仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第198話

 1912年(明治四十七年)七月二十九日

 アンナケスタ 音楽隊

 とある隊員のつぶやき

 俺たちは、独逸の塹壕まで七十メートル余りを残して前に進めなくなった。今の我々を評したらどうなるだろうか。独逸の最前線に突っ込む馬鹿だろうか。それは重々承知している。なんせ、昨日の話では、急ごしらえの土壁に突撃してきた独逸兵をさんざん撃ちまくった話を聞かされまくった。だから、結果だけをみれば突撃してきた独逸歩兵は自殺をしに来たわけでなんてバカな連中だと思ったものだが。

 

 翌日、そんなバカな連中だと鼻で笑っていた行為に自分が加担しておるとは。連中は命令ゆえ、こちらはひくに引けない理由と違いはあるが、馬鹿なことをしているという自覚だけはある。俺たちは祝典が継続しているように偽装するために三分の一の行程を進んだだけで立ち止まりだ。歩兵隊は、それでも歩みを止めない。俺たちが立ち止まざるをえなかった分まで進んでいる。だが、俺たち音楽隊が最初の一歩を踏み出したのは事実だ。ここで、独逸兵の一斉射撃が降り注いだらどうなるんだろ。俺は戦争に負けたという事実に対して後悔しないだろうか。なんせ、独逸の予備兵も底をついたようだが、仏蘭西にももう動かせる兵がいない。ということは、独逸の一斉射撃で防衛線が崩壊。そのまま塹壕線の前後から攻撃を食らって、仏蘭西陣地はあっという間に陥落。そして、そのままパリを占領されて仏蘭西が負けた理由を作ったのは、歩兵でもない慰安部隊の俺たち音楽隊だったという事実が生き残った俺たちにその事実が突き付けられたのなら、どうあがいても後悔するよな。何であの時、あんな馬鹿なことをしたんだと。そして戦場で死ねなかったのかと。ああ、俺はこの太鼓をほっぽり出して、歩兵隊の横に立ちたいよ。そうすると太鼓の音がしなくなったと独逸兵に気づかれるしれない。独逸陣地まで七十メートル余り。ここで立ち止まっている方が精神的につらい。

 

 

 

 マース大砲隊隊長

 俺が応援していたじゃじゃ馬はもういない。彼女は偵察部隊で四人目の戦死だった。だからといって、アンナ少尉にすぐさま乗り換えるという芸当は俺にはできない。ただただ、彼女の命を奪った独逸兵が憎い。そんなわけで、俺は弾がある限り、独逸陣地に撃ちこむ。そうさな、俺とアンナ少尉との邂逅というのは、昨日、独逸兵が攻勢をかけてくるから、大砲隊はそれを踏まえた陣を構築しろというものだった。だから、昨日はいつもは最前線でかまえる大砲を最後尾でかまえていたぐらいなもんさ。そしたら、独逸はタンクという未知なる兵器を戦場に投入しやがった。動く標的で当然、歩兵より早く、至近距離に弾が落ちようと前進を止めない大砲隊との相性はま、何だ、平地では御免くださいというしろもんだ。大砲隊がタンクに勝てるとしたら、タンクが通過する地点が前もってわかっていてそこに撃てば確実にあたるっていうときだけだろうよ。そんなわけで、昨日は大砲をほっぽり出してにわか陣地に後退した。はあ、戦争はかわると思ったよ。あの機動力はなんだ。あの防御力は脅威の一言だ。たまたま、予備兵が間に合って独逸の攻勢をはじくことができたが、そうそう幸運は続かないだろう。そのうち、前線を幾度となく食い破られるだろうと悪い予想ばかりが浮かんだが。

 

 それは置いといて、今日は女性士官が誕生ということで、音楽隊を呼び、なおかつ大砲隊に祝砲あげさえ、これでもかと同盟国から派遣されている将校に仏蘭西の晴れ舞台をみせるために俺はよばれたってわけだ。そうは言うが、やることはいつもと変わりはしねえ。今日の標的が昨日まで俺たちが使っていた塹壕という点と、そこらかしこに散乱しているタンクの残骸に撃ちまくっている点だけのはずだった。使っているのは空砲がもったいないという点で、実弾だが。

 

 と、今日も憎い独逸兵相手に撃ちまくるだけのはずだったが、あのハイカラ姫がやってくれた。正確には、そいつの罪ではない。その偵察機を整備した野郎の責任だろうが。とにかく、方向舵というのが故障したんだろうな。整備した野郎に言わせれば、昨日、俺たちは独逸戦闘機の迎撃にてんてこ舞いだったから、今日の祝典に組み込まれた地点で、偵察機の整備にまで手が回らなかったというのだろうが。これで、ハイカラ部隊も一巻の終わりだと空を仰いでいたら、ぞろぞろと歩兵部隊が前進を始めやがった。俺も大砲を撃つだけしかできないあほだが、それをやっちゃあ駄目だろ。ただ、その馬鹿が歩兵部隊すべてというんだからはてさてどうすっかな。

 

 「お、おい、独逸兵の見張りはみえるか」

 「いえ、今日に限って見当たりません。もし、いたとしたら、すでに歩兵部隊にむけてライフル銃を撃ちまくっているでしょう」

 「だったら、あの馬鹿どものためにも発見したらすぐさま知らせろ」

 「は、はい」

 「独逸の見張りに見つかった地点で、敵がわんさこと湧き出てライフル銃の的になるんだろうが、少しでも成功率をあげるためにネズミ一匹見落とすな」

 「は、はい」

 「とにかく、撃てるだけ撃つ。俺に出来ることは、過去現在未来と変わりなし」

 

 

 とある仏蘭西歩兵のつぶやき

 たった百メートルがこれほど長いとは。両手に抱えているライフル銃をほおりだしたくなるが、これを捨ててしまったら、周りの連中に見捨てられるな。もう引き返せない地点まで来ている。がなぜ、独逸はこちらに気がつかんのか。時間にして六分はたったか。それとも、一兵たりとも逃がさないためにぎりぎりまで引き付けているのか。わからんが、後はもう残り三十メートルを前進する以外にない。

 

 

 

 

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