仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第200話
1912年(明治四十七年)七月二十九日
アンナケスタ 仏蘭西陣地
「独逸陣地まであとどれくらいだ」
「三十メートルというところでしょう」
「違う、時間だ」
「そうですね。これまでの進行状況を考えますと、三分は必要でしょう」
「ドカンといってはいかんのか、ドカンと」
「たまたま、ここから見える敵の見張りがいないのです。塹壕内部にこもっている独逸兵が今気がついたらどうするのですか。駆け脚をするとさすがに独逸も気がつきますよ」
「しかし、空をみてみろ。いつ、独逸の迎撃機が出てきてハイカラ姫を撃ち落とすかわからんのだぞ」
「それを言っては仕方がありません。後三分は、偵察機は飛べるでしょう。今は、独逸が気づいていない幸運に感謝するだけです」
「そうはいうが、どれほど胃の痛い時間を過ごすと思うんだ」
「前線の兵士ほど、我々はひっ迫していませんよ。本当を言えば、ぎりぎり緊張に耐えているのでしょう」
「そうだな、ここは独逸陣地より離れているから会話ができるが、分速十メートルの奇襲部隊は、無駄口をたたくことも出来んわな」
「古今東西、真昼間にこそこそ歩きの部隊が奇襲に成功した話なぞ聞いたことはないわ」
「ありますよ。もっとあっちの方がこそこそしてましたかね。ほら、トロイの木馬で城内に侵入した方法が」
「あれは、夜襲だろ。夜中にそっと城門まで毒入りのお菓子をおいて来て、それを喜んだトロイ兵が勘違いをして城内にひきこんだんだ」
「そうなりますと、視界が開けた昼間に奇襲が成功したとなりますと、古今東西なかったことが今目前にあるかと」
「そりゃあ、今まではなかっただろうね。機関銃といった兵器が発達して、機動戦がなくなり、歩兵は射線を避けるために塹壕深くこもるようになって視界を失うような事態になるとはね」
「しかし、塹壕ですがもしこの後、うまく独逸陣を抜いたとしますと、どう仏蘭西は対処いたしますかねえ、確かに厄介だろうな、なんせ、塹壕の防御力はそのまま残ってしまうのだからな」
「そうだな。それに対する答えは、露西亜がやっている戦術だろうな」
「ああ、塹壕に塹壕をぶつけるというものですか」
「仏独戦では、奪い取った塹壕をその横に位置する塹壕を攻撃する」
「確かにそれが一番効果的でしょう」
「そして、独逸兵にはお前たちの背後はすでに仏蘭西が押さえたというばかりに動揺を誘うために独逸の塹壕から射程圏外を転進させれば十分だろう」
「なにはともあれ、機関銃の弾と手榴弾を生産する力が戦争の行方を決定するのですね」
「ああ、戦争は戦争継続能力が決めてしまうようだ」
「植民地の差に感謝ですね」
仏蘭西大砲部隊
「どうだ、独逸兵はみえるか」
「それが一人、視界にとらえています」
「ええい、なぜそいつには命中しないのだ」
「そいつにとって、幸運であり、こちらにとっては不運であるしかないかと」
「しかし、そいつの目は節穴か。近づいている仏蘭西三部隊のことをとっくに塹壕の中にいる連中に伝えたはずだろ」
「わかりません。盲目の見張りでしょうか」
「そんな見張りなぞ、いないほうがましだ。第一、身体検査で落とされる」
「そうですよね。たまたま、身体検査に合格しようとも、見知らぬ土地である仏蘭西領に歩いてこれないでしょう」
「どうしよっかな、そいつ目的で大砲を撃っているんだけど、あたらんから他の奴に目標をかえるか」
「いえ、このままいきましょう。そいつの塹壕は、ケスタの中心です。やはり大砲は、目標の真ん中に落としてなんぼです」
「そういうのなら、目標は盲目歩兵のままでいくか」
「ええ、それに大砲を撃っている間は、発射音で塹壕にひきこもったままでいてくれるかもしれませんし」
「そうか、そういうことなら盲目歩兵の周辺に弾を落としまくるか」
独逸陣地
「ちくしょう、大砲が雨あられの如く降り注ぐぜ」
「それは仕方ないだろ。ここは地獄の一丁目。独逸陣地で唯一とがっている部分だしな」
「そうそう、昨日まで仏蘭西の陣地だったんだ。仏蘭西にしてみればおのれ独逸と思ってしゃかりきりになるさ」
「で、この爆裂音の中、見張りはまだ生きているか」
「ええ、すごいですよ。もう見張りのお手本というべきでしょうか。直立不動そのままです」
「ちっ、外れかよ」
「悪いね、俺の独り勝ち。新兵は、塹壕の中に一度ももぐりこみに来なかったど根性野郎さ」
「ええい、次の賭けをするぞ。後何分したら、新兵の見張りが塹壕内に戻ってくることができるか」
「俺三十分」
「一時間」
「二時間」
「三時間に煙草一箱」
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