仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第196話
1912年(明治四十七年)七月二十八日
ベルリン 第二騎兵隊本部
「気をつけ。一同、マーチン師団長に敬礼」
「「「はっ」」」
「諸君、楽にせよ。といっても無理かもしれんが、我が師団に出撃命令が下った」
「どちらですか。東部戦線、あるいは西部戦線ですか」
「同盟国、墺太利が援軍を求めている。わが軍の兵力枯渇を見透かすように、露西亜が両国国境線全てで墺太利に攻勢をかけている。我々に下された命令は、露西亜の攻勢を踏みとどまらせることだ。言うのは簡単だな。百万人の露西亜兵に対抗せよというのだからな」
「師団長、それは大げさですよ。墺太利兵の五十万人を忘れてますよ。装備は、独仏露墺の順ですが、多少とも、独逸の装備を使わせてやれば、そこそこの働きをしてくれるでしょう」
「その通りだな。実は、正式命令は明日第二師団に下り、出発は明後日となっている。それというのも、墺太利に送る装備を明日前もって輸送するからだ」
「やれやれ、墺太利軍のお守りは独逸の新兵を相手するより、骨がおりそうですね」
「そうだな。独逸の近衛兵をお相手して差し上げるくらいの敬意は持てよ」
「なるほど、戦力にならないお貴族様相手だと思えば間違えないと」
「それを言うとだな。この戦争のきっかけは、伊太利に宣戦布告をした墺太利なのだが、後ろを露西亜に脅かされて、伊太利国境へちっとも戦果をあげられない宣戦布告国家だからな」
「やはり、戦前の予想は皆が言いあっていた通りになりましたね」
「この戦争は、独墺対仏露ではない。ゲルマン民族対仏露の前提で作戦を考えなければ勝利はおぼつかないと」
「ま、気持ちはわかるが。作戦のうち、中立国デンマークとベネルクス三カ国を最初に攻略して、狭い独仏国境ではなく、それら全ての仏蘭西国境から攻勢をかけるという方針も検討されたが」
「わかっています。中立を宣言している英米がそれらの国を占拠した地点で独逸に牙をむくという反論の前に跡形もなくひっこめた戦略ですね」
「そうだ。最大の要因は、両国からの食料輸入が健在であれば、国民の不満はかなり軽減されることが主戦派の支持を得たことだな」
「ともあれ、我々は墺太利を救って墺太利の救国勲章でも手にしますか」
「独逸に準ずる装備を誇っている仏蘭西兵よりも成果をあげるのは楽だろうしな」
「ともあれ、今日一日は羽を伸ばせ。しばし、祖国とのお別れを各自済ませておけ」
「「「はっ」」」
七月二十九日
アンナケスタ 仏蘭西後方陣地
「ドドドドドン」
「おやまあ、大砲部隊は景気よく弾を撃って」
「大砲隊のマース隊長はご機嫌さ。今日ほど、弾薬不足の心配をしなくてすむと」
「ということは、撃っている弾は実弾か」
「当たり前だろ。ここは最前線。弾が落ちているのは、昨日まで俺たちがいた現独逸軍塹壕だ」
「ということは、研究班が涎を垂らして欲しがっているタンクにあてているのか」
「たまに残存している弾薬やガソリンに引火すると派手な音がしているな」
「気分的には複雑だな。俺たちが必死に掘っていた塹壕に弾が降り注ぐのは」
「敵が困っているのをみるのは、問題ないだろ」
「そうそう、今日は我らが親衛隊を務めるアンナ伍長がついに少尉に昇進されためでたい日だ。俺たちはそれで満足さ」
「そうだな。彼女はもう救国の英雄まで祭り上げられつつあるからな」
「それというのも彼女以外、偵察任務に就く女兵士がいなくなったのも大きい」
「そういえば、最初からいた六人中、四人は偵察任務中に死亡」
「一人は、上からの命令で偵察任務をやめ、弁士に専念か」
「まあ、それが本来の姿かな。女性兵士の」
「ともあれ、彼女は、六人中四人が戦死した任務でついに少尉についた」
「六人中四人が死亡か。死亡率は、全任務中ダントツじゃないのか」
「ともあれ、今日は少尉の階級を授与された後、偵察任務にこの地から飛び立つ」
「忌々しい独逸陣地がみえるのが癪だが」
「音楽隊、それでは、国歌斉唱」
「引き続き、アンナ少尉に階級章ならびに勲章を授与」
「それでは、式典の最後にアンナ少尉、偵察任務に出発」
「ブルンブルン。ブルブル。ブーンブーーー」
「おい、アンナ少尉が乗っている偵察機はおかしくないか」
「そうだな。無意味に独逸陣地上空で旋回している」
「故障か」
「故障だろうな」
「ということは、独逸の捕虜か」
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