしたのは未知なる兵器であるタンクとよばれる鉄板を張り巡らせたブルトーザーだそうだ」
「では、仏蘭西は負けたので」
「いや、火急にパリから送った援軍が塹壕の後方に設置していた急ごしらえの土壁で独逸歩兵の突撃を防ぎ、戦況は停滞してしまった」
「つまり、なんとか、戦線の崩壊を食い止めることができたと」
「で、敵のやらかした新兵器は当然、研究のためにパリに送られるのでしょうな」
「残念ながら、現物は確保できていない」
「はて、敵の攻勢を止めたのですから、タンクは最前線に残っているはずで」
「敵は、土壁にはタンクをぶつけてこなかった。いや、来れなかったというべきか。前線からの報告では、タンクは、独逸が占領した元仏蘭西陣に拾台以上放置されているといっている」
「なるほど、まだ写真はこちらに送られてきていませんが、新兵器には耐久性が不足しているとみるのが妥当なところでしょう」
「いや、初期不良ですませる範囲かもしれません」
「ということは、近いうちに第二の攻勢がかけられるのか。油断なりませんね」
「さて、それでは仏蘭西が取るべき対策はどうすべきか」
「一つは、タンクにはタンクをぶつけるのも手でしょう。なんせ、今までの前線にある障壁を乗り越えて来る新兵器ですからな」
「しかし、その場合、三カ月は独逸の独断場になりますよ。こちらはこれから開発ですからね」
「ええい、現物が手に入らんのが痛いな。タンクが出来上がるまで前線に無理をさせるわけだが、士気をあげるのはどうすればよい」
「まずは、連合国である露西亜の墺太利に対する攻勢がうまくいっている情報を流しましょう。この情報は、仏蘭西に対する独逸の攻勢が躊躇するには十分だろうな」
「この戦争もトルコに続き、墺太利が領土を失えば戦争の継続はならないでしょうしね」
「しかし、これだけではやはり不足ですね。前線で頑張っている兵士をガツンと勇気づける方法を取らねばならないでしょう」
「となりますと、今回の功労者を表彰しなければならないでしょう」
「では、独逸の攻勢を止めた竹槍部隊を顕彰いたしますかな」
「いや、それよりももっと重要なのは独逸の攻勢を伝えてくれたアンナ伍長だ」
「それはいえる。この情報を伝えてくれたのが独逸の攻勢が始まる前日だったということだ」
「そう、この情報があればこそ、竹槍部隊がパリからメス―ナンシーまで移動できるだけの時間を稼げた」
「では、満場の一致をもってアンナ伍長は昇進ですね」
「そうだな。明日、アンナケスタで少尉に昇進ですか」
「やれやれ。これでうるさい外野が一普段とうるさくなってくるでしょうね」
「ともあれ、初の女性士官の誕生ですか。これも時代の流れと」
ベルリン 作戦本部
「よい知らせと悪い知らせがそれぞれ一つずつ」
「では、よいほうから」
「パンツアーの試験走行は良好。仏蘭西が築いた塹壕を乗り越え、仏蘭西軍の前線の一角を占拠」
「やるではないか、科学者も。独逸で生まれたガソリン機関をもって仏蘭西を一蹴か」
「では、戦争は独逸の勝利で終わるのか」
「いえ、残念ながら、仏蘭西は偵察で前もって我々の攻勢を察知していたようで、塹壕の後方にもう一つの陣を構築しており、そこまでパンツアーを運ばせるだけの耐久性をもたらせることができませんでした」
「つまり、仏蘭西との塹壕戦はまだ続くと」
「いえ、後一カ月もいただければ、今度こそ仏蘭西の塹壕を一掃していただくだけのパンツアーを用意してみせます」
「そうだな。後一カ月なら仏蘭西の対抗策が間に合わないだろう。その時こそ、勝利をもたらそうではないか」
「はい。では、引き続き悪い知らせの方を述べさせていただきます。同盟国墺太利が露西亜から攻勢を受けており、独逸に援軍の派遣を要請いたしました」
「情報が少ないから何とも言えないが、我々のように新兵器を投入したわけではあるまい。なぜ、それほど墺太利はあわてているのだ。そもそも、塹壕戦というのは二倍の兵力をはね返すだけの防御力を持っていたはずだ」
「はい。報告によれば、露西亜は塹壕を塹壕にぶつける人海戦術をとってきたとのことです」
「つまり、塹壕に守られているのは、守備側ばかりではなく攻撃側も同じように機関銃を無効化しているのか」
「なるほど、よく考えられた戦術だ。これでは、単純な戦力の多い露西亜が有利だ。独逸としては、速やかに墺太利を救援しなければなるまい。で、我々はそれを承認すればよいのか」
「それが、悪い知らせというのは、仏蘭西に予備兵力をもって攻勢をかけたために墺太利に送れる予備兵は、近衛騎兵と第二騎兵隊の二つしかありません」
「つまり、この場合、選択肢は三つだな。近衛もしくは第二騎兵隊を応援とする。さもなくば、墺太利を見捨てる」
「でしたら、常識で考えますと、第二騎兵隊を送るしかないでしょう」
「そうだな。第二騎兵隊を率いるカイザー=マーチンには明日連絡し、明後日出発するようにはからえ」
「ははっ」
「だとすると、仏蘭西にぶつける兵力が枯渇いたしましたね。どうだ、新兵でもいいからなんとかならんか」
「残念ながら、三ヶ月間は無理でございます」
「でしたら、第二騎兵団が一カ月で戻ってくるのを願うしかないか」
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